クルルのおじさん 料理を楽しむ

期末

3月23日(木)、鯱城学園第34期の卒業式が開催されました。9:30に学園ホールに集合。専門科のクラスごと一人ひとり決められた座席に着席です。10:00から開式。学長の河村たかし(名古屋市長)さんから祝辞のあと各クラスごとに卒業証書の授与式です。

 

(園芸科の代表さんに卒業証書が授与される場面です。3月23日、撮影)

 

授与式ではクラスごと順番に各クラス代表さんの名前が呼ばれます。代表さんは大きな声で「はいッ」と返事をして壇上に上っていきます。同時にそのクラス全員が起立。学長が丁寧に卒業証書の全文を読み上げ(「以下同文」と省略はしませんでした)、クラス代表に卒業証書を授与します。クラス代表が証書を受け取り学長に対して一礼する時に起立しているクラス全員が合わせて一礼します。

事前に過去の録画を見て式次第の段取りは頭に入れていました。録画を見た時には”随分とキチンとした式次第であることよ。まるで小学生か中学生のような。よいお歳のおじさん、おばさん(おじいちゃん、おばあちゃん)なのに”と揶揄するような気持がありました。すぐに反発する天の邪鬼体質は変わりません。

 

この日の本番になって、起立して一礼する時には思っていた以上に厳かな気配が漂っていることを発見しました。一番目のクラスからずっと同じことの繰り返しですが会場ホール全体の心地よい緊張感は維持されたまま。時折、学長が場を和ませるためにこの学長さん独特のギャグを飛ばすのですが、それに反応しての笑い声が少し漏れる程度。最後のクラス代表に授与されるまでこの状態は継続していました。皆さん、きっと僕と同じようにこの厳粛なムードを楽しんで堪能していたのでしょう。

 

学園校歌を合唱した後(コロナを勘案しての申し合わせで、実際には声を出して歌わず口パクで放送を聞きました)式は終了し学長他は退席。係の方からクラスごとにそれぞれ一人ひとりの卒業証書が配布されました。改めて周りを見渡すとかなりの比率で皆さん方、キチンと卒業式らしいスタイルをされていました。男性はネクタイにスーツないしはジャケットさらにはお洒落な和服姿も。女性もかなりの数の着物姿そして礼服姿。僕は蛮カラ精神で普段着のラフな格好で参加しました。普段着姿の方もそれなりの数がいらっしゃって丁度バランスが取れた状態であったかと。あちらこちらでグループで仲間と記念撮影をして卒業を喜んでいる景色が見られました。みんなそれぞれの卒業式を楽しんでいたと思います。

 

卒業式のあとは園芸科全員でお昼の会食となりました。担任の先生にも参加してもらいました。皆さん、卒業を喜ぶと同時に寂しく感じている様子。鯱城学園は名古屋市がやっている事業ですが、似たような高齢者の学習の場として愛知県の事業で「あいちシルバーカレッジ」というのがあります。名古屋市在の方々は両方に挑戦する方が沢山いらっしゃるそうで、園芸クラスの中にも”次はシルバー”を合言葉にしている方々が大勢いらっしゃる様子。

園芸四班では四月上旬に卒業記念の日帰り旅行をする予定になっています。34期全体の修学旅行はコロナで中止になったので四班で「勝手に修学旅行」です。改めて全員元気に参加予定であることが確認出来ました。4月以降も「園芸科」繋がりが維持されそうです。

 

3月14日(火)の陶芸クラブの最終回で焼き上げて頂いた陶芸作品=初めてのロクロ作品を載せておきます。

  

抹茶茶碗(のつもり)。ロクロ作品の三作目。底の広さを拡げる時は先生に手伝って頂きました。高台を削る時にロクロ台への固定が甘くてロクロを回したら外に飛び出して歪みが出来てしまったのですが、面白かろうと思いそのままにして焼いてもらいました。釉薬は鉄赤結晶。

 

   

左;ロクロ作品の二作目。抹茶茶碗を作ろうとしたのですが底を拡げることが出来ず、この大きさにしかなりませんでした。また”厚さ”がゴツイです。釉薬は御深井(おふけ)。横にラインを刻んだところに濃淡が出てまあまあキレイかなあ。

右;ロクロ作品の一作目。二三回失敗した後に漸く作れたもの。”ロクロは難しいなあ!”と独り言をいっていたら先生から「初めての人が何を言ってるのか」と窘められました。「初めてロクロを回してうまく出来ると思っているのか、アホ!」とはおっしゃらなかったのですが、その通りだと反省しています。釉薬は以前にやったことがある天目に鉄赤結晶と白マットを垂らしました。幅(間隔)を狭く垂らそうと思ったのですが上手く制御できずに一部は三重掛けになってしまいました(釉薬を三重に掛けると焼く時に剥がれる&/or色がキレイに焼き上がらないらしい)。

 

ロクロが上手くいかず寂しく感じたので追加で手びねり作品を作りました。

   

左;フクロウ石と小皿(台)。フクロウ石の背面にはハンコを作って「福」という字を押してあります。小皿の外側は”縄文”文様にした(つもり)。釉薬は両方とも黄瀬戸です。この釉薬の焼き上がり、好きです。

右;クルルの剣山と小皿(台)。釉薬は剣山が黄瀬戸、天目。小皿は天目に白マットと鉄赤結晶。こちらの施釉のほうがキレイに出来たと思います(ロクロの一作目と較べて)。

 

   

左;「縄文」のぐい吞みと茶碗。ぐい吞みの釉薬は御深井。この釉薬も焼き上がりがキレイ。右;同じく「縄文」のぐい吞み。釉薬は黄瀬戸、鉄赤結晶。ぐい吞みは三つとも焼き上がりが思った以上に小さくなり、お猪口サイズになってしましました。

手びねりの作品に自分が工夫した文様、カットを入れるのは大変に面白いです。まだ僕の知らないイロイロな技法があるとのこと。一方ではロクロで大型の作品を何時かは作ってみたいと思います。4月以降の「研究コース」の抽選がどうなることやら。

 

 

千種図書館に貸出注文していた本の準備が出来た旨の連絡が届いたので受け取りに行きました。まだ改装工事が続いていますが狭い一部屋に沢山の本を臨時に並べて貸し出しも出来るようにしてくれています。本を受け取ってからプラプラと覗いていたら、大江健三郎の短編集と三浦しをんさんの「風が強く吹いている」を見つけて追加でお借りしました。ちょうど神奈川に帰る時だったので面白そうな本を見つけることが出来て道中が楽しみになりました。

前に書いたかも知れませんが最近は芥川賞作品を最後まで読み通す根気が無くなっているように感じていました。小説を読めなくなってきている?のかとやや心配になっていましたが、短編集(の一部の短編ですが)も「風が強くー」も一気に読み切ることが出来ました。

 

大江健三郎さんが死去されてからドラゴン先生との会話のなかで「僕たちの世代は大なり小なり間違いなく健三郎に影響を受けてきた」という話題になりました。全くその通り。借りてきた本「大江健三郎自選短篇」には印象の強かった初期の短編「飼育」「セウ”ンテイーン」が収められていました。読み進むに連れて忘れていたストーリーも思い出し、更には読んだ当時の自分のことも思い浮かぶようでした。

「風が強くー」は箱根駅伝の話をブログに書いた時に師匠が紹介してくれた本です。「スラムダンク」に通じるところがありそうな感じがしました。何か所かで涙が出ました。オマケで借りた本に集中して、肝心の注文して借りた本にまだ目を通せないでおります。

 

大江健三郎さん死去の数日の後、今度は黒田杏子さんご逝去の報道がありました。僕が俳句に興味を持ち始めて日経俳句に投稿した時に採ってくれた先生です。ブログを調べてみたら2020年5月のことでした。

 

kururupapa.hatenadiary.jp

 

黒田杏子さんのご命日はきっと季語になるでしょうね。先生はもう採ってくれないと思いますが駄句です。

   杏子忌や古新聞を取り出して   孔瑠々

心よりご冥福をお祈りします。

 

大江健三郎さん、黒木杏子先生が死去されて一つの時代が終わったのかな、なんて思ったり。三月末はほとんどの会社で年度末ですが、仕事を離れて三月が「期末」であるという意識は無くなったと思っていましたが、今年は何やら「期末」の区切りを感じております。鯱城学園の卒業式のこともあるのかしら。

神奈川に帰ってのんびりしていたら楽しい「期末」が溢れていました。孫の諸君は元気に終業式、卒園式を終えて、四月からの新しい年度を楽しみにしているようです。アラタくんはピカピカの一年生、入学式を楽しみにしています。タカトくんは三年の始業式、サクトくんは年小さんの入園式を向かえます。名古屋ではコユキちゃんが年長さんの始業式。ツカサくんは益々わんぱく振りを発揮している様子。生れたばかりのアユムくんを恐る恐るダッコしたらつぶらな瞳で睨まれました。孫の諸君からパワーをもらって4月からの新年度を僕も元気に迎えたいものです。