クルルのおじさん 料理を楽しむ

新年、のんびりと

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2022年、最初に読んだ一冊です。「ハーベン」。副題にある通り「ハーバード大学法科大学院初の盲ろう女子学生の物語」です。ハーベン・ギルマ著。斎藤愛/マギー・ケント・ウオン訳。明石書店、2021年5月初版、2021年9月第2刷。2022年1月3日、神奈川の自宅で撮影。

 

ちょっと遅くなりましたが新年のご挨拶です。2022年、新年を無事に迎えることが出来ました。本年が素晴らしい年になりますようにお祈りしております。今年も宜しくお付き合いのほどお願いします。

 

年末から神奈川の自宅でのんびり過ごしています。ここに来てオミクロン株で感染が再度、急拡大していることを除けば概して平穏なお正月のように感じます。年末にパラパラと読んでいた阿川弘之さんの本に「(嗅覚に加えて)最近、聴覚の方もずいぶん怪しくなって来た」という件があって、その例として「スニーカー」が「墨烏賊スミイカ)」に聞こえたとか、「世の中」が「最中(もなか)」、「汚職事件」が「お食事券」、「まだ九時前じゃない」が「また栗饅頭」、「エドワード・ケネディ」が「江戸川の鰻」等々、面白い聞き間違いの話が書いてありました。この話のオチは「全部食べることへの聞き間違いだ」という事で、それでは老人の味覚について書き残してみてはいかがと薦められてこの本(雑誌への随筆の連載)が具体化したということでした。本のタイトルは「食味風々録」。やはりプロの方の随筆は面白いと思いました。

 

僕も聞き間違いが多くなってきていると感じる時があります。最近、気になったのは(ブラックユーモア的でお正月には余りよろしくないのですが)、コロナのPCR検査について「希望すれば受けられる」というテレビのアナウンサーの言葉が「死亡すれば受けられる」と聞こえてしまいました。恐い、怖い。

 

晦日は毎年恒例のNHK紅白歌合戦をテレビで楽しみました。ここ数年はずっと最初から最後までカミさんと二人で年越し蕎麦を食べてお酒を頂きながら見ています。出演者は若い世代の方がずいぶんと増えているように思います。歌唱力のある方、表現力の素晴らしい方がたくさん登場されて(特に女性の方)初めて聞く歌もけっこう多いですが、大変に楽しく拝聴しました。

ふと「紅組」「白組」という分け方に”はてな?”と感じました。女性・女の子が「紅組」、男性・男の子が「白組」ですが、今どきこの分け方は妥当なモノなのかしら。NHKは普段からマイノリティーの方に対して(意図的に、積極的に)差別しない態度で番組を作成していると感じているだけに意外な感じがしてしまいました。

もう一つ気付いたことがありました。「第72回!、紅白歌合戦」。おおっ、2021年で第72回という事は”数え”で数えている訳だから、僕の歳と同じではないかと。前回も記載しましたが僕は「五黄の寅」、今年で満72歳ですから、僕が生まれた年からスタートした番組であったのだと思った訳です。今どき「紅白」の区分は適切ではなかろうが、歴史と伝統のある番組だから番組名称をいじくるのは難しいのであろうと思いました。

ところが「紅白」は1951年が第一回目という話です。”ええっ、計算が合わないやんか。1951年が一回目であれば2021年は71回目でしょうに”。年をとると益々ヘンな処に拘りを感じてしまいます。話がドンドンと横道に逸れることになります。

そもそも当初は正月番組であったそうです。ググって調べてみました。NHK紅白歌合戦、第一回は1951年の正月。ラジオ番組でした。その後、1953年の正月までは同様にラジオで放送。大変な人気番組であった由。この年の二月にNHK総合テレビが開局しました。ラジオの人気番組である「紅白」を年末の大晦日のテレビ番組に持ってきたという訳です。計算が合わなかったのは1953年に正月のラジオと大晦日のテレビと二回放送があったから。1953年12月31日が第四回目の「紅白」。それ以降、大晦日の国民的番組となり今日に至っている由です。一年遅生まれなのに追いつかれたような気分ですね(関係ないか)。

肝心の「紅白」という言い方ですが、この言葉はそもそも男女の区分をするものではないようです。源平の合戦の時に源氏が白旗、平氏赤旗を付けたことが起源とか。二組分かれて行う対抗戦に使われます。また、めでたい・縁起が良い・ハレの舞台であることを示すものに使われています。紅白の垂れ幕、紅白に分かれての玉入れ・騎馬戦とか懐かしいですね。紅白饅頭は余り目にしなくなっているかな。

来年はNHKレインボー歌合戦になるかと一瞬思ったのですが、本来の「紅白」の意味に戻って考えると自然だなあと思い直しました(男と女で分ける必要はないですよね)。

 

「ハーベン」は楽しい面白い本でした。原書のタイトルは「Haben---the deafblind woman who conquered Harvard Law」。筆者が7歳の時から現在に至る生き様を書き綴ったもの。ハーベンさんは障害者権利擁護の活動をしている弁護士で、2016年には起業して障害者権利のコンサルやサービス提供の会社を経営している方ですが、決して立身出世の成功物語ではなくお涙頂戴の自叙伝でもありません(読みながら涙が出そうになる場面はありましたが)。読者に「障壁を取り除く行動を起こそう」「多様性を受け入れる柔軟な社会へ変えていこう」という気持ちを思い起こさせる本でした。ユーモアとエネルギーに溢れている方ですね。

「エイブリズム(ableism)」という言葉が出てきます。能力主義、健常者主義、非障害者優先主義と訳されています。ハーベンさんの思いは「このエイブリズムを取り除く。障害者に対する偏見、思い込みをなくす」ということに尽きるのでしょう。障害者に対して「かわいそう」と憐みを持った対応や、障害者の活動をみて「自分も触発される」と遜った反応を示すこともエイブリズム。「エイブリズム主義者は自分の行動がエイブリズムだとは気づかない。自分達の『善行』が褒め称えられることをすまして待っている」と指摘されていました。

 

「盲目とは単に視覚がないということ。それ以上でもそれ以下でもない」と書かれていました。潔いですねえ。

 

ググっていたら参考になりそうな記載を見つけました。2017年にカリフォルニア大学バークレイ校で行われた「アカデミズムにおけるエイブルイムズ」のシンポジウムの記事。同校の客員研究員の森壮也さんのまとめから抜粋です。

エイブルイズム(ableism)とは非障害者優先主義を意味する」

「障害学では、障害者が抱えている問題は障害者自身の個人的な機能不全によるものではなく、むしろ、社会環境がそうした機能不全に対応できない非障害者の基準を前提に作られていることが問題であるというスタンスをとる。つまり、障害問題は社会問題なのだという考え方である(したがって、経済発展段階、つまり社会環境の状況が障害にも大きく影響し、それは開発途上国の障害者の問題が開発問題でもあることを示している)」

「エイブリズム」「エイブルイムズ」、両方の記載がありました。そのままにしておきます。

 

「ハーベン」も「食味風々録」も例によって名古屋市千種図書館で年末に借りた本です。今年もこの図書館には大変にお世話になりそうです。有難いことです。

 

おまけの料理です。

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隠れ家の料理本に「惣菜のポテトサラダを利用したスパニッシュオムレツ風」というのがあったので神奈川の自宅でやってみました。2022年初めての料理。ちょっとまとまりが悪かったですがお味はマアマアでした。ブロッコリーとハムを追加しました。2022年1月4日、料理と撮影。

 

今日は昼からずっと雪が降っております。明日は厚木のゴルフ場で仲間との初打ちの予定だったのですが、降雪・路面凍結が懸念されるので早々に中止・延期となりました。残念ではありますが、これで今晩も安心してお酒を頂けます。あまり運動もせずに飲んで食っているだけなので体重は素直に増加しています。注意したいと思います。