クルルのおじさん 料理を楽しむ

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台所

  

小さい時には、台所に入ったことが無いくらいでした。また、自分でリンゴの皮を剥いたことも無い。ましてや自分で料理をするなど考えたこともありませんでした。学生時代はずっと親元から通っていたし、会社生活では独身寮で食事付き、結婚後は料理の上手なオカアサンに全てお任せ。

前にも書きましたが、自分のカミさんのことをオカアサンと呼ぶのはいかがなものか、とのご指摘もありますが、日本のかなりのご家庭では家族の一番年下さんの目線で、家族を呼称することが多い。長男をつかまえて「オニイチャン」と言い、長女は「オネーチャン」となる。自分の親は「オジーチャン」、「オバーチャン」。我が家では、子供に恵まれて以降、ずっと、カミさんは「オカアサン」です。もっとも、最近になり夫婦の会話を増やすべく努力するようになり、その場合は、ファーストネームで呼ぶことが出来るようになってきました。「xxさん」とサンを付ける。決して呼び捨てにはしません(出来ません)。

 

小さい時には、台所に入るとおばあちゃん(本当の僕の祖母)からいつも怒られました。「男が台所でうろうろするものではない!喝っ!」てな感じでありました。まことに明治の女性は凛々しくあられたと思います。

かなり前、寝込んでいたおかあさん(僕の母親)と珍しくしんみりした話をする機会がありました。おかあさんが亡くなる半年ほど前のことかと思います。この時に漸く謎が解けました、なるほどと得心がいったと思いました。要するに、当時の我が家はかなり貧乏をしていたようです。おばあちゃんは、明治オンナでむちゃプライドが高かった人でありましたから、万が一、孫が米びつでも開けて食べ物が乏しいことに気付いてしまったらご先祖様に申し訳ない、ご先祖様に顔向けが出来ないと思っていたのであろうと。

とにかく料理を自分でするものという概念は、僕の頭の中には、一切なかったのです。

 

必要は発明の母、「きっかけ」を大切にする気持ち、年をとっても新しいことにチャレンジする勇気、やればキット出来るという思い込み、イロイロと講釈出来るのですが・・・昭和のおじさんは理屈を付けたがります・・・とくかく、漸く料理に興味を持ったのは、前述の通り、50代で単身生活をするようになってしばらくしてからのことだった訳です。

 

僕がこのブログで紹介出来ればいいなあと考えているのは、独りで生活している方に、年齢的には、僕とほぼ同世代=高齢者を対象にしてのレシピ、料理、食事、食です。

ちなみに、後期高齢者という言い方は良くないと日野原先生はよくおっしゃっています。「新老人」だと。新しい老人。愛し・愛される、創めること(はじめること、と読みます)、耐えること、この三つが新老人にはとても大切なことだそうです。

 

僕には三歳年上の兄がいます。昨年(2015年)の10月に奥様が死去されました。大変に仲の良い素晴らしいご夫婦でした。兄は、僕よりも更に典型的な昭和の企業戦士で、公認会計士の二次試験を合格した上で最大手の生命保険会社に入社、もっぱら資金運用・融資畑で辣腕ぶりを発揮。退任後は、自分の事務所を立ち上げ、経営コンサル・会社の新規上場のアドバイザー的な仕事をしています。僕以上に自分で料理することが無いタイプだった訳ですが、奥さんを亡くした後、さすがに、少しは台所に立つ機会も出てきたと。今年の初め、僕の単身マンションに泊まってもらったとき・・・僕たち兄弟は大変に仲のよい兄弟です・・・僕の蔵書!にビックリ。食と料理の関係の本が山と積まれていたからです。この時に、僕は、お互いの人生で初めて、兄に得意な料理を振る舞ったのですが、大変に喜んでくれました。喜んでくれたことが、僕にとっては、大変な喜びでした。

60歳を超えたおじさん(おじいさん?新老人!)二人が、マンションの一室で二人だけで家メシ・手料理を食べている。普通に想像するとかなり気持ちが悪いシーンかと自分でも思いますが、意外とオトコどうしで健全な前向きな話で盛り上がりました。

 

家族(家内、子供たち)が喜んでくれるのとは、また違った新鮮な喜びでした。料理は人と人を柔らかく繋いでくれるものと思いました。

 

・・・蛇足の補足:高齢者対象と書くと若い方が見向きもしなくなるよとアドバイスを頂きました。年齢・性別を問わず、一人分の料理には参考になるはずですので、是非、見てください。・・・

 

・・・最近、気にいってるCD;ヴァレリー・アファナシェフ、オマージュ&エクスタシー、1996年録音・・・

 

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