クルルのおじさん 料理を楽しむ

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料理って?

欧米では、料理とは、とにかく「火」を使うこと、という考え方がベースになっているそうです。「料理とは外部のエネルギー(火のことです)を使って、体に代わって咀嚼と消化を行うこと」、と言い切る人もいます。

「火で料理して消化しやすいものを食べることが出来るようになったので、その分、余裕が出来たエネルギーで人間の脳は大きくなることが出来た。ヒトが人間になったのは「料理」が出来たからである。料理で文化が生まれた。」(註ー1)

 

 「火を使うことを覚えたことが、ヒトを人間にした」というのは、よく耳にする説得力のある説明かと思います。それを食べたものを消化するエネルギーの観点から、料理で消化が楽に出来るようになったお陰で、ヒトの脳は大きくなり、ヒトは人間になり、そして文化が生まれた、という指摘は、目から鱗でした。改めて、肉食獣が動物を食べるのを見ると、それはそれは、消化するのには大変なエネルギーがかかりそうだ、これでは頭(脳)まで何も行かないわ、と思います。納得できる表現だと感心したものでした。

 

一方、天の邪鬼な観点からは、「それでは日本の刺身はどうなるのか。火を使わないから料理ではないと言うのか。そんなばかな。」となってしまいます。かなり長い間、この問題をどう整理すればスッキリするのかと悩んでいました。

 

 フランス語で料理のことは、キュイジーヌ、と言うそうです。語源は、加熱する、とのこと。料理=火、というのが言葉の中に含まれている。フランスでは、オードブルの生牡蠣を扱うのは料理人(キュイジニエ)の仕事ではない。わざわざ、殻剥人(エカイエ)と区別して呼ばれているとか。

 

 最近、出会った本のお陰で、この問題が僕なりにはスッキリとしました。いわく、

「日本の(料理の)哲学は正反対です。日本料理では、いかに切るか、ということが、いかに火を入れるか、ということと同等もしくはそれ以上に重要とされている。包丁=料理人であり、切ること、そして、盛り付けることが大切なこととされている。割烹の「割」は、割り・切ること。「烹」は、火を用いて煮たり焼いたりすること。これが日本の料理である。さらに、日本料理では、添え物との取り合わせ、器の選択、飾り付けが味覚の重要な部分とされている。」

 

これは、玉村富男さんの「料理の四面体」より抜粋です。この著者は1945年生れで、僕とはそれほど年齢差はないのですが、この本を最初に刊行されたのは、1980年の時。著者35歳の時にここまで洞察をされていたことに驚きました。この本は最近改めて評価され復古版として再発刊されたとか。「四面体」なんて変わった表題ですが、内容は、切ることvs加熱すること、に留まらず、イロイロと面白い観点からの充実した考察、論説です。巻末に、有名なシェフの日高良美さんが解説を書かれていますが、「最初、刊行された時に読んだ。おもろいんやでど、だからそれで何なんやろう、と思った。」とありますが、まさに同感です。「改めて読み直して、含蓄のある著書であると確信した。料理は人類の進化の源である。生きていくだけの食事から、料理を通して食べる喜びを知ることが出来るように。」と締めておられるのも全くその通りと感じました。 

 

次回からは、料理、レシピも記載する予定です。

 

(註ー1):「人間は料理をする」上巻、マイケル・ポーラン著、野中香方子訳。著者は1955年生れ。上巻で「火」と「水」、下巻で「空気」と「土」をテーマに。

 

  

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2016年8月27日、上高地大正池から河童橋散策