クルルのおじさん 料理を楽しむ

「俳句」のお話

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名古屋市東山動植物園の正面玄関。日曜日の昼過ぎなのに入場者はやはり少な目です。園内の屋内施設は閉鎖されているところが多い様です。ここまで隠れ家から桃源寺、おちょぼ稲荷を経由(大回り)して45分程度のウオーキングです。ここから動物園周辺の東山公園1万歩コースに挑戦しました。2020年3月15日、撮影。

 

 

今年に入り俳句に再度、挑戦中です。小さなノートを買ってきて作った句を書き残すようにしています。それから、NHK俳句という月刊誌を1月号から買って読むようにしました。同時に番組を録画して見ています。日経新聞の俳壇の欄を切り取ってメモしたり。はたまた、本棚にある(昔買った俳句の)本を読み返したり、本屋さん巡りして面白そうな本を新しく物色したりしています。このところ、幸か不幸か家で一人でいる時間をたくさん確保出来るようになっていますので、読書量も一気に増えました。

 

 

今のテーマの一つは、俳句作りそのものとは別に、どうすれば俳句作りを楽しむことを持続させることが出来るか?。我ながら変なテーマだと思うのですが、考えてみると、今までにも何回か俳句に興味を持ったことがあったのですが、その都度、継続することが出来ず、中途半端に終わってしまったことの繰り返しです。淡白というのか、飽きっぽいだけなのか、エエ加減な性格のせいなのか。

 

 

旅行で初めての景色を楽しんだ時とか、何かの出来事に感激した時、はたまた、日常生活の中で季節を感じて新鮮な気持ちになった時に、その感動、感激を残しておきたい、感じたことを素直に句に書き留めておければ楽しいなあ、と極めて単純な気持ちで俳句を作ってみたいと思うのですが、いつも尻切れトンボで終わっています。感動する気持ちが持続すること自体が難しいようにも思いますし、句になるような感動を探そうとすることにも疲れてしまう。自分の感動発掘能力の低さ加減が嫌になってしまう、ということでしょうか。

 

気持ちの盛り上がりがピークアウトした後で考えると”そりゃそうだろう、自分の身の回りに感動・感激がゴロゴロしている訳が無い。毎日、句を作り続ける気分に欠けることになるんやから継続出来ないほうが当たり前や”と自分を慰めておりました。

 

 

NHK俳句の3月号に面白い記事がありました。何回目かの目から鱗かも。「お悩み相談室」。この種の雑誌によく有る、読者からの相談・質問・悩みに先生が答えている欄です。回答者は岸本尚樹さん。2018年度のこの番組の選者の方。質問は「俳句を毎日作りたいが、感動の無い毎日です」。まさに僕の尻切れトンボの気持ちそのもの!。

先生の回答は「俳句は感動の結果ではなく、俳句を詠んだ結果、感動するもの。---感動のない毎日だからこそ、感動するために俳句を作る。---感動とは別なところで俳句で遊ぶことを面白がる。---句にしてみたら面白かった、そういうものを毎日探すことを私は心掛けています」とのことでした。

 

 

理屈っぽいですが根が単純な僕は、この回答に痛く感激「そうそう、そうなんや。これ僕の思っているテーマの答えですわ、ありがとさん」。と思った時に、”昔、同じような気持ちになったことがあったなあ、ブログにも書いたことがあったはずや”ということを思い出しました。  

 

 

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もう三年も前の記事ですが、小川軽舟さんの『俳句と暮らす』を読んだことを記事にしたものですが、いま読み返しても結構まともなことを書いていたように思います。その時々の気持ちを書き残しておく、というのは大切ですね。ブログを継続していてよかったなあ、と思いました。

僕の俳句のテーマは「平凡な日常を俳句で遊ぶ」ということにしようと思っています。

 

 

一人で俳句を作り続けるというのも味気ないので、どうするのがいいのかしらと思いつつ、新しく見つけた本を読みました。「俳句、はじめました」、岸本葉子さん、角川学芸出版、平成22年(2010年)1月初版、同年3月再版発行。著者は1961年生まれのエッセイストで、ご自身が俳句を始められてから、句会に入り吟行に参加して席題にも挑戦、まさに俳句を楽しみながら研鑽を積まれていく様子が生き生き楽しく描かれています。なるほど、こういう続け方が正統派の道なのかとよく理解出来ましたが、逆に「これはアカン、僕にはとんでもなくハードルが高すぎる。その場でそして限られた時間内に何句も作るなんてことはマズ無理や。これは心臓に悪い。」と思ってしまいました。

 

 

句会への参加が難しいと感じてしまう時、それでは他にどんな方法があるのかしら?。NHK俳句の放送を見ている時に、はたと思い当たりました。”そうか「投句」すればよい。これは良い方法だ。自分の自由なタイミングで一方的に提出すれば良いのだから、自分勝手な性格にも合致するやり方だ”と思い当たりました。

調べてみましたら、NHK俳句はパソコンから投稿できることが分かりました。4人の選者の先生の兼題に対して一回に一句しか投稿出来ませんが、平均すれば週に一句を投稿することが出来る。

日経俳壇は週に一回の掲載。葉書一枚に三句まで書いて投稿することが出来ます。兼題は特にない様子。選者はお二人なので最大一週間に6句までを投稿することが出来ることになります。

 

 

気合が充実している時にやろう、”考えこめば出る時は無し”。早速、NHK俳句に二句、日経俳壇に二句、投稿しました。 

その後、NHK俳句の放送を見ていたら、進行役の女性の一人が、先ほどの「俳句、はじめました」の著者、岸本葉子さんであることに気がつきました。さらに、先程の「相談室」の窓口役にも登場されていました。面白い繋がりです。「俳句、大好きの岸本葉子です」とにこやかに挨拶されていました。やはり楽しんで続けることが一番ですね。

 

 

本屋巡りして見つけた別な本です。『この一句---108人の俳人たち』、著者は下重暁子さん。大和書房、初出2013年3月、文庫版2016年12月第一刷発行。下重さんは、以前、このブログで記載したことがありますが、僕の高校の先輩です。

 

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下重さんはエッセイ、評論、小説等々、分筆活動でご活躍されていることは重々承知しておりましたが、俳句にも造詣が深いことは知りませんでした。この本は、江戸・明治・大正・昭和から、戦中・戦後、そして現代に亘る108人の俳人たちの俳句を彼女の感性で選んだもの。現代俳句の章には金子兜太さんの句も収められていました。筆者コメント欄に、「兜太さんが後輩の指導にも熱心であったこと、そして『各界俳人三百句(金子兜太編)』に自分の句が三句とりあげられたことがどんなに嬉しかったことか」と抑えめながらも情熱的に記載されているのが印象に残りました。

 

 

今、金子兜太さんと稲畑汀子さんの本を読んでいます。

●「自分の俳句をこう作っている」、金子兜太著。講談社α文庫、初出は1997年12月、2001年7月第一刷。

●「俳句入門‐‐初級から中級へ」、稲畑汀子著。PHP新書、1998年7月第一刷、2001年5月第四刷。

 

金子兜太さんは1919年の生まれ。前衛俳句運動を主導、現代俳句協会会長を務めた方。2018年に逝去されました。2月20日が命日です。 一方の稲畑汀子さんは1931年生まれ、ご存じ高浜虚子のお孫さん。日本伝統俳句協会の会長さん。

俳句が「有季定型」と言われていることに対しての、ご両者の考え方が拝見できて面白いです。また、別な機会に書いてみたいと思います。

 

 果たして、今回は、俳句を作り続けることが出来るかな。僕の俳句ノートのタイトルは「続くかな?」としております。前回のブログからチト間隔が空きました。コロナで連日、大騒ぎが続いていますが過度に委縮しないで生活を楽しみたいと思っています。皆さま、くれぐれもご自愛くださいます様に。

 

 

おまけです。まずは桃源寺です。  

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名古屋市千種区にある桃源寺。地下鉄本山の交差点から名古屋大学方面に向かい表通りからチョット入った処にあります。それほど広くない境内ですが、こんな大仏像があります。仏像が10m、台座が5m。名古屋大仏と言われるそうです。意外と地元の方も御存じの無いスポットかも。この色彩はインパクトがあります。台座の象さん、お坊さんも特色があるかと。この辺りは高低差が激しい場所なので、周辺の建物(マンション等)があまり気にならないアングルで写真を撮ることが出来ます。桃源寺は、織田信秀の菩提を弔うために信行が建てたお寺とか。信秀は信長のお父さんですから、今年の大河ドラマでそのうちにこのお寺が紹介されるかも知れません。隠れ家からのんびり歩きで25分弱の処です。2020年3月15日、撮影。

●2020年3月22日、追記。お寺の名前を間違えていました。正しくは、桃巌寺、です。それから、このお寺は大仏も有名なのですが、「眠り弁天」というお宝がもっと有名のようです。一見(一触?)の価値ありの様です。chaさんからご指摘を頂きました。


続いて、おちょぼ神社(名古屋支所)です。
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 有名な木曽三川の「おちょぼ稲荷」=千代保稲荷神社の名古屋支所です。先ほどの桃源寺から名古屋大学方面に向かい大通りを左折した辺りにあります。 支所ですが、立派な佇まい。初午の時には、会社の皆さんと一緒に参拝に来ました。隠れ家からのんびり歩きで35分程度のところ。2020年3月15日、撮影。