クルルのおじさん 料理を楽しむ

コキとなりブログは開始5年目に

 

 ブログ開始してから5年目に入りました。二年目の時には、「誕生日ベースで『足掛け三年』になりました」なんて能天気な記事を書いて一人で喜んでいたことを思い出します。懐かしくもあり、かなり恥ずかしい気がしますが、改めて、自分が書いたものを残しておくことが出来て、それを気が向いた時に気楽に読み返すことが出来る、というのは面白い仕組みだと感心しています。場を提供してくれている「はてなブログ」さん、それから、一番最初に初期設定を全てやってくれたエキプロさん、および、ご子息(ご長男)に感謝です。

 

 

kururupapa.hatenadiary.jp

 

『足掛け三年』の意味は、ブログに最初の記事を掲載したのが2016年9月2日で、僕の誕生日が9月3日、この『足掛け三年』の記事は2017年9月7日だから、というだけのことなのですが(詳細は、上の記事をご参照下さい)、誕生日にからむ日に開始したというのが大変に面白く感じています。今となっては、わざと誕生日の前日に掲載を開始したものやら、偶然だったのか定かではなくなっています。自分の記憶がホントにいい加減なものになってきていると実感します。

  

 

昨年の記事を読み返すと、(昨年の)誕生日前後には、家族内で”古稀のお祝いはどうするか、何時やるものか?でイロイロと盛り上がっていたのを思い出します。”数え年でやるのが本来のやり方である”とか”今の時代は、全て、満年齢でやるのが分かり易い”とか、いろいろな意見が飛び交いましたが、カミさんの一言で”満年齢でやりましょう”ということになったことでした。

 

 

コロナ禍での生活がずっと続いているからなのでしょう。8月末には、神奈川の留守宅に帰ってのんびりゴロゴロしておったのですが、”家族集まって会食しよう”とか”近場でよいから家族揃ってお泊りに行こう”とかの発想は全く頭の片隅にも浮かんできませんでした。コロナ禍での日常生活に慣れ過ぎてしまったのか、コロナに洗脳されてしまったのか、怖いような気がします。

 

 

誕生日の朝、子供たちからラインでメッセージを頂戴しました。また、孫の動画も沢山、添付してくれました。みんな、それぞれ元気に踊ってくれたり、大きな声で「xxxさん、お誕生日、おめでとう!」と言ってくれたり(うちの家では相変わらず、孫達からは”おじいちゃん”、”おばあちゃん”とは呼ばないで、それぞれファーストネームで呼んでもらっています)。カミさんと二人だけの誕生日でしたが、それこそ”リモート”でお祝いをしてもらって大変に嬉しかったです。

 

 

『おばあちゃんとは呼ばせない』、これも懐かしい記事です。

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来年は、のんびり気楽に安心して家族旅行に行ける状態に戻っていることでしょうかね。この状態が続くと、ホントに今の変則的な生活のパターンが体に染みついてしまうかもしれませんね。新しい日常、というものをもっと真剣に考えなきゃあまずいのかしら、と改めて感じました。

 

 

新くんの誕生日は9月1日。僕と二日違いということもあり、8月29日に留守宅でのんびりしていたら、居酒屋ヒデさんから「ちょっと(誕生日には)前ですが、プレ誕生会はいかがですか」とお誘いを頂きました。カミさんと二人で新くんの誕生日プレゼントを見繕って居酒屋ヒデさんマンションに。

 

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この日の居酒屋ヒデさんのお料理です。左から、トマトのニンニクたれ和え、アボガドとクリームチーズのワサビ醤油和え、長いお皿は、カツオのニンニク生姜醤油漬けと鯛の昆布締め、丸いお皿が鶏モモ酒蒸し・ネギと水菜添え、生ハムの胡椒とオリーブオイル和え、焼きナス・花椒たれ。ビール、白ワイン、麦焼酎の炭酸割で頂きました。2020年8月29日、撮影。

 

この日には、子供達から誕生日のお祝いということで、長女が代表して、僕の大好きな日本酒を準備してプレゼントしてくれました(実際は、ヒデさんが見繕ってくれた様子)。また、「メインの贈り物は名古屋の隠れ家の方に配達されるように手配した」と嬉しいことを言ってくれました。
 

 

 

 隠れ家に戻った日の夜に、子供達からの誕生日祝いを受け取りました。

バーミキュラ鍋」。

”素材本来の味を引き出す、無水調理が可能、メードインジャパンの圧倒的な技術力!”。名古屋市に本社がある愛知ドビーという会社が開発した「目指したのは世界一、素材本来の味を引き出す鍋」(以上、添付の説明書、会社のHPからの抜粋)です。メードインジャパンどころかメードインナゴヤや!。それだけでも愛着が湧きました。これも、料理が得意なヒデさんが見繕って手配してくれた由です。みんなに感謝、感謝です。

 

 

隠れ家で早速に鍋を使いました。説明書に書いてあるレシピを順番に。 

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右;第一作、無水カレー。中;第二作、ミネストローネ。左;第三作、ポトフ。

 

第一作の無水カレーは水分が出る野菜をあまり加えなかったからか、かなり、コテコテになってしまいました。ワインか水を加えればよかったか、説明書にある通り「弱火」をもっと徹底すればよかったかと反省です。それでも味は美味しかったです。第二作、第三作は大成功。野菜がホントに美味しい。たまたま名古屋に来ていた長男にカレーの残りとミネストローネを強制試食してもらいました。「美味しい!」と絶賛して喜んで食べてくれました(そりゃ、そう言うだろうよ)。2020年9月3、4、6日、料理と撮影。無水カレーは必ずリベンジしたいと思っています。

 

 

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バーミキュラ鍋です。蓋に名前が刻印されているのです。名前フルスペル、ピリオド、苗字イニシャル、そして「70」と。記念の品です。2020年9月6日、撮影。

キャッチコピーに「使えば料理が楽しくなる」と記載されていますが、まさにその通り。これで、隠れ家の台所には、中華鍋「戦艦大和」、「有次の庖丁」、に加え「バーミキュラ鍋」が揃いました。腕を磨いて使いこなしたい。

 

ちなみに、「バーミキュラ」という名前は、鋳物の特殊材質である「コンパクテッド・バーミキュラ」に由来するそうです。このバーミキュラ鋳鉄は、熱伝導に優れて、かつ強度も高い、鋳物鍋にとって最高の材質とか。この材質が製品開発成功のキーポイントであったことから「バーミキュラ」と名付けたと(これも添付の説明書から)。 

 

前々回、記載した通り、長男は来年4月から名古屋に来ることになっていますが、それまでには、この新兵器を使いこなしてコユちゃんに僕の自慢の料理を食べさせたいものです。

 

 

古稀の一句です。

 

    古稀となりバーミキュラ鍋葉月かな   孔瑠々

 

 

今回の長男の名古屋訪問は、来年4月のコユちゃんの幼稚園・保育園の説明会に参加するため。台風10号が接近しつつあるので、もともと日帰りの予定を前日の夜に来て隠れ家に一泊(当日に新幹線が遅れると大変だから)。翌日に説明会に参加した後(二人で名古屋の駅で昼食をとりましたが)長男は急いで東京に帰っていきました。

 

 

その日の夜、僕はピアノのレッスンです。今の先生にはこの4月からレッスンをして頂いています。以前の先生(最初の先生)がレッスンの引継ぎを頼んでくれて、引き受けて頂き教えてもらっています。ご自宅でピアノ演奏会を続けられています。以前の先生の縁で僕も何度かはこのピアノ演奏会(ピアノサロン・心音といいます)を聴きに伺ったりしていたので、よく存じていたのですが、ピアノ会で演奏を気楽に聴く立場と生徒としてレッスンを受ける立場では大違い。もともとピアノに対する真剣度が高く、妥協を許さないようなスタイルであろうことは感じておりましたが、実際にレッスンを受けてみると、予想以上に熱血レッスンでした。レッスンは一時間なのですが、気が着いたら2時間近くやっていたということもザラにあります。有難い限りです。

 

 

開示するのは恥ずかしいのですが、今、僕はアンドレ・ギャニオンの「めぐり逢い」を練習しています。僕の稚拙なレベルでは、譜面の音符の通りに左右両方の指でチャンと鍵盤を弾くことが出来るかどうかに全精力のほぼ100%の注意が必要なのです。抑揚を付けたり、強弱・メリハリを付けたり、作曲者の想いを汲み取って表現するなんぞ、至難の業。先生が弾くと僕の音では音が違う、同じ曲でも似て非なるものに聴こえる。ああ、これは感性の乏しさか、センスのなさか、と落ち込むときが多々ありますが、そこはそれ、ストレスを楽しく出来る楽観的な性格が幸いし、かつ、先生の旦那さんを味方につけて、楽しくレッスンを続けさせて頂いております。

 

 

はい、楽しくレッスンを続けられている一つの大きな要因が旦那サンの存在です。この日、レッスンのあと部屋の気配をサロンに変え、僕の誕生日祝いをしてくれました(定例のピアノ演奏会の時にも、最終回の終了後の打ち上げ時には、ワイン・お茶で歓談する時間を大切にされています)。そして、この旦那サンは独力でピアノを練習中。いつぞやの”漁師のおじさんがフジコフェミングを弾く”状況と似ているかも知れません。奥さんはピアノの先生で演奏家。旦那サンご本人は全くの初心者、そして、あまり奥さん先生の指導を素直に受けないタイプ(漁師さんではありません、念のため)。旦那サンは今、毎日、ビートルズの「イエスタデイ」に挑戦中で、時間の許す時には、続けて2-3時間以上、平気で集中して練習するそうですから、僕よりも数段上のレベルですね。

 

この日も、ビールとワインを頂きながら、奥さま(もうこの時は先生から奥さまに変身しています)が料理を出すために席を外している時に、奥さま先生の熱血指導振りを話題に(酒のつまみに)。”ピアノを教える時には人格が変わったようになっていると思う”と、お互いの共通認識です。そして、”レベルの高いこと、難しいことを平気で要求する”。僕が奥さま先生の指導についていけないことを溢すと”お互いセンスが無いのかなあ”と慰めあったり。生徒の僕をホッとさせてくれる優しい存在です。

 

 

おまけの古稀の句です。

 

     古稀となりピアノが響く九月かな   孔瑠々

 

 

台風10号が、9月6日から7日に沖縄、奄美、九州に猛威を振るいました。名古屋でも、7日の未明・早朝から激しい風雨、出勤時は一旦収まり、曇りから晴れ間が見える程でしたが、途中で再度、激しい雨になりました。空を見上げると、晴れているところ、曇っているところ、多分、豪雨であろうところがはっきり区分して見て取れます。お昼に珍しく外出しましたが、車のワイパーが機能しなくなるのではと心配するほどの豪雨。昔、マレーシア・シンガポール時代のスコールを思い出しました。雨の境目、境界が目で分かる景色でした。日本も間違いなく亜熱帯・熱帯化していると実感します。お天気が不安定化しているのも「新しい日常」と考えて対応しないとダメなようです。

 

 

皆さま方くれぐれもご自愛くださいます様に。 今回は「バーミキュラ鍋」とピアノレッスンのお話でした。このブログもまだ当分は続けていきたいと考えております。引き続き、よろしくお付き合い下さいませ。