クルルのおじさん 料理を楽しむ

読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

カレーライス

つらつら思い出すと、僕が初めて料理の場に接したのは、小学生の時、夏休みの林間学校で作ったカレーライスでありました。林間学校というのは、都会の学校では自然に接する機会が少ないというので、夏休みにキャンプ場等々に行って、テント生活・オリエンテーリングキャンプファイヤーを体験させるものですが、当時の僕の小学校の林間学校とは、校庭でキャンプファイヤーの真似事をするのがメインイベント。宿泊は同じ小学校の講堂で、板の間に寝袋ならぬゴザ、布団等を敷き詰めて雑魚寝。シャワー・風呂は、もちろん無し。まだ昭和30年代半ばのことで一泊する費用負担が難しい家庭も多数あり、また、学校の予算も十分では無かった。そんな中で、先生方の苦心の企画であったかと思います。その林間学校での食事がカレーライスでした。飯盒でご飯を炊いて。大きな鍋でカレーを作って。先生が指導してくれますが、こういう場面では何かと器用に表に出てきてテキパキと対応する生徒がいるもので、その時も、仕切り役と仕切られ役がハッキリしていたように記憶します。僕も何かお手伝いをしなければと思いつつも、包丁もナイフも使ったこともない、そもそも調理をする場に全く接したことがない人生を送っていましたから、ただ、ボケっとみんなが作業しているのを眺めているだけでした。当時の僕は、おとなしくて目立たない生徒だったと思いますが、イジメられるタイプではなかったように思います。また、幸いなことに、その時代は陰湿なイジメは皆無でした。出しゃばりな子も引っ込み思案の子もそれなりに助け合って楽しくやっていたように思います。最後の段階で、漸くお皿にご飯を盛り付ける役が回って来ました。僕にすると、それすら初めての作業だったはずですから緊張しながら一生懸命にやったように思います。

みんなで作ったカレーライスは大変に美味しかった!というと美しいオチ・思い出になるのですが、残念ながら、そうでは無かった。粉っぽいカレーで、また、お肉がムチャクチャ硬かった。当時は、まだ、カレーのルーはそれほど出回ってなかったのか、多分、小麦粉をベースにカレー粉を加えたものでしょうが、小麦粉の量が多すぎたのか、上手く混ぜることが出来ていなかったのか。お肉はとにかく硬かった、嚙んでも噛んでも噛み切れない。”カレーライスはご馳走である”という思いだけで自分自身にこれは美味しいんだと言い聞かせて食べたような気がします。確かに、その頃は、クジラの肉の方が食卓、給食に出てくる機会も多く、食べやすく料理されていました。牛肉は残念ながら不味い部位しか食べる機会がなかったからでしょう。その後も、小学生の高学年になるまで「こんな不味い肉はない」と大嫌いだったこと記憶しています。

 

 話がそれますが、小学校の裏に神社がありました。お盆の時とか年に2回ほど、映画の上映をやっていました。街に映画館はありましたが、神社でやる無料の映写会は人気がありました。神社の境内にある大きな木の間にスクリーンを張って、チャンバラ映画を中心に上映。東映時代劇の全盛期であったかと思います。映画館で封切り上映されたあとのひとシーズン遅れのものであったかと思います。境内は大人も子供も沢山の観客で一杯に。前の方に子供たちが地面に座り、その後ろは全て立見席。片岡千恵蔵市川右太衛門などなどビッグスターが登場。勧善懲悪!バレバレのストーリー展開ですが、主人公が危機一髪の場面では観客から本気の声援が飛び交う。境内の観客が一体となって、大劇場にも匹敵する歓声が飛び交うもの凄い盛り上がり様でした。僕たちも終わってからの興奮冷めやらず、主人公になったつもりでチャンバラしながら家に帰ったものです。

数年前に母親が入院生活をしている時にお見舞いに立ち寄った際、時間つぶしに、小学校、神社の周辺を散策しました。小学校の校庭も、神社の境内も、それはそれは慎ましいスペースでした。小さく小さくしゃがみ込んで周りの景色を眺めてみたら、それなりに昔の大スクリーンと大観衆の歓声の気配を感じることが出来ました。半世紀以上経ってるんですねえ。

 

名古屋市中区にⅯホールというクラシック専用のコンサートホールがあります。オーナーのMさんは、1948年生れ。一代で日本一のカレーチェーンを築かれた方です。カレーチェーン事業からは勇退され、その後、2007年に私財を投じてこのコンサートホールを設立されました。面白いご縁があって交流するところとなり、会話のなかで僕が調子に乗って「うちの会社のレシピサイトにオーナーご自慢の料理レシピを掲載させて頂戴よ」とお願いしたらトントン拍子に話が進み、レシピ撮影会、兼、試食会をすることになりました。レシピの一つは勿論カレーライスなのですが、肝心のカレーに使うスパイスは「非公開」と。”なんやねん、それ。レシピを書くのに非公開はないやろ。編集者がNGだすで。”と思いつつも楽しく撮影会、試食会をしました。大したもので、お皿に盛り付けるご飯の量を手測りでグラム単位で制御できると。カレーの注ぎ方もさすがにプロの手口。見た目も中身も美味しいカレーを堪能させて頂きました。結局、レシピには「スパイスは非公開!」と堂々と記載して載せることに。編集者の居直りとしか思えない記載です。ご覧になった方は、よろしくご理解下さいますようこの場を借りて改めてお願い申し上げる次第です。Mオーナーはシャレの塊のような楽しい方で、カレー屋からコンサートホールオーナーへの転身を「カレー(華麗)なる転身」と呼んでみたり、「加齢臭はダメだがカレー臭はすばやしい」と言ってみたり、僕よりも2歳年上になるのですが、頭が素晴らしく柔軟で若々しい方であります。お土産にカレーハウスのレトルトカレーも頂いて、物心両面で心豊かになってお開きとなりました。2016年の夏のことです。

 

「野菜いっぱい畑のカレー」というのが僕の気にいっているカレーライスのレシピでした。植松良枝さんという方のレシピ。「野菜をたくさん食べたいなア、と思うときにカレーを作る」というコメント。ご自分で野菜を育ててそれで料理を作ることを実践されてます。2008年から2009年にかけてこのレシピにハマっていました。野菜を沢山食べられる料理がカレーライスであるという考え方が偉く新鮮でした。とにかく野菜をいれる。夏野菜のカレーであれば、ゴーヤー、かぼちゃ、トマト、たまねぎ、ピーマン、オクラ、さやいんげん、なす、ししとうがらし。とにかく沢山の新鮮な野菜。野菜の味を生かすのには出汁で煮るのがポイントとか。ご飯は玄米ご飯を使います。僕の料理メモ帳を見ると最初はこのレシピ通りに作っていましたが、ちょっと慣れてしまうと自分なりのアレンジをしたくなる(要は手を抜くことを覚えてしまう)。何回目かには定番のジャガイモ、ニンジンが中心になっていたり、出汁の代わりに洋風スープの素を入れてみたり、カレー粉の代わりにルーを使ったり。また、クミンシードとかバジルとかを勝手に投入して粋がっていました。ちなみに(ご存知の通り、僕はお酒・ビール、アルコール大好き人間ですが)カレーライスには美味しい冷たいお水が似合うと思っています。

 

Mさんからもらったレトルトカレーをどうやって食べるのがよいのかを思い悩んでいたとき、以前、図書館で読んだ料理の本のなかにヒントになるレシピがあったことを朧げに思い出しました。見つけ出すことが出来るかどうか、挑戦するために同じ図書館に行きました。ビンゴ!。

 

「手間はかけたくない、冷蔵庫の中の残り野菜を早く使いたい・・・カレーは便利だ。玉ねぎ、セロリ、にんにく、しょうが、残り肉を炒める。ニンジン、じゃがいも、ピーマン、ナス、リンゴ、を適当な大きさに切り、さっと炒め、水をひたひたに注ぐ。スープの素を一個いれる。野菜がやわらかくなるまで煮る。缶詰またはレトルトカレーを加える。味は、塩、こしょう、または、カレー粉で補う。さらに、ケチャップ、ウスターソースなどを加える。・・・これで、濃厚・複雑な味の自分だけのカレーが出来る。」「おいしく食べて元気に老いる」吉沢久子、高見澤たか子、大和書房、2001年9月第一刷より抜粋です。

 

 

f:id:hayakira-kururu:20170302130600j:plain

2017年2月23日撮影。久しぶりのカレーライス。「ジャガイモごろごろカレー」。作り方のコンセプトは「おいしく食べて・・・」の通り。レトルトカレーに市販のルーも加えました。クミンシード、バジル、ローズマリーを投入。更に更に・・・後は「非公開」です。確かに濃厚・複雑な味。美味しく出来ましたよ。

 

●もっとカレーに親しくなりたい方へのお薦め参考文献。「インド・カレー伝」、リジー・コリンガム著。400年にわたる異文化の衝突がカレーを生んだ。カレーの成り立ちからインド食文化史。河出書房、2016年3月初版発行。

 

●植松良枝さんの野菜いっぱい畑のカレー「夏野菜と玄米のカレー」は、「食彩浪漫」2008年8月号に掲載されています。

 

●おまけ;「カレーライスの唄」、阿川弘之著。阿川さんは、「アガワとダンフミ」のアガワ=阿川佐和子さんのお父上。1920年生れ、海軍軍人で復員後に志賀直哉に師事し小説家に。代表作に海軍提督三部作がある通り戦争文学を数多く執筆。また、食通・鉄道好きでも有名。この「カレーライスの唄」、原作は1961年(昭和36年)2月から新聞連載されたもの。昨年2016年4月に、ちくま文庫が改めて復刻版・第一刷を発行。本屋さんで偶然に目に留まったので思わず買ってしまいました。文庫で550頁の長編、青春純愛・カレー屋起業奮闘記です。これだけでストーリーが分かってしまうくらいの単純明快な小説ですが、阿川さんの語り口と昭和の良き時代(小説の主人公は、僕よりも10から15歳ほど年上の世代です)が醸し出されており、爽やかに一気に読めました。食通、阿川弘之が何故わざわざカレーライス屋に舞台を設定したのか、時代背景を考えてみるのも面白いカモです。