クルルのおじさん 料理を楽しむ

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ひと手間

 「ひと手間かける」っていい言葉ですよね。「ひと手間を加える」、「ひと手間を惜しまない」。「ひと」が無くて「手間」だけだと「手間がかかる」=邪魔臭い、という感じがして、どちらかというと否定的なニュアンスが強い言葉に思いますが、「ひと手間かける」となると随分と肯定的な、柔らかくて丁寧な言葉に感じられるように思います。ひと手間かけて面取りをする、というような言い方は日本料理の独特な表現のような感じがして好きです。ひと手間かけて、面取りをする・出汁を取る・小骨をとる・薄皮を剝ぐ・アクをとる等々、料理のレシピ本の中によく出てきます。ひと手間かけることで得られる美味しさを理解できれば、ひと手間かけることを厭わなくなるそうです。

但し、偉そうに言ってますが、この言葉は好きなのですが実際に料理をするときにはせっかちな僕はまだそのひと手間をかける余裕がありません。いかにもその通りだと頭では分かるのですが、作業する時には、どうしても面倒と思う気持ちが先に立ちます。邪魔臭いと思ってしまうと料理仕事が嫌になって先に進まなくなりますので、結局、端折るべきはどんどん端折ってしまいます。まあ大体こんなもんやろ、えいやっで勝負している訳です。

 

ここでまた辰巳芳子先生の登場です。奥が深いドキッとするような名言です。曰く「面倒が先に立つ方は、人類が初めて鍋を知った時の興奮を想像してみましょう。気後れする方は、大昔の炉端の光景を。彼らはその鍋でいのちの保証を喜び合ったに違いありません」(辰巳芳子の展開料理)。人類が初めて鍋を知った時、などという言い回しに出会うとワクワクして嬉しくなってしまいます。この方の食べ物・料理に対する考え方には本当に驚かされています。こういう風にモノを捉えられる感性は大切にしたいと思う訳です。

 

一方で、台所仕事・料理は過酷で危険な労働であった、との見方を紹介している本もあります。 「キッチンの歴史」。副題に「料理道具が変えた人類の食文化」とある通り、スプーンや包丁、鍋・釜、オーブン、冷蔵庫、電子レンジなど、古今東西の料理道具、調理器具の歴史をたどりながら、それが人類の食文化をどのように変えてきたのかを考察したユニークな本です。著者はビー・ウイルソン、1974年イギリス生れ、ケンブリッジ大学の博士号を持つ女性ジャーナリストです。真田由美子訳、河出書房新社、2014年1月初版発行。初版発行時の新聞書評を見て買いました。面白い件があります。

曰く、「人類の歴史で料理はずっと過酷な労働だった。台所で行われる主な二つの料理行為、切ることと加熱することは危険な行為だ。今日でも生死にかかわる問題であることを私たちは忘れがちだ。道具の進化によって、料理は使用人ではなく自らが行うものとなり、また楽しむものとなった」。「料理は長い間、狭い場所で汗と熱と煙にまみれながら危険を覚悟で従事する仕事であり、世界の多くの地域ではまだこうした労働環境が続いている。実際に発展途上国では毎年150万人もの人が料理をする時に室内で燃やす火からでる煙で亡くなっている」そうです。訳者後書きにある通り「料理道具の歴史を題材に、豊かな生活とは何かを現代人に考えさせる文化論」です。

 

こう考えると、僕が料理するぞ!と台所に向かっていけるのは、まさに文明開化、技術進歩のおかげ、感謝するしかありません。なんと台所仕事が楽になったことか、これだけ楽になったのだから楽しんで料理する、料理を楽しめる時代を楽しむようにしないと先達に申し訳ない。これだけ楽になったのだから、ひと手間かけることくらい厭ってはいけない、と相変わらずアタマではよく理解出来るのです。理解をしたアタマが、料理をする時にはカラダに楽しめ、楽しめと言っているような気がします。だんだんとカラダも楽しんできていますが、メンドウが出てくるとカラダは正直に反応してしまい、まだ「ひと手間を楽しむ」域には達していない状態であるというところです。

 

先日、兄の家で法事がありました(「台所」を参照ください)。お互いの家族が集まって亡くなられた奥様を偲んで明るく楽しく歓談。メインの食べ物は近くの寿司屋さんから取り寄せた(実際には、兄の次男がわざわざ取りに行ってくれた)お寿司ですが、なんと、副菜・つまみに兄の手料理が出てきました。それも亡くなられた奥さんが家の庭に植えていた蕗(フキ)、零余子(むかご)を自分で摘み取り、自分なりに煮たり蒸したりしたもの。奥さんが元気な時に料理していたのを覚えていて、見様見まねで料理したとか。”むむっ、出来る。あんた料理なんか全然できひんかったんとちゃうのん”、僕のレベルを超える技を持っているのではと驚きました(「台所」で書きました僕が教えたレシピ(炊き込みご飯です)は、大変に役に立っていると評価してくれていました)。

兄は僕から見ても仕事一筋人間。家でも話すことは大半が仕事の話、乃至は、仕事で付き合いのある方の話。世に言う家庭的な話題は不得意な方で、顔も強面、仕事以外は何かにつけ不器用。この日も同様の会話が進行するなかで、このフキとむかごのお皿を出したときだけは、珍しくちょっと照れているようで、思わず可愛い奴やなあ、と思いました(弟が兄を表現する言葉としては不適切かもしれませんが)。こんな、かわゆいとこあったんや。奥さんの思い出を大切にして、奥さんが育てたフキとむかごを、ひと手間かけて料理した美味しいお皿でした。身内の話ですが、正直ちょっと見直しました。

 

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2016年10月、沖永良部島のえらぶのユリの球根をプランターに。芽、出てくれるかな。