クルルのおじさん 料理を楽しむ

知の巨人vs全41巻

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 青山やぶ蕎麦。昔の仲間四人で懐かしいお店に。女将さん、相変わらずにこやかでお元気そうでした。日本酒で気持ちよくほろ酔い気分に。もちろん、だし巻き玉子も頂いて、最後の〆は皆ンな揃って”モリ”を頂きました。2018年9月3日、撮影。

 

 

『7月の豪雨』の後、『かつて経験の無い暑さ』が続きましたが、台風の発生も異常に多い年になりました。遂に非常に強い台風21号が四国・関西に上陸、関西空港が全面閉鎖、タンカーが連絡橋に衝突して数千人の方が空港に閉じ込められる事態に。”こりゃあ大変だ”と思っていたら、今度は北海道で最大震度7地震が発生しました。TVで映される山肌が連続して剥き出しになっている姿を見て啞然としました。お亡くなりになった方々、被災された方々には、心よりお悔みとお見舞いを申し上げます。

 

それにしても、『3・11』から考えても東北、九州、中国・四国、そして今回の関西、北海道と日本全国で自然災害が多発しています。僕の活動の拠点は名古屋と東京・神奈川で、幸いにして今に至るまでは大きな災害は発生していませんが、逆に言えば今まで以上に少なくとも心の準備だけはしておかねばと考えてしまいます。年をとっても「自分の城は自分で守る」という気概だけは風化させないようにしたいものです。

 

 

小林秀雄さんの「考えるヒント」を読みました。 三部構成になっていて、第一部が「考えるヒント」、第二部「四季」、第三部はソ連・ヨーロッパ紀行。1959(昭和34)年から1964(昭和39)にかけて「文藝春秋」等に掲載されたエッセイ・評論を集めたモノです。

 

小林秀雄の名前・書き物に触れたのは高校生になったばかりの時であったかと思います。僕の兄(=三歳年上)が、同じ年に大学生になり友達から借りた本を読んで薦めてくれたモノです。それが「考えるヒント」であったと思うのですが、一冊の本であったか、文春等の雑誌であったのか定かではありません。

当時=昭和40(1965)年ごろになると普通のインテリの方々にも小林秀雄はすっかり有名になっていたようです。背伸びして無理して意地張って読んでみましたが、ほとんど内容を理解出来なかったように思い出します。中身は分からないなりに畳み掛けるような文章のタッチ、テンポが良くて「随分とアタマの回転が速い人なんやろなあ」とだけは感じたように思っているのですが、これも自分がそう思ったのか、兄がそう講釈していたのが自分の記憶になっているのか定かではありません。

 

 

小林秀雄を読み直そうと思ったのは(初めて読むのに等しいですが)、白洲正子さんの影響です。「白洲正子自伝」を読んだ後に「いまなぜ青山二郎なのか」を読みました。あの正子さんが、青山二郎小林秀雄川上徹太郎の付き合いの輪の中に入りたいと願望したそうです。小林秀雄が「俺たちは秀才だが、あいつ(=青山二郎)だけは天才だ」と受け止めている件等々、小林秀雄の生き様も随所に出てくるのですが、それが僕が高校時代に感じた印象とはかけ離れていたように思え、機会があれば秀雄さんの本を読んでみようと思っていました。

 

 

「考えるヒント」の中に「批評」という項が出てきます。秀雄さんは「書きたいものを書いていたら、それが世間で批評と呼ばれるものになった」と。

「自分の仕事の具体例を顧みると、批評文としてよく書かれているモノは、皆他人への讃辞であって、悪口ではないことに気付く」「そこから素直に発言して見ると、批評とは人をほめる特殊な技術だ」。

 

彼は国内外の先達の遺した書物・文章のなかの彼らの天才の部分を深く感じ取り、それを読み解き解説することが自然に出来たのだと思います。そして読書量の多さにも圧倒されます。よくぞこれだけの書き物を読み込んだものだ。

 

それに加えて交流の広さ、深さがお互いを磨いたんでしょうね。メデイア、出版社は小林秀雄=「知の巨人」と宣伝しますが、「知の巨人」が天才と受け止めていた「青山学院」の存在が大きかったことが正子さんの書き物から十分に窺えます。ちなみに青山二郎は1901(明治34)年生まれ、小林秀雄は一歳年下で白洲二郎さんと同じ年。正子さんは1910(明治43)年生まれでした。「考えるヒント」は彼が50代後半から60代前半、所謂、油の乗り切った時のモノだと思います。皆さん、お元気で70歳後半から80歳後半まで、当時の方とすれば大変に長生きされたようです。正子さんは、1998(平成10)年にお亡くなりになりましたから、明治・大正・昭和・平成を生き抜かれたことになります。

 

ついでに僕が白洲正子さんを読むキッカケになった河合隼雄さんは、1928(昭和3)年生れ。彼らよりほぼ四半世紀若い世代です。『感謝、スピリッツを揺さぶってくれる方々に』(2017年12月31日)で登場して頂いた方々は概して僕の年代に近い同時代人ですが、その一世代、二世代上の方々も、結構、スピリッツを揺さぶってくれるものだと今さらながら感心しております。

 

古本屋回りは続いており、隠れ家の机の上には、河合さん、白洲さん、小林さん、遠藤(周作)さんの文庫本がゴロゴロしています。ちょっと傍には、1950年の同じ年生まれ、内田樹さんの本が「俺を読む順番は何時来るんやあ」と睨んでいるように思えます(表紙に樹さんらしいおっさんの似顔絵が書いてあるので)。

 

 

 

相変わらず能天気に「卒業時代」を楽しんでいます。退任の挨拶状を発送して以降、しばらく交流が途絶えていた方々から嬉しいお便りを頂きました。有難いことなので、少なくとも、この半年は何かのお誘いを頂いたら万難を排して参加すること、と固く心に誓いました(カミさんからは、”どうせ自分がお酒を飲みたいからでしょ”、と見透かされているようですが)。という訳で今は専ら旧交を暖めています。数か月から半年くらいで一段落したら、その次は、新しい出会いを見いだせる何かを探したいなあと思っています。

 

 

9月3日は僕の誕生日なのですが、長女のダンナが愛読書をドーンとプレゼントしてくれました。『蒼太の包丁、銀座・板前修業日記』本庄敬・画、末田雄一郎・作、平成15(2003)年9月から週刊漫画サンデーに掲載、平成25(2013)年3月まで連載。これを単行本にしたもので全41巻。読みだすと止まらなくなりますが、勿体ないので、チビリチビリと読んでいます。スラムダンクを二回目に読んだ時は、2泊3日ほどで全巻読みつくしました。これは一か月くらいかけて楽しむことが出来ればと大切に読んでいます。結構、泣けますよ。41巻ですが完結しているというのは良いことだと思います。評判が良いからと言って、ダラダラと連載を続けるものではなかろうと。ついでに、包丁は「庖丁」の方がそれらしくて良かろうと思いますが。いじわる爺さんです。

 

長女の旦那も料理大好き人間です。僕よりも数段上の本格派。僕が「追い回し」であれば彼は「焼き方」以上かな。彼が事も無げに作った角煮のレシピを口述してもらい記録してあります。以前、僕も何度か作ってみたのですが、その都度、固くなってしまい、まだ満足できるモノになっていません。そのうちにトロトロの角煮を作ってみたいものです。蒼太クンは角煮はつくらないだろうなあ。

 

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 画面が横になったままでスミマセン。何度か角度を変える技を使えたのですが、これはウマく出来なかったです。2018年9月6日、撮影。