クルルのおじさん 料理を楽しむ

京都五山送り火......反省の記

8月16日、京都五山送り火を見に行きました。平安神宮の近くにあるマンションの三階から、午後8時点火の「如意ケ嶽の大文字」をのんびりと楽しむことが出来ました。昨年も同じ場所で見ていたのですが、雨のため残念ながら途中で打ち切りになりました。お陰様で二回目にして良いお天気に恵まれました。

 

 ドラゴン先生の京都のマンションです。ドラゴン先生は、このブログでも登場して頂いてますが、普段から大変にお世話になっている先生です。名古屋の能楽堂での「名古屋伝統文化を楽しむ会」に招待して頂いたり(3月7日『ごみと日本人』)、何と言っても中華鍋「戦艦ヤマト」をプレゼントしてくれた方です(6月1日『中華鍋』)。読書家にして料理大好きおじさん、上野千鶴子さんに精通されており、海原万里さんの大フアンです。そして、本当の姿は・・・多羅尾伴内ではありません。まあ、お酒を楽しくお付き合いさせて頂ける兄貴分(実際に僕の兄と同年配と思います)ということで。

 

僕たちが楽しんだのは午後8時に点火される東山如意ケ嶽の大文字ですが、その後、送り火は、5分刻みに合計五か所で点火が継続します。五山送り火です。その四番目は「左大文字」。この左大文字では、地元住民の皆さんによる保存会が中心になって運営をされているのですが、今年から、その保存会の会員資格を従来の男系のみの世襲制から女系の男子にも広げるように改めたそうです。伝承では、左大文字の送り火はかつて、地域代表者の惣代が中心となって執り行われた。神聖なものとされる火を扱うため、それぞれの家系では代々男系が継いできていたと。新聞の見出しには「京の伝統に少子化の波」と書かれてました(8月15日、中日新聞)。僕はこの種の話には全く疎いほうですが、時代の変化に沿って対応していくのがよかろうと何の違和感もありません。「送り火」の運営でもこれだけ話題になるのですから、「平成」以降の次の時代の在り方がなかなか纏まりがつかないのも理解できそうな気がします。

 

今回の参加者は、ドラゴン先生と僕以外には、僕の会社の若手の役員(あくまでもドラゴン先生と僕の年齢と比較しての若手です。世間一般的に言えば、おじさん、でしょう)。彼は、常日頃、尊敬するドラゴン先生と語りあえる機会を持てるならばと積極的に自主参加。それから、昨年同様、京都在住のドラゴン先生の娘さんご夫妻がご参戦。お二人とも、まだ二度目の歓談の機会ですが、爽やかな、かつ、お酒大好きの方(旦那さん。奥様も?)で楽しく歓談させてもらいました。京都の美味しいお惣菜をツマミにして、ビール、日本酒、焼酎、etc etc。道中、先生自らが名物コロッケを揚げていただいたりして。時の過ぎるのも忘れるほどの盛り上がり・・・・。この辺りから、表題にある「反省の記」になるのですが、”時の過ぎるのも忘れるほど”飲んでいたのは、どうも、僕一人であったような。皆さん、所謂、大人の飲み方。コロッケを美味しく頂き、娘さんご夫妻が帰られた辺りまでは記憶にあるのですが・・・。気が着いた時には、マンションの一部屋で朝を迎えておりました。

 

懺悔が続きますが、このような飲み方は慎もうと思っていた矢先であったため、自分でも自分のアホさ加減にアホらしくなってしまった訳です。じつは、この半年ほどで、近親で同じくお酒大好きおにいさん、おじさんがそれぞれお酒の飲み過ぎにより、皆に心配をかけた事件が三件も起こっておりました。他人様に迷惑をかけた訳では全くありませんが、救急車が呼ばれたり、病院に入院したりと。幸いに三件とも大事には至りませんでしたが、それぞれの家族がどれだけ心配したことか。僕も飲み過ぎることが多々あり。決して、他人様にご迷惑をかけることは無いと自負してはおりますが、自分自身そして家族のことを考えるとあまり無茶な飲み方はそろそろ卒業しなければと考えていた訳です。お酒を飲んで楽しくなって、そして調子に乗って更に飲み過ぎる、こんな時、どうしたら上手く歯止めをかけることができるのかしら、僕にとって古くて新しいテーマですが、現実的・具体的な対応策を考えないといけない重要課題になりました。

 

ゆっくりとお茶を頂き、呼吸を整えさせて頂いてから、ドラゴン先生のお誘いで朝食を取りに出かけました。洒落たカフェに連れて行ってもらいました。京都ということろは、やはり、奥が深いと感じます。街の一角にある地元の方々が自然体で通っているカフェが観光のスポットになっています。観光客らしき方々も多数来ている。地元のおじさん連中と観光のおにいさん・おねいちゃん、その両者が全く違和感なく溶け込んでいる。観光客はカフェの写真を撮ったりしているが地元の方は全く気にしていない。それがまた自然な風情を醸し出している。面白い場所ですねえ。

さらにさらに、朝食の後、酔い覚ましと腹ごなしを兼ねて、ドラゴン先生に案内していただき、近所を散策しました。近所と言っても、名所旧跡ばかりです。岡崎公園から平安神宮、更に、黒谷に入って真如堂まで散策しました。この辺りは先生のお気に入りの散策コース。勝手知ったる散策コースだからということもあるとは思いますが、チョット、裏通りに入ると落ち着いた味わいのある街並みと道並みが続きます。先生のマンションの立地が特に素晴らしい場所だからとは思いますが、この環境が、京都人の贅沢なんだなあとつくづくと感じさせられました。

 

お土産に僕の大好きな老舗のおじゃこ、ちりめんを頂きました。アツアツのご飯にぶっかけて食べると最高です。その日の夜に反省しながら頂きました。美味しかったです。 

 

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中日新聞(8月15日)、日経新聞(同16日)の記事。

ドラゴン先生が撮影した「大」の字点火の写真と、翌朝の同じ場所の写真を掲載しようと思っていたのですが、キャパが十分でないのか、僕の技では上手く掲載出来ませんでした。望遠で2-3㎞先の「大」の字がクッキリと写っていたのにお見せ出来なくて残念です。

ちなみに、日経記事によると、山梨の「大」は発光ダイオードによるもの。LEDライトによる送り火は山梨だけであろうと。また、秋田では「大」ではなく、「犬」=秋田犬の「犬文字焼き」とか。京都以外では女系男子云々は関係の無い世界なのでしょうね。

  

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<2017年8月28日に追加掲載です>

・・・うちの専門家(今後、エキプロと称します)に技を駆使してもらい、掲載することが出来ました。ドラゴン先生の撮影です。 3㎞ほど先の送り火がこんなに臨場感あり。熱くて火傷しそう。先生の腕が良いのか文明の進歩か、はたまた、その合わせ技か。

 

 

 

 

体質改善⇒とりあえずの集大成:運動編

いよいよ運動編です。高血圧体質の改善に適度・適切な運動が良いことは、ほぼ、全ての人が同意すると思うのですが、なかなか継続できていないのが実態かと思います。『お酢の話』(7月13日)で書いた通り、僕も通勤・ゴルフでは可能な限り「歩く」、公営のプールが近くにあるので「泳ぐ」ことを心掛けていますが、なかなか続きません。継続が力なりと思います。継続させることが出来るかどうかがキーだと痛感します。

 

公営のプールというのは安くて便利で、本当に有難い存在と思うのですが、なかなか続けることが出来ません。簡単に利用できる、そして、大した負担無く行けることが、逆に、定期的に行くことをサボらせるのか。少し前、自分自身に対して金銭的なプレッシャーをかけて私営のジム・プールの設備あるスポーツクラブの会員になることで、継続に繋がるのではと考え、近くのスポーツクラブの門を叩いたことがありました。有名な全国展開しているスポーツクラブです。

見学スペースから見ると沢山の人がエアロビクス的な運動をやっているのにビックリ。スタイルの良い女性のインストラクターの動きをフォローして皆さん頑張ってます。こういう集団のなかに入ってレッスンを一緒にやれば継続に結びつくのかもと、受付で入会の手続きを開始しました。ところが、入会受付の窓口の対応がよろしく無い。新老人(自分では若いと思っているのですが・・・)に対してタブレットをポンと渡し「画面の表示に従って入力していってください」と。こちらはもう少しアナログ的な説明をお聞きしながら、自分が継続出来るだろうとの気持ちを確認した上で入会したいと思っていたのですが、イメージ的には「問答無用、四の五の言わず入力せよ」てな印象を受けてしまいました。日野原さんの「耐えること」を思い出しながら、タブレットの入力画面と悪戦苦闘。新老人は、機種が違うと入力切替等々でまごつき、また、眼鏡も事務用のモノが無い時には大変に苦労するものです。それでも、汗を掻きながらも入力を進めたのですが、途中、入力項目にかなり詳細な個人情報を要求する欄がありました。通常であれば「この情報は特定目的のみに使用する」等々の但し書きがあって然るべきと思うのですが、その記載は見当たらず。これは確認しておくべきだろうと、窓口さんに話かけると「どなたにでも全て同じように入力してもらっています」と訳の分からない説明があり、また、極めて不愉快そうな表情でのお答えでした。事ここに至り、我慢できず。自分の「耐える」キャパ不足は横に置いてですが、”この窓口の対応ぶりでは、このクラブの運営全体が思いやられる。きっと、顧客に目線を合わせたものではないだろう”との疑念が高まり、入会を辞めようと思ってしまいました。途中まで入力したデータを削除し、退席。窓口さんは、驚いたように何か弁明するようなことをおっしゃってましたが、僕の方も残念な気持ちでありました。そんな訳で、今でも、自分自身で継続出来る運動を模索し続けているところです。

ちなみにイライラするのは、高血圧に無関係では無いです。ストレスを少なくする、イラッと来たら、その時の自分を客観して温和に行動する、次の行動をコントロールするというのが高血圧体質を是正する正解のようです。僕は、まだまだ修行が足りません。

 

継続に必要なことは、「簡単に出来ること、そして、どこでも出来ること。余り欲張らないでそこそこの負荷で満足すること。自分に適している運動を自分なりにルーテイン化すること」と考えています。

漸く本題に入りますが、高血圧対策に適した運動は、所謂、有酸素運動です。ウオーキング、ジョギング、水泳、水中ウォーク等々がお薦めの運動とのことです。そして、ふくらはぎの大切さが指摘されます。一世風靡した「ふくらはぎ健康法」です。人間の血液は重力の影響で、70%は下半身に集まっている。ふくらはぎの筋肉が収縮・拡張することで血液が心臓に還流。年を取ってふくらはぎの筋力が衰えるとふくらはぎのポンプ機能が低下。歩くことが健康の基本ということになります。

このコンセプトの下で、最近僕がやっているルーティンを紹介します。いろんな本(7月17日『お酢の話、その2.』の写真をご参照ください)を見て、血圧改善に効果ありと記載されているモノから、自分が継続出来そうなものを組み合わせたものです。ストレッチ、マッサージ系が中心です。

 

●朝起きてベッドの中で寝たまま、ゆっくりと、

・・・足首を回す(左右それぞれ30回)。足の指を広げる=足指グーパー運動(左右それぞれ10回)。ふくらはぎを伸ばす(左右それぞれ10回)。これらは準備体操みたいなイメージです。

●ベッドに腰掛けて、

・・・①ふくらはぎをマッサージ(太ももを上げて膝から下を脱力した状態=ふくらはぎには全く力が入っていない状態にして)。下から上に、左右それぞれ30回。この時、呼吸は、吸って、長ーく吐く。3秒吸って、7秒吐くイメージ。

・・・②右ひざの上に、左の足首をのせる。左の足指の間に、右手の指を挟む。右手の親指が左足の親指の上にくる。右手と左足の指を挟んだままで、足首を前後左右に回す。左右それぞれ30回。(これは最初、かなりキツイかもしれません。僕は大変に痛かったです。慣れれば、簡単に指を挟めます。手の親指で足の親指の腹のところ(=「太白」というツボです)を揉みながら回すと効果的です。

・・・③スクワット。無理のない範囲で。ゆっくり10回、元気があれば、10回を2セット、3セット。スクワットは、くれぐれも膝に負荷をかけないように。これが肝要です=背筋を伸ばして胸を張り、おしりを突き出すような恰好が膝に余計な負担をかけない。

朝、これだけやって血圧計で計測すると上下とも10前後は低くなっているように思います。これで体質改善につながっていると考えて良いのか、その時だけの運動の効果と思うべきなのか、まだ、不案内なのですが、今は体質改善につながるものと信じて続けております。

 

●とにかく歩く

前にも書きましたが、通勤途上のエレベーター・エスカレーターは出来るだけ乗らない、階段を歩く。ゴルフをする時も出来るだけカートに乗らない。芝生の上を気持ちよく歩く、それがゴルフの楽しみの一つと考える(但し、自分の体調をよくコントロールしてやることが肝要です。無理はいけません、特に暑い時。)。 

会社の仲間と「山歩きの会」を半年に一回は開催しています。山を登る、山を歩くというのは運動以上の面白味があります。気分爽快になります。山はどんなに低い山でもキツイものです。とにかく、最後まで自分の足で降りてこないと話になりません。”しんどいからこの辺でお終い”と言えない。たまにはチョット無理してでも体を動かさざるを得ないことをやるのも良いことだと思っています。出来れば、もう少し回数を増やしたいなあ。日向にいる時には一人でよく登りました。自分の体力に自信があったからでしょう。今は、仲間と一緒に行くことにしています。

 

●会社・事務所でのラジオ体操

うちの会社・本社工場では、朝と午後の二回、音楽に合わせてラジオ体操をやっています。僕もケッコウ真剣にやっています。これは大変に良いと思います。膝をゆっくり十分に屈伸させる、腕を大きく振る、手足を伸ばす。大変によく出来たストレッチ体操です。

テレビのラジオ体操をDVDにコピーして友達に配布している先輩がいます。もらった方がご家族共々、毎日、そのDVDを観てラジオ体操している、体の調子が良くなったと喜ばれているとか。

 

  ●事務仕事をしている時間帯に・・・③は、机に向かって事務作業をしている時、一時間に一度位やるのがお薦めです。それに加えて、直立姿勢で、かかと上げ運動(一回あたり、50-60回ほど上げ下げする)と組み合わせるとより効果的です。

 

●お風呂でのんびりと・・・①、②は、ぬるめのお風呂に腰下のみ浸かりながらやると気持ち良いです。これも大変に効果的です。

 

 ●ツボ・マッサージ・・・喉仏の両側に「人迎(ジンケイ)」というツボがあります。指を押さえるとドクドクと脈打っているところです。息を吐きながら5秒ほど押し、息を吸いながら5秒ほど離す。これを左右、5回ほど繰り返す。体質改善につながるものか、その時だけ効果がでるだけのものか不案内ですが、少なくとも、カッカする時に手をそっと添えると冷静になれるそうです。スポーツジムの受付では、このツボを押すことを忘れておりました。

 

●そしてよく寝ること。・・・効果的な時間にぐっすりと休めるように寝ること。夜の10時から朝の2時の間が、眠りの質が最も高い。細胞の修復と再生にかかわる成長ホルモンの分泌が盛んになる時間とのことです。夜の10時に毎日寝るというのは、至難の業かと思いますが、早や寝・早起きは理屈に合っているようです。僕は、昔は夜更かしの方でしたが、最近は、なんとか夜の12時前にはベッドに入っているよう心掛けています。最も、その後も、本を読んでるかもしれませんが・・・。

 

 

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 奥日光、湯滝。かみさんのお母さん(大おばあちゃん)、お姉さんと四人で。往年の美女三人に囲まれての旅行です。湯滝は、中禅寺湖男体山を抜け更に奥に入ったところ。近くの駐車場から歩いて行ける名瀑です。真ん中の岩が、滝に打たれるお不動様に見えると。大おばあちゃんは歩くのはやや大変なのですが、ミンナに助けられ、ちゃんと湯滝のビューポイントまで足を運びました。偉い!。旅行中、食事は娘に負けず堂々の完食でした。2017年8月20日撮影。

 

●百歳の母の完食山笑う 木村しづを 日経俳壇(4月15日)

・・・うちの大おばあちゃんは、もう少しお若いです。

 

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湯滝の傍にある蕎麦屋さん。店頭で、鮎の塩焼き・団子の串焼きを焼いてます。これも、大おばあちゃんはしっかりと食べました。

 

 

 

 

体質改善=とりあえずの集大成:食べ物編

大変に仰々しいタイトルになりました。この半年ほどの試行錯誤のまとめです。薬に頼らず体質改善を試みることで正常な血圧を取り戻したいという気持ちが原点です。体質改善の要諦は、一に適度・適切な運動、二に食事の量と質、三は敢えて言えばストレスフリーの生活。この三つの持続を心掛けることで自分の体質を正常な血圧水準のモノに改善したいと思っています。まあ、体質は個人によってかなり異なるものでしょうから、どれだけ普遍性があるのかは全く不案内ですので、僕の備忘録的なモノ程度とご理解頂ければ幸いです。

 

今回は、食べ物編です。「お酢」が中心になっています。分量は一人分のつもりですが、やや多めかも知れません。自分で試してみて継続できているものを紹介します。

 

まずは、ドリンク系です。

●豆乳ベースのお酢ドリンク

作り方:①豆乳150㏄、②お酢(米酢)大さじ2、③沖縄・奄美のきびオリゴ大さじ2、④しょうが(チューブものでOK、2㎝分)をシェーカーに投入してシェイクするだけ。

ポイントは、シェーカーでシェイクすること。それから、③のリキッドのきびオリゴです。教科書では、黒砂糖をかき混ぜる、と説明されていたのですが、これはあまり上手く混ざらない。上手く出来ないというのは、ストレスを感じて、継続する気持ちが失せてしまう。手前ミソで恐縮ですが、その点③を使うと手軽にスッキリ簡単に出来ます。これが継続出来る大切な要点だと感じております。量は、適宜、調整して下さい。

 

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2017年8月12日、撮影。このシェーカーが優れものです。お隣の「沖縄・奄美のきびオリゴ」と伴に無くてはならないモノになってます。

 

●甘酒のお酢ドリンク

作り方:豆乳の代わりに甘酒を入れるだけ。甘酒に③を加えると甘くなり過ぎと思いがちですが、逆に、お酢の口当たりが柔らかくなって飲みやすくなります。シェイクが重くなりますが、豪快にシェイクして下さい。

・・・一種類だけだとどうしても飽きてしまうので、二種類を準備しています。きょうの料理ビギナーズ2017年7月号のレシピを参考にしました。お酢ドリンクに慣れれば、ベースは何でもOKになります。トマトジュース(食塩無添加のもの)、牛乳でもいけます(ドロッとなりますが)。

ちなみに、酸性度の高い飲食物が原因で歯が溶ける恐れがある、との恐ろしい記事がありました。ダイエットのために黒酢の原液を朝晩飲んでいたりすると酸蝕歯の原因になるそうです(2017年8月12日、日経プラス1)。酢の原液をそのまま飲むと胃には強すぎて気持ち悪くなるように思いますが。ご注意下さい。

 

続いてサラダ系です。

●トマトとさらし玉ねぎとしらすのサラダ

作り方:①トマト一個、包丁で薄くスライス。②玉ねぎ半個を薄切り、塩を小さじ半分振り、さらし布巾で包んで揉む。ぬめりが出たら水につけて塩とぬめりを落とす。かたく絞る。③シラス、大さじ2。食べる直前に器にもり、④米酢、大さじ2.と⑤沖縄・奄美のきびオリゴ、大さじ2.で合える。

・・・「おかずのクッキング」2010年8/9月号の土井さんのレシピが基です。最近のテレビで土井さんがトマトのカットの仕方を紹介していて、更にしらすを乗せていたので採用しました。これも⑤を使うと簡単に合えることが出来ます。トマトの赤い色=リコピンは、抜群の抗酸化作用を持つ。血管と血液の老化を防いでくれるそうです。僕は、玉ねぎをさらさないでも抵抗無く食べることが出来るので、薄切にしたままで頂いています。

 

●きゅうりとワカメとしらすの酢の物

作り方:①きゅうり1本、薄切に。今まで包丁で切っていましたが、簡単に薄切りが出来る道具がありました。今はこれを使っています。重宝しています。②わかめ30-50gほど。以前は戻して使っていましたが、最近は、スーパーで生ワカメを買ってきてます。③しらす、大さじ2ほど。これらを食べる直前に器に盛り、④米酢、大さじ2.と⑤沖縄・奄美のきびオリゴ、大さじ2.で合える。

・・・夏の定番です。これもおかずのクッキングの土井さんのレシピが基になっています。土井さんの美味しく盛り付けるコツが記載されてました。器に盛り付ける時に、最上部に少し盛り足して体裁を整え、紅ショウガとか松の実とかを頂上に乗せる。これを「天盛り」すると言うそうです。このひと手間をさりげなく加えるのがプロですね。僕はアマですね。

 

●タコときゅうりのからし味噌酢

作り方:①茹でタコ100gほど、酢をかけて洗い、ブツ切り、または、そぎ切りにする。②きゅうり1本、薄切に。

からし味噌酢を準備する。③白味噌・大さじ1~2 、④練からし・小さじ1、⑤米酢・大さじ2、⑥沖縄・奄美のきびオリゴ・大さじ1、をよく混ぜ合わせる。器に盛り付けて、からし味噌酢をかけ、サラダのようにざっくりと合える。

・・・僕の大好きな一品です。からしを多めに入れて、鼻にツーンとくるのを涙しながら楽しんでいます。お酒にもあいます。タコはもともと大好きな素材ですが、モノの本によると、高タンパクで低カロリー=減量時に適。また、アミノ酸タウリンが豊富。熱に強い栄養素で、血圧をコントロールし体の恒常性維持に不可欠とか。益々、好きになってます(タコ焼き、食べよッと)。

別な土井さんの料理本に、「夏は酢の味」と。「暑さで溶けそうな体が酸っぱいモノを食べるとシャキっと元気になる気がする。和え物をサラダのような感覚で毎日のように食卓にのせる」ことを薦めてました。同感です。

 

●ヒジキのサラダ(これはノンお酢です)

作り方:①乾燥ヒジキ25gを20分くらい水で戻す。鍋にお湯を沸かし、さっと茹でる。②きゅうり1本を2㎜くらい斜め薄切に、さらに縦に2㎜の細切りに。③ニンジン1/3本くらい、同様に細切りに。④ごま油40㏄と⑤醤油40㏄をボールにいれる。材料をボールに入れて合える。

・・・ヒジキをサラダ風に頂けるレシピです。僕の先生のご家庭のサラダの定番。オリジナルは鶏のささみを茹でて細かく割いて加えます。僕は簡単にハムを入れたりしてお茶を濁しています。追加で缶詰の豆(ひよこ豆とか)、コーンを加えてます。ごま油が芳ばしいです。

 

●モズクにお酢

作り方:①生モズク30~50gに②お酢、大さじ1と③沖縄・奄美のきびオリゴ、大さじ1を合える。

・・・以前は、カップに入った黒酢モズクか三杯酢モズクを頂いてました。たまたまスーパーで生モズクを見たので、自分で②と③を加えてやってみたもの。最近はこれにキュウリの薄切を加えて頂いています。

 

やや心配なニュース。ヒジキ、ワカメ、モズク、コンブ等々の海藻の取引価格が上がっているそうです。健康ブームで需要が伸びているとか。一方で、海水温の変動とか人手不足で生産のほうは伸び悩んでいる。三重県産ヒジキの価格は、この三年間で二倍になった。三陸地方のワカメも高い。沖縄のモズクは、前年比三割高とか(日経新聞、8月9日記事から)。僕のような方が世の中には沢山いらっしゃるのだと思います。是非とも、安定供給をお願いしたいですね。

 

次はいよいよ主食、メインデッシュになるのですが、高血圧の読者向けの料理・食材の本の骨子は、1.減塩しても美味しさは変わらないように、お酢、柑橘類、スパイスを活用して工夫する。2.真正面から、血圧によい様々な成分・機能を持つ食材を食べることを薦める、というものです。僕は、2.を中心に考えているのですが、長くなり過ぎましたので、次回の「とりあえずの集大成:食べ物編・その2.」に記載します。お楽しみにして?下さいませ。

 

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これが「平兵衛酢(へべす)」の木です。日向の工場の場内に約100本育っています。高さは、150~200cmほど。今年は順調に生育しているはずなのですが・・・。2017年7月18日、撮影。

日野原先生のこと

日野原重明先生が亡くなられました。2017年7月18日、都内のご自宅で亡くなられたそうです。105歳のご生涯。新聞各紙にも大きく報道されていました。生涯現役の日野原さん、肩書は「聖路加国際病院名誉院長」となっていました。

 

 主要新聞の報道の骨子です。

●医療の旧弊打破に挑む、チーム医療や予防医療の手法を定着させた信念の経営者。

●高齢になっても元気な姿でメデイアに登場、健康の尊さを訴えた。

●成人病を「生活習慣病」と言い換えるように提言。

●小中学生に命の授業を行い、命の大切さや平和の尊さを伝える活動に取り組んだ。

●2000年には75歳以上の元気で自立した高齢者の「新老人の会」を発足。

●多数の著書あり、「葉っぱのフレデイー」のミュージカルの脚本まで執筆。

などが日野原さんの業績として称賛されています。1970年に起きた「よど号ハイジャック事件」には乗客として遭遇。1995年3月の地下鉄サリン事件では、院長して陣頭指揮、同病院が救助の最前線となり多数の患者を収容された。ご本人も大変に数奇な経験をされており、とにかく「最後までパワフルに生きておられた」と言うことだと思います。

 

 このブログでも何回か登場して頂きました。もちろん、僕自身が日野原さんの大フアンの一人だからです。「新老人」!、面白い感性をされている、いい言葉ですよねえ。「愛し・愛される」、「創めること(はじめること、と読みます)」、「耐えること」の三つが新老人にはとても大切だと。この三つのモットーを基にして「子供たちに平和と愛の大切さを伝える」ことを柱にして実際に亡くなられる前までパワフルな活動をされていた。年齢的には、僕よりも40歳ほども年長の大先輩になりますが、日本人にこんな立派な方がいらっしゃって、その方と同時代に一緒に生きていたんだということだけでも本当に嬉しい限りです。とうとう直接お会いすることは出来ませんでしたが、素晴しい方だと思っています。日野原さん、万歳!です。

  

日野原さんは多くの著書を残されています。世代を問わず読者に支持されているとのことで死去された後、書店では追悼コーナーも設置されている由。僕は、申し訳ないことに著書は読んではいないのですが、訳本を一冊、大切に持っています。

 

『平静の心』・・・オスラー博士講演集。新訂増補版。

 

日野原重明・仁木久恵 訳。医学書院。1983年9月に第一版第一刷が発行され、2014年8月に新訂増補版第7刷が出ています。

 

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当時の書評によると、終戦直後、聖路加国際病院連合国司令部に接収されていた時、日野原さんは米軍の図書室で医学関連の文献を読み漁っていたそうです。そこの書籍でオスラー博士の存在を知り、大変な感銘を受けるところとなった。日野原さんは当時、司令部からの命令で幣原喜重郎首相の治療を担当していたそうですが、知り合いになった司令部軍医にオスラー博士の話をしたところ、バワーズという軍大佐が、オスラー博士の著書である『平静の心』を携帯しており、それを日野原さんに譲ってくれたと。その後、日野原さんは、このオスカー博士の考え方を日本の医学関係者にも広げたいと思われ邦訳を買って出られたものです。

1983年第一刷の 訳者 序 には、「私(日野原さん)が臨床医として生き、医学を研究し、医学を教える立場に立って働いていく上で強烈なインスピレーションと、今日の仕事に全力投球できる力を与えてくれたのは、この本に示されたオスラーの言葉である。〈中略〉日本における若い世代の医療専門職に携わる人々にも、文章となって遺されたオスラーの言葉と精神とが強い感化を及ぼすことを切望する。」とあります。大変に感銘を受けられたこと、および、それを日本の若い世代に伝えたいという強い思いがヒシヒシと伝わってきます。

この本は、日野原さんご自身による補足も含め600頁以上の大著です。僕がこの本に興味を持ったのは、勿論、日野原さんに関心があったからですが、もう一つは別な面からの興味もありました。医療専門家に携わる人々の矜持とは如何なるもの(であるべき)なのか。一覧して面白いと思うのは、この本は、医療専門職に携わる人々だけでは無く、広く専門分野を極めたい、専門性を高めたいと思う社会人=ほぼ全ての方々が読者の対象になるだとうと思います。訳者 序にも記載がありますが、実際に米国では「この講演集は、当時の(註、このオスラーさんの講演集が出版されたのは1904年のことです)医学生、看護婦、医師の心に強烈なインスピレーションを与え、医療の世界における専門医の生き方を示す。〈中略〉いわば聖書のような福音を当時の医療職者や学生にもたらし、一般人までがこれを愛読した」そうです。

 

巻末には、日野原さん自身による「ウイリアム・オスラー卿の生涯とその業績ならびに思想について」という纏めの章が掲載されています。こんな名著を数行だけ抜粋して良さを分かってもらうのは無理だとは承知しているのですが、

《オスラーが学生に示した人生指針》

●どんな環境の中におかれても、それに煩わされることなく、自己を抑制する習慣を養うこと。どのような状況にあっても、絶えず物事に集中できるという素晴らしい能力を養うこと。

●毎日繰り返すことを効率の良いシステム的な習慣とすること。

●物事を徹底して行う特性。

●謙遜の徳〈the  grace  of  humility)  を持つこと。

●絶えず勉強し続けよう。

《オスラーの人生訓》

●今日の仕事を精一杯やり、明日のことを思い煩うな。

●己の欲するところを人に施せ。

●悲しみの日が訪れたときには人間に相応しい勇気を持って事に当たることが出来るような平静の心を培う。

 

僕はキリスト教徒ではありませんが、宗教の心をバックボーンにこういう考え方を実践出来る人=先生が何年か何十年か、または、何百年のあいだには、一人、または、数人かは存在されるんですねえ。人間っていいなあ、と思います。日野原さんは凄い。そして、その日野原さんに、強いインスピレーションと仕事への力を与えたオスラーさんも凄い。

 

日野原さんは、胃ろうを含む延命治療を望まず、そして、在宅医療で。ご自宅で最後まで食事や水を口にされていたそうです。終末期医療の在り方についても、最後まで自分の生き様を貫き、主義主張を実践されているのが、多くのフアンがいる理由であると思います。 2015年11月ごろの雑誌インタビューでの日野原さん語録です。

「無理な延命治療は患者を苦しめ、家族や社会にも思い負担を強いている。〈中略〉医師の務めは、最後まで患者さんのクオリテイー・オブ・ライフを保ち、家族ときちんとした形でお別れをしてもらうことです。」

 

仲間うちで、日野原さんの話題になった時「生涯現役とは仰るものの、そして、尊敬する立派な方ではあるものの、この年齢になられたお医者さんに、実際に診てもらうのには抵抗があるわなあ。」などど嘯いたことがありました。大変に失礼なことを言いました。診てもらってお話を聴かせて頂く機会があったらよかったのになあ、と悔やんでおります。心よりご冥福をお祈りしたいと思います。

  

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輪島、朝市の通りに行く途中のお店で。7月末でも紫陽花が満開。初めての色でした。2017年7月末、撮影。

お酢の話、その2.

そういう訳で、今度は、お酢の本を手当たり次第探して読んでみました。

『健康!酢タマネギ』(宝島社) は通勤途上の駅のコンビニの書棚で見つけて買いました。2016年10月、第三刷発行。これは、結構、早い時期に買ったと思います。そもそもは玉ねぎの食べ方をもっと知りたいと。酢との組み合わせというのが当時の僕には新鮮でした。レシピも掲載されていたので重宝しています。この酢タマネギを活用して料理を作れないかとイロイロなレシピを研究(?)したあげく自分なりに工夫して到達したのが『中華鍋』で写真を掲載した鰯の料理でした。楽しかったのでクックパッドの「クルルのおじさんのキッチン」に「僕でも出来る 鰯のエスカベッシュ風」として載せました。命名は料理の師匠のchaさんです。今回、この本をざっと見直したら、なんと、「イワシの酢タマネギ エスカベッシュ」というレシピが掲載されていました。自分が見落としていたのを棚に上げ、自分の創意工夫を否定されたようでショックでした。作り方もほほ一緒なので余計にがっかり。世の中には努力が報われないことも多くあるものなんだと滅入りました。全く、大げさなことです。なんとか、気持ちを立て直して、僕の心の中では、この料理は自らが工夫した料理なんだと言い聞かせて、その後も機会あるごとに作っております。もちろん鍋は「戦艦ヤマト」です。結構、美味しいです。

 

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本箱で眠っていた本に「お酢」がテーマのものがありました。

『世界に広がる 日本の酢の文化』。奥村彪生さん監修、岩崎信也さん著、ミツカングループ企画。2003年1月初版。これは随分前に、多分、2004~2005年ごろに同社の方から頂いた本です。ミツカンさんは、昔風に言えば尾張之国は知多郡半田村にある、今では調味料と納豆を中心とする大手の食品メーカーさん。もちろん「お酢」がミツカンさんの事業の原点です。「お酢」に焦点を当てつつ「おすし」についての考察が大変に分かりやすく面白い読み物になっています。例によって興味深いところを抜粋します。

●お酒とお酢は、発酵食品の原点。平城京跡から出土した木簡に、すでに「酢」の文字が出てくる。酒があれば酢も造られる。・・・この辺りは、内堀さんの「酢は酒から作る、と書きます」という言い回しと同じで面白いですね・・・ヴィネガーは、ヴァン(=ワイン)とネーグル(=酸っぱい)の複合語であると。酢はワインが酸っぱくなった=酸敗したものを示すものと言う意味が表現されている。

 

・・・以下、中国の発酵食品について解き明かし、「おすし」との関わりを詳細に記載しているところが大変に興味深かったです。

●「醤」は、鳥獣・魚の肉を叩き潰して、塩と酒を混ぜて壺につけこんで発酵させたもの。醸造調味料。紀元前三世紀=前漢初期の文献によると、紀元前10世紀ごろには100種類以上の醤があった由。

●その「醤」とは別な発酵食品として、「鮨」は=魚の塩辛。醤油とは違い原料の形状をある程度は残したもの。

●さらに、別なモノとして「鮓」がある。「鮓」は、貯蔵した魚とのことで「鮨」とは区別されている。三世紀ごろの辞書に「『鮓』は、魚の漬物。塩と米とで醸す。馴れたら食べる」との解説があり。古代の「すし」として知られる「なれずし」の初出と。「なれずし」とは、米飯などのでんぷんの乳酸発酵を利用した塩蔵発酵食品。この乳酸性の酸味を伴うところに最大の特徴がある。

 

・・・その後、中国では「鮨」と「鮓」は同義と混同されることになってしまったそうです。もともと「鮓」は、東南アジア山地民の保存食、ないしは、同じく東南アジアで水田耕作を行う平地民の食べ物が起源とのこと(最近は、後者の説が有力とか)。中国の辞書の記載で両者を混同したのは、輸入された外国の食べ物のため、編者自身が「鮓」を知らなかった(見たことがなかった)からと考えられています。

・・・日本では、奈良、平安の時代は、酢は自家製がほとんど。戦国時代に酢造りが重要な地位を占めるようになり、業としての「酒造」「酢造」の言葉が出てくるようになった由。技術革新=酒造において火入れ(加熱処理)技術の実用化がそのきっかけになったそうです。

 

 ●すしは、古代・中世の「なれずし」(酢を使わない発酵すし=魚の保存方法、漬物の一種。おそらく飯は食べなかった)から、江戸時代に入って、酢を使う「早やすし」に変わってきた。

・・・そこに「握りすし」が誕生。大ブレークしたそうです。そして、この握りすしにぴったりの酢が「粕酢」。尾張の粕酢が江戸で大評判となり、ミツカンさんの「山吹」が握りすし用の酢の市場シェアのほぼ大半を押さえた。この「山吹」は日本でのブランド・マーケティング成功の第一号事例と言われています。

●寿司(寿し)は、江戸時代末期に生まれた和製漢字。平安時代には、鮓=酒志(スシ)、鮨=須之(スシ)と読んでいたと。

・・・すしの語源は、味がすっぱいから「すし」。すし=酸っぱい、新井白石さんの研究でも「スは酸なり、シは助詞なり」との記載があるとか。これは分かりやすいですね。さらに、鮓と鮨をつなげて鮓鮨として読むと「サシ」になり、それが、なまって「スシ」になったとの説もあるそうです。

・・・「なれずし」=乳酸性の酸味を伴う塩蔵発酵食品、飯は食べない。⇒「なまなり」(生成)。酢酸発酵による酸味も受け入れ、飯を食べるようになった。料理において酸っぱい=「酢」が重視されることに。⇒酢を使う「早やずし」、そして「握りすし」へと。従来の発酵食品、保存食品と完全に縁が切れた。まったく違う食べ物の誕生!!との記述が説得力があります。

 

 

ミツカンさんは尾張ですが、お隣の三河に「南三河食文化研究会」という地元の醸造業(白醤油、味醂、日本酒、味噌)の方が参加されている研究会があります。2015年4月28日付けの中部経済新聞に紹介記事が掲載されていました。キーパーソンは、お二方。碧南市、小伴天の長田社長と高浜市、おとうふ工房いしかわの石川社長。

長田社長は、愛知大学のオープンカレッジで愛知の食をテーマにした講座を継続されています。また、2015年2月には地元食材を使って地元ならではの料理を提供しようと、同じ碧南市に”小伴天はなれ「一灯」”をオープンされています。 三河の食文化を後世に伝えたいという思いが込められた料理を味わうことが出来ます。

石川社長は、首都圏で愛知県産品の販売に注力。いしかわの店舗でテーマを決めて地元食材を楽しむ会を開催。南三河食文化研究会の代表。「醸造業でこれだけの業種が一か所に集まっているのは全国的にも珍しい」とのことで、この地域の食文化の発信、地域の食文化を守ろうと地元の醸造業の社長さんや地元の食に携わる方との交流を深めていらっしゃってます。

ちなみに南三河とは、旧東海道より南側の三河を指している。主な食材としては、碧南のニンジン、タマネギ。魚介、ちりめんじゃこ、アサリ。一色のウナギ、西尾の抹茶が有名なところ。

僕は、すっかり、お酢メーカーの方も参加されていると思っていたのですが、記載されていません。今度、参加して何故なのか聞いてみたいですね。

 

 「鮨 そのほか」新潮文庫阿川弘之さんの随筆・随想です。平成27年9月発行。すし=鮨、と書かれてますね。貰いもののすしを駅の浮浪者にあげた人物の味わいのある回想です。今の時代の作家の方には描けないストーリーでしょうね。阿川さんは2015年没。娘さんの佐和子さんのご結婚の報道には、彼の地で素直に喜んでますかね。

 

僕の大好きな「きょうの料理 ビギナーズ」2017年7月号。10周年、特別企画第二弾が「ちょっと すっぱい酢」です。即買いしました。料理の本はクセになりますね。次々と買ってしまいます。

 

 

お酢を使った料理のレシピを含むウンチクを書こうと思っていたのですが次回以降に改めます。次回の高校同期会の社会科見学は、半田のミツカンさんの酢の博物館と碧南の一灯さんでの会食にしようかしら。

 

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 血圧・血管に関する本、図書館にも多くの本が置かれてます。「薬に頼らず!、薬を飲まず!血圧を下げたい!」という願望は強いですね。どちらの道に進むにしても無理をしてはいけないのでしょうね。これらの本の中には、これは面白い・きっと効果があると思った運動、マッサージがありましたので、これも、次回以降に記載を心掛けます。

 

 

お酢の話

最近、お酢にハマっています。

きっかけは、父の日のお祝いに長女夫婦から「飲む酢・デザートビネガー」なるものを頂いたことからです。パンフレットに「酢は、酒から作る、と書きます」と書いてあります。ウマい表現だなあと感心しました。岐阜県八百津町にある内堀醸造さんのお酢です。以前からよく知っているお酢屋さんですが、「飲む酢」は買ったことがありませんでした。パンフレットに写真が載っていますが、ご主人の内堀さんは自称「スムリエ」。ワインのソムリエをもじった呼称だと思いますが、ホテルの食事会などの場で「酢のおいしさ新発見」等の話を中心に講演をされながら、お酢の料理を提供。お酢の消費拡大の啓蒙活動をされています。タキシード姿がお似合いの楽しい方です。

もらって以来、毎日、大さじ一杯分をイロイロな方法で飲んだり、食べたりしています。お酢健康法です。どのようにして食べているのかは後に記載します。

 

実は、昨年末から、血圧が高めになっているのが気がかりになっていました。血圧が上がるのは加齢による自然現象だからそれほど神経質になる必要はないという説もありますが、やはり不安になります。でも、薬を飲むのには元々強い抵抗があるところに、あるお医者さんとある出来事がきっかけになり、血圧降下剤を飲まないで対処しようと思い立ちました。家族・友人・賢者のアドバイスを得て、この年齢になってからですが、改めて体質改善をトライしようと。

基本は適切な運動と腹八分目の食事、過度のお酒を控えることと理解しています。僕の場合は、①お酒を美味しく頂いて、ついつい飲み過ぎてしまう。飲み過ぎない飲み方を!会得する必要がある。②美味しいモノは食べ過ぎてしまう。お酒を飲む時には自然に食べる量が減る方がいらっしゃいますが、僕の場合は良く食べてしまう。また、会食の時に料理を残すのは申し訳ない(勿体ない)と思っている。③運動はやっているつもりながらムラがある。

 

例によって、本を手当たり次第に読み始めました。高血圧に関して何んと沢山の本が出版されていることか。ベストセラーも沢山あるようです。薬に頼らないで血圧を下げたいと願っている人が多くいらっしゃるということの現れでしょう。この種の本のほとんどは「安易に薬に頼らない方が良い。薬に頼らないでも血圧を低下させることは可能である。良い習慣を身に着けることが大切だ。運動(マッサージ、ストレッチを含めて)と食事(食材、食べる量、食べ方)が肝」という主旨のものです。

天の邪鬼の性格と言うのは困ったもので、「問答無用、とにかく薬を飲め」と言われると間違いなく反発してしまいますが、逆に「薬に頼るな。薬に頼らなくとも血圧は低下する」とい言われても「それホンマかいな?」と思ってしまいます。意見はイロイロあって然るべきとは思うのですが、もう少し、両者歩み寄った丁寧な説明が欲しいところですし、所謂、統一見解があってもよいのではと思うのですが。まあ、人間の体のことですから、一人ひとりがそれぞれ違うのでしょうから、普段から信頼の出来るお医者さんに相談に乗ってもらって、患者側の不安なことや希望することを聞いてもらいながら、両者納得した上で対応方針を決めて進めていくしかないのでしょうね。高齢者がどんどんと増えていく時代ですから、今まで以上に、主治医さん、かかりつけのお医者さんの重要性が益々高くなっていくものと感じます。

 

今、住んでいる処の近くでは残念ながら信頼出来るお医者さんと巡りあっていない僕としては試行錯誤の連続です。

毎日の体重測定と血圧測定を開始しました。それから、①②③について考えてみました。

①「お酒を飲み過ぎない飲み方」。これは結論から言えば、そんな器用な飲み方は出来ない、無理ですね。僕は気持ち良く飲んでしまいます。しかし、時間軸の概念を導入しました。つまり、かつては、ほぼ連日飲み過ぎていたものですが、今は、飲み過ぎたと思った時には、次の日、更に次の日に、飲み過ぎないように努力する。幸い、以前ほど、お客さんとの会食が連続するということは無くなりつつあるので、一人で食事する時、仲間内で飲む時、等々は、酒の量を減らす。酒を飲む日を無くすると言うは難しいので、飲まないのではなく減らす。お酒を飲みたいと思うのに、飲む日を無くすというのは大変なストレスが溜まり、逆効果になると信じています。

②「美味しいモノを食べ過ぎない、残しても申し訳ないとは思わない」と言うのも無理というのか、寂しいというのか、やはりモッタイナイ。これも①と同様に時間軸を導入しました。食べる時は、四の五の考えないで食べる。食べたいものをモッタイナク残したりしない。但し、人のお皿の分までは食べることはしない。また、自分が気持ち悪くなるまで食べることはしない。そして、食べ過ぎたと思う時は、2-3日の期間のなかで、修正するように心がける。①と同様に、一人メシの時、仲間メシの時は、カラダに良いとされる食材を、体に良いとされる順序で、体に良いと言われる食べ方で、そして、食べ過ぎないように作る、注文するように心がける。

③運動は、まだまだ不十分ながら、とにかくカラダを動かそうと努力しています。会社ではエレベーターを使わない。五階分の階段を歩く。通勤時、また、街のなかでも、エレベーター、エスカレーターを出来る限り使わない。ワザと一つ手前の駅で降りて、一駅分を歩く。これは一度トライしましたが続きません。それよりも早く家に帰って、運動の服装に着替えて歩きに出る方が良さそうに思います。週末は、歩く。公営プールが近くにあるので水泳をする。ゴルフの時は、カートに乗らず歩くことを心がける。また、室内で出来るマッサージ、ストレッチもやるように。「継続する」ということは本当に難しいですねえ。運動ではないですが、一人で出来るツボ・マッサージを、体重・血圧の測定の前にやるように心がけています。

 

以上を組み合わせながら、それなりに継続しています。「三日坊主も10回続ければ一か月になる」という訳の分からない信念のもと、半年くらい続けました。体重は、昨年同時期比較で、最大で5㎏、平均すると3㎏ほどの減量に成功しています。BMIもようやく25を割りました。この過程で、血圧は昨年末から本年初めにかけては第二度高血圧の状態であったものが、この数か月では、第一度高血圧の水準に。たまには、正常高血圧のレベルに低下してきました。何やら、新興宗教の勧誘の体験談のような記載ですが、自分では意外とスンナリと効果が出せたかなあと悦んでいます。こういう状態から、もう一段の降下を狙いたい、常時、正常高血圧のレベルを狙いたいと言う話をしているときに贈られてきたのが、冒頭の内堀醸造さんの「飲む酢・デザートビネガー」であったという訳です。前口上が長すぎましたが、お酢は、確かに、直感的に効きそうだという気がしています。それで、今度は、お酢の本を手当たり次第読み始めた訳です。

・・・・『お酢の話、その②.』に続く。

 

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 サンスベリアの花が咲きました。2004年の浜名湖花博で一苗50㎝程度のものを買ったもの。爾来10数年、大きく成長・株分けして今では7鉢、背丈も150㎝ほどに。自慢のサンスベリアですが、開花をはっきりと認識したのは今回が初めてです。

2017年7月13日、撮影。

 

 

八丁味噌

 八丁味噌は、愛知県岡崎市の八帖町にある二軒の味噌屋さんで作られている味噌です。原料は、大豆と塩のみ。じっくりと時間をかけて熟成された天然醸造の味噌です。

八帖町は昔むかしは、八丁村と呼ばれ、岡崎城から西へ八町の距離(約870m)にあったことが村名の由来になっているとか。古くは、1560年の桶狭間の合戦で徳川軍の「戦陣握り」として八丁味噌が兵食とされていた由。岡崎市を流れる矢作川(やはぎ)流域で栽培されていた矢作大豆、それから、知多半島半田市の成岩(ならわ)および吉良上野介で有名な吉良町饗場(あえば)で生産されていた塩を原料としたものです。吉良上野介さんは忠臣蔵では敵役ですが、地元では、塩田の開発をはじめ産業の振興を図った名君として今でも大変に人気が高いお殿様です。三河岡崎辺りは、高温多湿の気候でコメの栽培にはあまり適していなかったので、地元で採れる大豆の利用を図った。岡崎には、矢作川の水運を利用して塩座が賑わっていたので、塩を活用することが比較的に容易に出来たことも八丁味噌が生まれた背景にあるのでしょう。

 

八丁味噌を生産されている二軒の味噌屋さん、カクキュー(合資会社八丁味噌)さん、まるや八丁味噌さん、を社会科見学に行きました。何を今更、社会科見学か!?ですが、なかなかに面白いモノです。『私の本棚(2016年9月18日)』で書きましたが、僕の高校は大阪ですが今でも同期会が盛んです。愛知県在の仲間でも四半期、半年に一度くらいは集まっています。ただ単にメシ食べて大酒を喰らうだけではモッタイナイと。まあ、みんな年を取ってムチャ飲みが出来なくなったことも理由の一つですが、この2-3回は、地域の文化を探索しつつお酒を飲んで楽しく語り合う会となっています。それで今回のテーマが岡崎城八丁味噌

道中の話題は、「八丁味噌と赤だし味噌とは、そもそも別なモノか否か。別なモノであれば何が違うのか?」という極めて愛知県ローカル的なものでした。僕は別モノであるという認識はありましたが、何が違う?と言われるとウーン?の状態。正解は準備されていたのですが、現地で工場見学をして確認が出来ました。答えは意外と単純で「八丁味噌と米味噌を調合して、八丁味噌の濃厚な味と米味噌の柔らかな甘さを調和させたものが赤だし味噌」とのこと。なるほど、そういうことかと納得しましたが・・・。

 

この時に質問するのを憚ってしまいましたが、一方では、八丁味噌ではない豆味噌がありますよね。いわゆる普通の赤味噌。それを米味噌と調合しても、赤だし味噌と呼ぶんでしょうね。後でウイキペディアで念のために調べたところ、「八丁味噌」の商標認定はされていないそうです。いわゆる普通名称との認識です。それでも、「八丁味噌と呼べるのはこの八帖町の二社だけが生産している味噌である」という事は公知とされているそうで何よりのことと思います。NHKの朝ドラで「純情きらり」というのが2006年上半期に放映されたそうですが(スミマセン、僕は見ていませんでした)、このドラマは、朝ドラでは初めて愛知県を主舞台にしたもので、この八丁味噌の2社が重要な舞台になっていた。八丁味噌といえば、この2社だ、と言うことが広く認知されるのに大変な貢献をしたそうです。NHKさんエライ。

 

工場見学で、八丁味噌の製造は大変に手間と時間がかかるものだということを学習しました。大豆を蒸す。煮るのではない。味噌玉を作る。拳大の大きさ。麴をつけて発酵させるが、大豆麹は大変に難しいとのこと。仕込みでは塩と水を加えてコネ合わす。この割合が重要なポイントになる。塩と水の量は限りなく少なくして発酵に時間をかける。発酵の時間が早くなってしまうので天地返しはやらない。寝かせたまま。仕込みの桶は、高さ、直径ともに2m以上の杉の木桶。その中に約5-6トンの味噌を入れ、布または板一枚を敷いた上に、3-4トンを超す石を積む。この重石の石のサイズはバラバラ。均一に荷重がかかるように積まれる。桶の上に石のピラミッドが出来上がる。全くの職人技です。地震があった時も、この重石は崩れたことが無いとのこと。しっかりと積まれています。

大豆麹を作るのは冬。仕込みが開始されて以降、発酵が進む訳ですが、発酵が進むに連れて、時期的には次の夏にかけて、何んとこの数トンの石が持ち上げられる。発酵の力で重石のピラミッドが上がる!。9月ごろがピークとか。その後、冬にかけて重石は徐々に下がり、2月ごろには元のレベルに収まる。「二夏二冬の歳月をかける」という表現をされています。大豆と塩だけで作ると言われると、塩分が濃さそうな印象を受けますが、全く逆で、出来た製品の塩分は少ないものになっているそうです。八丁味噌は固く、そして、コクが深い。製品は2年から3年半もかけて出荷されることになります。

 

この味噌蔵は、今でも、土間、土壁を出来るだけ残していると。味噌は生きている!。蔵の内部は、酵母・乳酸菌の宝庫とか。生息する自然の微生物の絶妙な働きで旨味成分を自然に引き出し、特有の香りと艶を醸し出しているとの説明がありましたが、なるほどと納得できる風景でありました。案内の方から「深呼吸をしてこの微生物を体の中に取り込んで帰って下さい」とのお話があり、僕は真剣に深呼吸を繰り返しました。

100兆個の共生微生物の働きを期待している僕としては(『共生微生物』2017/1/23を参照下さい)、この地で、数百年以上も活動を続けている微生物を大量に吸収出来て大変に幸せな気持ちになりました。 

 

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 「カクキュウ」さんの蔵。2017年6月撮影。

 

八丁味噌は、煮込めば煮込むほど旨くなるそうです。名古屋メシ、愛知県の地元料理はイロイロとありますが、「味噌」何々が結構多いです。「味噌カツ」、これは名古屋に来るまで知りませんでした。当初は、何故わざわざトンカツに味噌をつけるのか疑問に思いましたが、今では美味しく頂けます。味噌タレの味が旨いのです。でもまあ、毎日、食べたいとは思わないかなあ。「味噌煮込みうどん」、これは八丁味噌の特色=煮込んでも風味が落ちにくいことを上手に利用した料理だと思います。出汁の味は大好きなのですが、残念ながら、よく指摘されている様に、うどんに「芯が残っている」のがいまだに気になります。個人的には、「味噌おでん」「みそ田楽」「どて煮」「どて鍋」が大好きです。ビール、日本酒に合います。食べたことが無い方がいらっしゃれば、是非に、お勧めします。

毎年「なごやめし博覧会」というのが催されています。市の中心部、食堂・レストランの協力を得て開催されています。飲食店回遊型イベントと言うそうです。要するに、街中を食べ歩いて、何が一番、美味しくて、かつ、面白かったかを競い合って盛り上げるイベントです。今年は、2017年10月1日から11月19に開催されるそうです。是非、足をお運び下さいませ。

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愛・地球博記念公園の観覧車のトップポジションから撮影。「サツキのメイの家」は、写真の右上の池の更に右側に広がっている山林のなかにあります。2017年6月撮影。