クルルのおじさん 料理を楽しむ

ちょいと良い話、その2.

神奈川県大和市諏訪神社。カミさんの案内で今年の初詣に行きました。家から歩いて30分ほどの処にあります。由緒のある立派な神社ですが、恥ずかしながら今まで知りませんでした。近くにこんな落ち着いた神社があったことに驚きです。今年は地元を再訪しようかなあ、と思いました。2019年1月15日、二回目の訪問時に撮影。

 

 

1月中旬、予定通り新幹線「ぶらっとこだま」で神奈川に移動しました。こだま号も意外に混んでいるもんです。二人掛け席のお隣にお客さんがいて、やや窮屈な感じ。幸い、しばらくしたら途中の駅で下車してくれました。その後は誰も席に来ず。ゆったりと寛いで二席分を専有、「ホモ・デウス」に集中しました。名古屋から新横浜まで2時間半の旅。僕が集中して読書出来るのは一時間ほどですから、休憩を挟んでちょうど二回のインターバルを消化出来ることになります。オモロイ本を読んでいる時はあっという間に時間が経過してくれます。

 

 

新横浜からはJR横浜線に乗り換えます。15分程度の乗車時間ですが、続きを読みたいので、キャリーバッグの上に手さげカバンを乗せたものを片手で持って、もう片方で本を開いたまま。普段、移動の際は荷物は一つだけなのですが、この日はゴルフの衣類と若干のお土産がありキャリーバッグを使っていました。

幸いに横浜線はそれ程混雑はしていない。入口付近に立ち留まらず奥の方に。先に乗り込んだオニイチャンが空いている席に座ったので、その前に立って「ホモ・デウス」を開きました。読書を再開しようとした時、座ったばかりのオニイチャンが立ち上がり「どうぞ、お座りください」。

席を譲られる経験はほとんど無いので、多分、僕は怪訝な顔をしたのでしょう。睨んだわけでは無いと思いますが「なんやお前、俺はそんな年寄りやないで」てな顔をしていたのかと思います。咄嗟の事に素直な反応が出来ない1950年生まれのダメなところです。それでも、そのオニイチャンは大変に良く出来た方なのでしょう、嫌な顔一つすることなく、丁寧に「荷物が多いから大変だと思います。是非、お座りください」と僕の心の内を見透かしたが如く、配慮ある、説得力のあるコメントをして座席を譲ってくれました。今度は素直に”これは一本取られた。完敗”と受け止めて席に就かせて頂きました。お陰さまで「ホモ・デウス」も更に読み進むことが出来ました。

下車する時、まだ、近くに乗っていらっしゃったので、一言「ありがとう。助かりました」と声を掛けました。一瞬、驚いた様子でしたが、それでも「どういたしました。お気をつけて行ってください」とまたまた丁寧な挨拶を返してくれました。立場が逆であれば、僕はせいぜい「いえいえ、どうもどうも」とか、「どういたしまして」程度のボケっとした反応しか出来ていないであろうに。

年齢不詳の風貌。二十歳前後のような?でも、もう少し年はとっているのかも知れません。学生さんか社会人かも分かりません。センスの良いカジュアルな格好をしていました。とにかく、気持ちの良い真摯な対応と受け答えに痛く感心しました。久しぶりにホンワカと良い気持ちになって家に帰りました。 

 

 

もう一件。

翌日は、高校の同期会に参加しました。何度も書いている通り僕の高校は大阪のど真ん中にありますが、今回は、東京・神奈川在住の卒業生の集まりです。大阪からわざわざこの為に出てきている方もおられました。

地下鉄に乗って会場に。引き続き「ホモ・デウス」を離さず。立って読んでおりました。前の席には、西洋人のユダヤ系とも思えるオニイチャンが座っていました。「ホモ・デウス」の著者=ユヴァル・ノア・ハラリさんはイスラエル人です。本の表紙の裏には写真が載っています。TV番組で表情も声も馴染みになっています。この時点では、すでに上巻の半分以上は読んでおりました。相変わらずの鋭い切り口、圧倒的な知識量・情報量、それを基にした物語の展開力・描写力にワクワクしている時ですから、それらしき人を見ると全てハラリさんに見えてしまいます。

頁を繰るときに栞を落としてしまいました。ヒラリひらひらとハラリさんの顔を掠めて足元の床に着地。地下鉄はやや混んでおり、しゃがんで拾い上げるのは回りの方に迷惑になるかとそのままにしていました。床に落ちた栞、ほとんどゴミのようなものです。その時に、何とハラリさんが丁寧に拾い上げてくれました。爽やかな笑顔、流ちょうな日本語で「落ちましたね、ハイどうぞ」と返してくれました。思わず、こちらも、ニコっとして「ありがとうね」。何の衒いもない素直な目が印象的でした。お陰様で、その夜の同期会も楽しく過ごすことが出来ました。

 

自然体で親切にして頂くと大変に気持ちが良くなるものですね。”日本はやっぱ良い国やなあ”と思いつつ、最初に『ちょいと良い話』を書いたのを振り返ってみると、2016年10月16日のブログで紹介していました。まだ、ブログを書き始めてから余り時間が経っていない頃のことです。”おいおい、それ以降は「ちょいと良い話」は無かったのかよお”とも思いましたが、”いやいや、記載するタイミングが無かったからだ”と自分を納得させました。

 

 

「ホモ・デウス」上・下巻ともに、数日後、今度は新横浜から名古屋に向かう「ぶらっとこだま」で読了しました。ハラリさんの未来の考察は大変にショッキングな内容ですが、これは「予言ではなく可能性として捉えるべき」だとのご本人の言葉です。「現在の選択肢を考察」することで「私たちの選択が変わり、その結果、予測が外れたなら考察した甲斐があったというものだ」との観点から執筆されているとのことです。ご自分のモノの見方、考え方を分かりやすく読者に伝えようと努力されているのが、よく理解出来て好感を持ちます。

 

最近、読書する時には、オモロイと思う箇所には鉛筆で線を引いて読んでいますが、上・下巻ともに、結果的にはほぼ毎頁に沢山の線が引かれておりました。今の心境は、久しぶりに中身がむっちゃ濃い本を読み終えてお腹がいっぱいになった状態です。しばらくは余韻を楽しんで、この本の内容の消化に励むのがよさそうな、そんな気分に浸っております。当分は重たい本は遠慮して、肩の凝らない大好きな料理・食べ物の本を読んでのんびりしようかと。

  

 

親切な行い!、たまには『ちょいと良い話』に遭遇してホンワカと気持ちが良くなるような人と人に繋がり。ハラリさんの考察するバイオテクノロジーとコンピュータアルゴリズムの行きつく可能性の世界ではこういう気持ち、感情というのは一体どうなっているのでしょうねえ。ハラリさんも今の子供たちが大きくなった時のことをイロイロと心配してましたが、僕も改めてアレヤコレヤ考えさせられています。

一方で、相変わらず電車の中でスマホをいじくっている人の何と多いこと。座っている人の8-9割、立っている人でも半分以上でしょうね。すでに慣れっこの風景とは言え、ハラリさんの本を読んだ後では、尚更、気持ち良くない。僕は意地でも本を読み続くてやるぞ、と思っています。

 

 

前回の『ちょいと良い話』、2016年のことなのですが、フランス人形のような女の子はもう大きくなってるだろうなあ。そう言えば、最近、パン屋さんには行っていない。明日、時間があれば行ってみようかと思います。

『ホモ・デウス』は自分の中でうまく消化出来れば、改めて、紹介したいと思っています。それにしてもハラリさん。歴史学者として、過去から現在、そして未来に対する考察までやってしまって、これから後、世に問うテーマは一体何が残されているのでしょうか。楽しみでありますが、もし、著述される時には、読むのが怖いような気もしてしまいます。

 

 

同じく大和市の深見城跡。遊歩道としては余り整備されてはいませんが、その分、この辺り一帯はまだ自然が残っています。このお城の北東方面は境川からの急な斜面に遮られて天然の要塞であった由。近くに東名高速道路が走っているのが信じられないほどの静けさ。家から大周りすると往復で1.5から2時間歩くことになります。

 

 

おまけ; 隠れ家にて一人料理。家に置いてあった「オレンジページ」を参考にして。メインは白菜なのです。白菜を細切りにして塩に漬ける。牛肉と一緒にオイスターソース・タレで20分ほど煮てトロトロ状態に。その後、細く切ったピーマン、人参を加えて更に数分煮たら出来上がり。現物はもう少し赤と緑がキレイだったのに!、残念。ヌル燗の酒にも合います。2019年1月18日、料理と撮影。