クルルのおじさん 料理を楽しむ

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肉骨茶

肉骨茶=BAK KUT TEH、「バクテ」と発音します。マレーシア、シンガポールにある中国系の方の庶民の料理です。専ら、朝ご飯、昼ご飯に食べる料理だと思います。夜のメインに出るようなものではない。食べる時は、何人分かを言って注文するとその人数分の大きさの土鍋にスープと具を入れてアツアツにした状態で出してくれます。別途、ご飯を一人ひとりにお椀に入れて出してくれますから、ご飯にスープと具をかけてスプーンとお箸で頂く。平易に言えば、ぶっかけスープご飯です。家庭で作って食べる料理という訳では無いと思います。中国系の方は、そもそも外食が多いですから、外食庶民料理と言ったところでしょう。日本の料理・店のイメージで言えば、お値段感覚も含めて、立ち食いのうどん屋さん・蕎麦屋さんか、はたまた、吉野家の牛丼というところかと(かの地では立ち食いではありません、念のため。また、チェーン店は無いと思います)。

 

初めて食べたのは、マレーシアのジョホール州にあるマサイという小さな街道の町にあるバクテ屋さんでした。出張で訪問した時に、現地に駐在されているグルメの先輩の方に案内して頂きました。ぶっかけスープご飯ですから、見た目は決して上品な料理ではありません。お店の佇まいも決してキレイではない。はっきり言えばキタナイ。僕は生意気盛りでしたから、”何でわざわざ東京から出張で着たモノをこんな店に連れてくるんやろ、他に美味しいレストラン無いのかいな”と訳が分からない状態でありました。

しかし、これが旨い。これは間違いなくこの場所でしか食べることが出来ない味だと納得しました。さすがに舌の肥えたグルメの大先輩。味が大変に洗練されています。薬膳料理のような上品な芳ばしい香がする。沢山の種類の香辛料が使われていると思いますが、鼻・舌に刺激を受けるような香り・味では無い。基本は醤油味です。現地のご飯はどちらかと言えばパサパサのお米ですから、そのご飯にスープを加えて食べると食感が丁度良くなる。文字通り骨付きの豚肉が入っていますが、よく煮込んであるので油分はほぼ落ちているし大変に柔らかい。豚は食べるというよりはスープの出汁用になっていて、野菜、湯葉が入ったスープを頂くという料理です。スープは茶色ですが、この先輩の説明では、お茶を使って煮込んでいる訳では無い。「茶」という漢字には「スープ」という意味があるのでは、という解釈をされていました。

 

昔むかし、中国の方がこちらの方に出稼ぎに来て、大変に貧乏で苦労されていた時に、安く手に入る食材を利用して美味しく栄養のあるものを食べようと工夫した結果、出来上がった料理だとか。ですから、この料理は中国系の方の料理ですが、大陸中国とか台湾には存在していない(はずです)。

二回目に食べたのは、自分自身が駐在になって赴任した初日でした。同じ町の同じバクテ屋さんに行きました。シンガポールからマレーシアには陸路でつながっています。コーズウエイと言います。マレーシア側に入ったところがジョホール州の州都であるジョホール・バル。ここからさらに海岸沿いに車で1時間弱走ったところにパシール・グダンという工業団地があり、僕が勤務することになった会社はこの一角にある食用油の製造工場でした。このバクテ屋さんがあるマサイという町は、ジョホール・バルとパシール・グダンのほぼ中間にある町。出張で初めて行ったときから数年はたっていましたが、同じ場所に同じ店があり繁盛していました。味も昔と変わらず。駐在初日に「マサイのバクテを食べたい」と駐在されている方にお願いした訳ですから、皆さん「ムムッ、こやつ出来る」と驚いたかも知れません。

初めて行った時は、東京からの出張でしたから、暑いながらもスーツにネクタイ姿でしたが、この二回目の時は、ノータイ・半そで・替えズボンという現地のスタイルで気楽に行きました。出来ることであれば、Tシャツ・半ズボン・草履で行くのが最高であると思います。

 

この会社には約4年間勤務しました。最初の数か月は単身。その後は家族が来てくれて一緒に生活をしました。家族として初めての海外生活です。家族には新学期に間に合うように来てもらいました。丁度、長男が中学一年生、長女は小学2年生、次女がピカピカの小学1年生になる時でした。三人ともにシンガポールにある日本人学校に入学。

 

長男の入学式の時のことです。シンガポール日本人学校の中学校では制服が無いというのは理解していましたが、どんな服装で行くのか全くイメージが無く、僕の前任者の奥様に聞いてもらいました。予想通り「日本と違って中学には制服は無いから、自由な格好でよいですよ。」ということだったので、カミさんにその旨伝え、普段通りの恰好で行かせました。赤道直下の暑いところですから、半そでのポロシャツに半ズボン。

海外での新生活ということもあり、入学式にはカミさんと一緒に参加しました。生徒入場。あらまあ、ほとんどの生徒は白いワイシャツに黒い長ズボン。カミさんは予想していた通りと言うような顔をしていましたが、僕が普段通り!と言い張ったのでそれに合わせてくれた結果でありました。入場してくる長男と目が合ってしまいました。「なんで僕はこんな格好しているの、勘弁してよ」みたいなアイコンタクトしてきましたが、図太いのか余り気にしている様子でも無く、堂々としていたので一安心。

日本にいる時、彼が小学生の時には、あまり(ほとんど)学校の行事に参加しておりませんでした。久しぶりに同級生と一緒にいる長男を見て、「おお、結構、身長も高い、なかなかカッコいいじゃないか。それにしても場違いなガキっぽい服装やなあ。あはは、ゴメン。」てな感じでありました。ちなみに相談に乗って頂いた奥さまが説明されたのは「制服はないから入学式らしい服装であれば何の規制もないですよ」という意味でした。ダンナさんがそれを通訳して、そして、先入観を持っている僕が聞くと「気楽な普段通りの服装でよいのだ」ということになってしまったという訳です。

 

 

先日の長男の結婚披露宴の時に、ふと、この時の情景と肉骨茶の味を思い出しました。一人で思い出し笑いをしていたかも知れません。何故、肉骨茶も一緒に思い出したのか、自分でも面白く思います。振り返ればあっという間の25年です。

 

 

この会社での四年間は、仕事の上でも大変に充実した期間でしたが、家族生活でも大変に有意義な期間でした。海外駐在の期間は、概して、家族の絆が強くなると言いますが、僕の場合、日本ではほとんど家にいることが無かったような状態でしたから、特にそうだったと思います。また、我々が現地の生活に落ち着いてからは、それぞれの親も孫の顔を見に遊びに来てくれました。特にカミさんの親父さんは、戦争中に近衛騎兵に所属しており、この地域で重傷を負いました。文字通り九死に一生を得た。右手首に銃弾が貫通して酷くえぐられ、とても生きて日本に帰ることなど考えられなかったそうです。駐在期間中に、親父さんが死線を彷徨った場所を本人と一緒に家族みんなで訪問することが出来ました。これは大変に思い出深いことですので、別途、改めて書きたいと思っています。

  

マレーシアは、ムスリムの国です。最近では、ムスリムと言えばイスラム国のムチャクチャな動きでテロの巣窟のイメージが固まってますが、本来のムスリムの国・人々は大変に穏やかなものです。特にマレーシアがそうかも知れません。マレーシアでは、マレー人が人口の約60%を占めており、このほとんどがムスリムです。中国系マレー人が30%、インド系マレー人が7-8%のはずです。ムスリムではいろいろな戒律があり、食べ物に対しても厳しい制約があります。ハラールと呼ばれるものがそうです。ムスリムの戒律に合致するものはハラール(適合)食品と言われます。厳しい制約対象の一つが豚です。イスラムの方には豚は忌避されています。極端に言えば見るのも嫌だ、触るのもとんでもない、食べることなど考えられない。

バクテは、説明した通りで、豚ベースの料理です。街のあちこちに「肉骨茶」の看板が出ている。マレーの方は漢字は読めないと思いますが、中身は分かっているはず。少数民族(中国系の方)が大きな顔をして、ムスリムで禁じられている料理の店を堂々と営業している。それをメジャーなモスリムの方々が傍らで穏やかに見ている訳ですから、こんな寛大な国民・宗教は無いのではと思います。

 

バクテ料理では、「バクテの素」というのも売られています。バクテ・スープの素といったところです。バクテを好きになった日本の方が帰国の時に買って帰る。日本に戻ってあの味が懐かしくなって「バクテの素」で料理して食べてみる。残念ながら、似て非なるものしか出来ないそうです。これはやはり現地に足を運んで味わうべき料理だから、止む無しだろうと思っていましたら、最近、長男が「東京にデイープなマレー・シンガポール料理店が出来ており、あの現地の味を出していると評判である」と言って来ました。日本・東京で、マレーとは異なる気候・風土・環境の壁を超えて、果たして、あの味を出せているものかしら。やや複雑な心境ですが、やはり一度トライしてみようかと思っています。

 

  

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沖永良部島のユリの花が咲きました。背丈のみヒョロヒョロと高く伸びて、果たして花が咲くのかと心配していました。随分と早咲きです。4月26日、撮影。