クルルのおじさん 料理を楽しむ

今回で一旦、休筆します。

 

こんにちは、懸念された通り緊急事態は(栃木県を除き)3月7日まで延長されることになりました。僕は、今まで(それなりの注意をしながらですが)外出の機会は余り減らさないように、外食も極々少人数にして継続していました(もちろん緊急事態宣言時はそのルールに沿った形で)。日常のペースを大切にしたいと思っているからなのですが、それでも一月の記録を見たら、外出の機会、特に外食の回数は大幅に減少していました。自分でも改めてビックリ、自分が思っていた以上に家で籠っていることが多くなっていました。コロナを「凌ぐ」生活が長く続くに連れて、外に出て、人に会って、会話を楽しむ機会は間違いなく少なくなっています。自分自身、ストレス耐性は圧倒的に強い方だと思っているのですが、自分でも気づかないうちにどこかが蝕まれている、なんてことにならないように改めて注意したいと思いました。

 

 

 先日は久しぶりにきっちゃんと交信(ラインを使っています)。お互い元気なことを確認できて何よりだったのですが、二人で飲むときによく使っているお店(=居酒屋さん)が、ナント2月いっぱいで店仕舞いをすることになったそうです。コロナの影響だろうと。きっちゃんとは今年になってから、まだ、会う機会を作れていなかったので、2月に入ってしまいましたが”新年会”をこのお店でやって、お世話になったダンナにエールを送る会をしようということになりました。スタート時間を早くして8時にはお開きにするつもりです。

前回、この店にお邪魔した時には、換気・風通し、衝立・仕切り、十分なスペース、座り方の工夫、等々推奨されている対策を全て対応してやっておられました。こんなに頑張っているお店でも、来客の減少には抗しきれないのでしょうね。何とも残念なことです。

  

 

きっちゃんとの出会いのことを書いたブログです。懐かしいなあ。僕の思い出のため埋め込みしておきます。

kururupapa.hatenadiary.jp

 

このお店の入口の写真をブログに載せた記憶が蘇り、探してみたら見つけることが出来ました。まだ記憶力は辛うじて機能しているようです。チョット安心しました。随分と前に載せていたんですねえ。

kururupapa.hatenadiary.jp

 

このタヌキさんがお店の入口でお出迎えしてくれています。入口には昔ながらの”縄のれん”が掛かっています。”いまどき、こんな江戸時代みたい縄のれんを使っている店はないんとちゃうやろか”、この縄のれんも無くなってしまうと思うとやはり寂しいです。 

 

 

麒麟が来る」は最後まで面白かったです。事前の宣伝アピールが大袈裟だった割には、意外に平凡な終わり方をしました。以前のブログに「へうげもの」に描かれている光秀の最後の触りを書きました。NHKでは残念ながらこのシーンには至りませんでしたので、「へうげもの」に描かれている様子を想像しながら書いておくことにします(この作品はオリジナルを読んだ訳ではありません。まったくの受け売りと想像です)。

 

kururupapa.hatenadiary.jp

 

この「和の食・全史」で紹介されている戦国時代の野戦食・兵糧「芋の茎縄」のお話なのですが、これが「へうげもの」に出てくるそうです。

へうげもの」では山崎の合戦に大敗した光秀が少数の家臣と逃げて逃げて、武器も食糧も無くなった。”もはやこれまで”という時、この「芋の茎縄」を戻して、最後の食事をしようとします。少しばかりは味噌も残っていたようです。その時に光秀は家臣に「ちょっとまて」と。近くに咲いていた桔梗の花(=明智家の家紋です)を添え、落ちていた白い石を箸置きとして置いた。そのチョットした室礼(しつらい)で景色は様変わり、家臣たちは感激して涙したと。明智光秀は最後の瞬間に千利休の「侘び」の世界の極致を堪能することが出来た、というストーリー(だそう)です。

最後の瞬間に味気ない兵糧食を食べるに際し、花と石を置くだけで景色を変え、満ち足りた気持ちを持つことが出来た。面白い見立てだと思います。機会があれば、原作を読んでみたいものだと改めて思いました。

 

 

タイトルに書いた通りですが、今回を以ちまして一旦休筆します。チョット思うところがあり、今から三月いっぱいで集中してやりたいことがあるので。今はやりの「全集中」でやってみようと(意味、使い方が違うかな?)。4月からは、間違いなく(多分?)、再開したいと思っていますので、その節にはまたよろしくお付き合い下さいますように。

 

 

オマケの料理です。 外食の機会が少ない分、料理の回数が増えています。

f:id:hayakira-kururu:20210209120542j:plainf:id:hayakira-kururu:20210209120554j:plain

左、白菜と豚肉の煮込み。レシピには材料はこの二つだけと書いてありましたが、人参をピーラーで細くして加えました。彩り良し、味も良し、でした。バーミキュラ鍋で。

右、ブロッコリーとカリフラワーの炒め物、海苔を加えて。両方とも鯱城学園の畑で収穫したものです。

 

f:id:hayakira-kururu:20210209120604j:plain

もはや定番。野菜たっぷり味噌ラーメン。すりごまを掛け過ぎました。 

 

f:id:hayakira-kururu:20210209141914j:plainf:id:hayakira-kururu:20210209141925j:plain

左、野菜スープ風煮物。卵添え。

右、ソーセージとブロッコリー(人参、タマネギも加えました)のタジン鍋。 

 

 

今回は短いブログになりました。取り急ぎ、休筆のご挨拶までです。またの日まで、皆さま、くれぐれもご自愛下さいます様に。

 

NHK俳句、2021年1月

 

NHK俳句、一月の纏めです。僕の備忘録として残しています。お付き合い頂ければ嬉しいです。

 

第一週、レギュラー陣がお元気に登場。司会は戸田菜穂さん、進行役は宮戸洋行さん、選者は小澤實さん。ゲスト「令和の新星」は藤井あかりさん。1980年、神奈川生まれのママさん俳人。今週の兼題は「春待つ」ですが、冒頭に藤井さんの句の紹介がありました。

   羽もなく鰭もなく春待ってをり   藤井あかり   (鰭=ひれ)

 

もう一句、小澤さんが”いい句だ”と紹介された藤井さんの句です。

   冬河原独りになりに来てふたり   藤井あかり

 

「たんたんと書かれているように見えるが、句の中で大きく感情が動いている」という鑑賞がナルホドと感心しました。藤井さんが大切にしていることは「心を写生する」とか。小澤さんからは「内面陰影派」と評されていました。

 

特選三句です。

一席   間仕切りもマスクもいらぬ春を待つ

二席   鉛筆をげんこつ握り春待つ子

三席   待春やスーツケースの鍵四桁

 

コロナ禍が影響しているのでしょう。例年よりも「”春”を待ちたい」という気持ちが投句にも強く反映しているようです。一席は宮戸さんも取っていました。”このような気持ちを簡潔な言葉で的確に表現できると楽しいだろうなあ”と切に思います。特選には選ばれませんでしたが、面白いと思った句です、

     春を待つ卒寿の母のストレッチ

 

僕のカミさんのお母さんが毎日、自宅マンションの屋上で熱心に楽しくウオーキングしている姿を思い浮かべました。カミさんのお母さんの方が年上です。

 

「卒寿は卒の略字=「卆」が九十と読めるから90歳のお祝い」(橋本さんの本から抜粋です)。相変わらず読書の毎日ですが、先日、久しぶりに橋本治さんの「九十八歳になった私」という小説を読みました。講談社、2018年1月第一刷。2015年末~2016年初めに「群像」に掲載された”30年後の近未来特集”への短編寄稿が評判良く、それが連載になり、そして単行本になったとか。一気に読めました---話がムチャ横道に入りますが、ご容赦下さいませ‐‐‐。ご本人のあとがきでこれは「近未来空想科学”私”小説」だそうです。こんなカタチで物語を書けるものかとホントに感心しました。橋本さんのボヤキ思想が詰まっているような。橋本流に言うと「70歳は古稀=古代稀なり、本来、ここで終わるものがその先を祝うようになってしまった。いわば、その先は駄洒落の世界。喜寿、傘寿、米寿、そして卒寿、なんと白寿まで、ぜーんぶ駄洒落」だそうです。

 

最終章は「”人生は消しゴムだ”の巻」。「いくら使っても消して行っても、使い切ることは起こらない」。肯定的な比喩かと思いきや「消滅はしない。(でも消しゴムの)かけらは消しゴムとして機能しないから”捨てられる”」。寂しいことを言ってるのに、この人が書いているとなんかホンワカしてきます。あとがきの時点で「2017年が終わった段階で私はまだ69歳です」と注釈がありました。橋本さんが亡くなったのは、2019年1月。この本が出版されてほぼ一年後に亡くなられたんですね。改めて、ご冥福をお祈りしたいと思います。

 

第二週です。司会は、武井壮さん、選者は対馬康子さん。ゲストには、またまた元宝塚のトップスター、早霧せいなさん。兼題は「氷る」。冒頭に、選者の対馬さんの句が紹介されていました。

   いつもかすかな鳥のかたちをして氷る   康子

 

テクストには、「氷る」というのは物理現象ではあるが「俳句という世界では、それとは異なった詩的因果関係が存在します---人の心の奥底に働きかけて、イメージを呼び覚まし、現実の世界の中における感動を引き起こす」と解説されていました。<フーム、なるほど、難しい>。特選三句です。

 

一席   滝氷る華厳に音もなかりけり

二席   順番に氷る行進の靴音

三席   どの水も空にて美しく氷る

 

一席の句は「写実を超えて内面の心を表している」と高い評価でした。特選には選ばれませんでしたが面白いと思った句です。

     アに濁点イにも濁点声氷る

ゲストの早霧さんも取っていました。早霧さんは大変な寒がりだそうです。寒い時に自分で「さ”ぁ”むぅい”ぃ”」と濁点付けて言葉を出している自分を思い浮かべたと。分かるように思います。

 

第三週です。司会は岸本葉子さん、選者は西村和子さん。ゲストには俳優の小倉一郎さん。小倉さんは西村さんと長く吟行に同行している間柄だそうです。兼題は「寒」。冒頭に西村さんの句が紹介されていました。

     大寒や心尖れば折れやすく   和子

 

入選三句です。

一席   カツカツと板書ひびけり寒の朝

二席   寒の水硯に垂らすとき砕け

三席   鋼鉄の畳に立つや寒稽古

 

面白いと思った句です。

     のほほんと志ん生聞いて寒の内

 

「寒」というイメージは”厳しい季節”となるところ、このようなノンビリとした景色を詠んだのが面白いとの西村さんの評でした。冒頭のご自分の句が”刺々しい”のと極めて対照的と。もう一句、

     ぎくしゃくと健康体操寒に入る

 

西村さんも「歳取ってからはこの”ぎくしゃく”が大変に良く理解出来る句です」(彼女は僕よりも2歳年長さんです。表情がホントにお若いですね。)と喜んで評価しておられました。

二席の句は、ゲストの小倉さんが取っていましたが、小倉さんも「硯」を詠んだ句を番組の中で披露されていました。

     擱筆や寒の硯の海しずか   蒼蛙(小倉さんの俳号です)

 

擱筆(かくひつ)、書き終えること=筆を置くことだそうです。あとで調べて知りました。勉強になります。ついでに、硯の墨汁を貯めておくところが”硯の海”=硯海(けんかい)というそうです。知識と教養が詰まった句ですねえ。

  

この第三週のテーマは「ようこそ句会へ」。今週は吟行の準備のお話でした。西村さんが吟行に行くときに準備しているモノの紹介がありました。吟行七つ道具。そもそもリュックを利用しているそうです。両手をフリーにしておけるから。転ぶかも知れないことを心配している由。よく理解出来ます。リュックの中には、

句帳と筆記用具、電子辞書そして電池の予備(電池は肝心な時に切れる、だから予備は必須と。説得力がありました。)、晴雨兼用の傘(「俳句にあいにくはない」とのこと、多少のことでは吟行は中止にはならないそうです)、ポリ袋(野外でチョット腰を下ろす時に便利とか、また、吟行先で土筆、ワカメ、ジュンサイ等々を採ったり、貰ったり、買って帰る時に便利とか)、靴下カバー(暖房用。冬、お寺さんで靴を脱いで板の間に上がる時に必須)、夏は日焼け止め、虫よけスプレー、等々を入れていると。いずれも「何のための吟行支度かというと、季節との出会いを準備不足のために逃がしたくないから」。

 

舞台裏の話が披露されていました。初めての吟行で一番の気がかりは、果たして吟行の場で時間の制限の下で句を読むことが出来るかどうか。本来は、事前に作っておく「孕み句」は原則禁止ながら、不安を恐れる余り参加しないことを考えると、その季節の句を準備して作っておいてもよいでしょう、との優しいお話がありました。先生からそう言ってもらえると安心して参加される方が増えるかと思います。プレッシャー強すぎるのは良くないですよね。ゲストの小倉さんもやや恥ずかしそうに「そういう経験はあります」と話されていました。

 

第四週です。俳句さく咲く!。櫂未知子先生とレギュラー陣が元気に勢ぞろい。いつもの通り宿題の結果発表から。今月の宿題季語は「春隣」「雪」「寒の水」「寒卵」「白鳥」「竈猫(かまどねこ)」「蜜柑(みかん)」、そして自由。「竈猫」は「へっつい猫」「かじけ猫」と同意(のよう)です。「かまど」なんて漢字、書いたことがないかも。生徒さんの力量が伯仲してきてトップ争いが激しくなってきました。面白いと思った句です(いずれも8点をもらっていました。10点満点の8点です)。

   名を呼ばれ耳だけ動くかじけ猫   いとうまい子

   新たなる店の看板春隣       塚地武雄

   笑む母の遺影に日差し春隣     田中要次

   窓辺から子供のこゑや春近し    櫻井紗季

 

いとうさんと塚地さんが同点一位、田中さんと櫻井さんが同点三位でした。その後、授業では「おいしいものを少し」というテーマで正月に食べたものを詠んでいました。櫂先生が参考にあげた句は、

   大根が一番うまし牡丹鍋    右城墓石(うしろぼせき)

 

「大根も牡丹鍋も両方とも冬の季語。本来は脇役の大根を中心に詠んでいるのが面白い、単純な句ではあるが納得できる」と。<なるほど、そういうものか>。テクストを見ていたら有名な句が掲載されていました。

   湯豆腐やいのちのはてのうすあかり   久保田万太郎

 

櫂さんに言わせると名句中の名句として名高い一句であると。<なんか分からないようにも思いますが、良い句ですね。>

 

この後は「縄跳び」(縄飛び)を生徒さんが実際にやってから「縄飛」の句を詠んだり---縄飛は冬の季語だそうです---そして、最後は「春待つや」を上五においてのミニ句会。久しぶりに櫻井紗季さんが特選に選ばれました。

   春待つや自転車の砂埃拭く   櫻井紗季   (砂埃;すなほこり)

 

投句の俳句大賞の句です。兼題は「寒卵」。

   この空は母校へつづき寒卵

 

 

橋本さんの本のあと、長谷川櫂さんの『俳句の誕生』(筑摩書房、2018年3月第一刷)を読みました。僕の俳句の既成概念を揺さぶってくれるようなかなり衝撃的な内容でした。俳句というと・・・「写生」、目の前にあるものを言葉で写しとる。その為には、対象への凝視、精神の集中が必要・・・という捉え方をほぼ全面的に否定していました。櫂さんの受け止め方は全く逆で、「”ぼーっ”とする時、心が自分を離れて果てしない時空をさまよう時、言葉によって失われた永遠の世界を探る言葉が現れる」と。「ぼーっとする時=心を遊ばせる時」を大切にして句を詠むことの楽しさを語られている本でした。

 

分かり易くて納得できる考え方でしたが、それに至る考察が凄いこと。「俳句の誕生」というタイトルの通り、この本は「日本になぜ俳句という短い詩が誕生したのか」を遥か昔の言葉と詩歌の発生から遡って考察したものです。櫂さんの芭蕉の句の鑑賞は有名ですが、確かに大変に面白く読むことが出来ました。

   古池や蛙飛こむ水のおと   芭蕉

 

この誰でも知っている句に対して数十頁に亘り詳細な考察がなされていました。「芭蕉のこの句については、これまでに二度書いた」、だからこれが三度目の「古池論」になるそうです。一言で言ってしまえば、この章のタイトルである「切れの深層」ということなのでしょうが、歴史的、文化的考察がとにかく凄いです。そして面白い。飽きることなく一気に読めます。

芭蕉の後の江戸時代後半の”大衆社会”の捉え方も秀逸なものだと感心しました。近代化を西洋化という観点からではなく”大衆化”の観点から読み解いていく辺りは、俳句を根底にした”日本近代社会学”的な面白さかと。

「近代大衆俳句を超えて」の章では、虚子について語られていますが素晴らしい見立てだと感心しました。曰く「虚子は俳句を詠むとき、自分が唱えた『客観写生』『花鳥諷詠』という標語に束縛されること無く、心を自由に遊ばせて句を詠んだ。魔法使いの魔法にかからないのは魔法使いだけである」。

長くなり過ぎるのでこの辺りで話を切り上げますが、今月のNHK俳句でも選者の先生達が「内面(の心)」を表現することの大切さを述べられていたように思います。俳句って、やっぱ、面白いものなんですねえ。

 

クルルの駄句です。

   湯豆腐や千秋楽となりにけり   孔瑠々

   湯豆腐や窓のガラスは曇りおり   孔瑠々

   湯豆腐のぐらりと揺らぎ香り立つ   孔瑠々

 

 

今回はオマケの料理と写真は無しです。ドタバタ続きで写真を撮る余裕がありませんでした。情けない。次回は是非、掲載したいと思います。皆さま、引き続き、くれぐれもご自愛下さいますよう。

  

  

読書日記・「縄文」のお話⇒クルルの起源!

f:id:hayakira-kururu:20210115135849j:plain

名古屋市千種区平和公園の入り口の脇に咲いています。冬桜と思いきや寒梅であろうとのご指摘を頂きました。回りは雑木林でこの木が一本だけ花を着けています。良いもんですねえ。寒い日が続いていますが、ご自愛ください。2020年1月11日、撮影。

 

 

読書日記です。今回は「縄文」つながり。「縄文」二冊目の本を読んだときに驚きの発見をしました。クルルのおじさんの「クルル」の起源に迫る大発見になったかと。まだドキドキ、ワクワクしてます。

 

 

縄文時代縄文文化のことは『「和の食』全史』に書きました。この本の著者、永山久夫さんが指摘されていた「縄文グルメ」という言い方に引かれるものがあり(『「和の食』全史』のことを書いたブログを埋め込んでおきます)、この時代のことは機会があればまた読んでみたいと思っていました。本は例によって千種区図書館で借りました。

 

kururupapa.hatenadiary.jp

 

話が横道に逸れますが、もう一つ「縄文」の言葉が出てくるブログがありました。ついでに埋め込んでおきます。鯱城学園の授業で教えてもらったお話です。きっと縄文の人もサクラを楽しんでいたのでしょうね。”一年前は平和な時代であったなあ”と痛感します。ホンの一年前なのに随分と昔の思い出の様に感じます。早く、鯱城学園の授業を安心して受けることが出来るようになります様に。

 

kururupapa.hatenadiary.jp

 

今回、読んだ本です。

一冊目。『縄文の思想』。著者は瀬川拓郎さん、講談社現代新書、2017年11月第一刷。著者の瀬川さんは1958年の札幌生まれ。考古学、アイヌ研究をされている方。出版当時は旭川市博物館館長さんです。

 

復習を兼ねて、著者に従って時代区分を整理しておきます。

縄文文化は、1万5千年前から狩猟、漁撈、採集を中心に南は南西諸島(宮古八重山を除く)から北は北海道まで日本中全てをカバーしていた。その後、紀元前10世紀後半から前4世紀、前3世紀にかけて水稲耕作の文化である弥生期に移行(時代区分の年代が、執筆者により少しづつ差が生じているのは面白いことだと感じます。考古学というのは常に新しい発見により変化していくものなのでしょう)。

 

筆者がこの本で伝えようとしているのは「縄文は約2千年前に消え去った過去ではなく、日本の周縁で異なる相貌を見せながら、日本(日本人)の深層で息づいてきた。縄文伝統の狩猟・漁撈に特化することで弥生時代以降、農耕民との共存を実現してきた」ということ(だと思います)。

 

著者は「海民」という表現で、日本列島の海辺=周縁に生きた人々を辿っていきます。周縁の人々の弥生期以降の歴史を調べていくと、日本全国に亘りあちこちで継承されている神話・伝説に共通部分が多いそうです。また、アイヌ伝説と古事記、日本書記、風土記の古代海民の昔話の間にも共通部分が多いことに注目されています。

端折って纏めると、「これら物語では、海の神が山頂の女神のもとに往還する。舞台は海と山の二元的な世界であり、農耕が行われている平野を含んでいない。非農耕的な世界観が(弥生時代以降もずっと)存続していることを示すもの。山頂は別な世界であり、海辺の洞窟が入口で山頂が出口とする構造は「他界観」を表現している。これらの物語は他界往還譚である」。

 

弥生的生活は、稲作の普及⇒安定的な生活、富の蓄積⇒土地への執着、競合の発生⇒物質性豊かな社会、資本主義モノカルチャーへの時代、と捉える一方で、”縄文的”とは、強制・圧力への拒否、分配を通じた平等、他者や土地との緩やかなつながり、そして、競合を厭わしく思う、他者への攻撃を厭わしく思う気持ちがあったとの指摘です。著者の言いたい「縄文の思想」とは、「統制されるのを嫌う、これ以上持たなくとも良い、競う必要などない、いつでも離脱してゆけばよい」ということの様です。

 

「離脱するというのは、戦列を退いて敗者となることではない」という言葉が新鮮でありました。

 

著者が専門とされているのはアイヌ学ですが、著書「アイヌ学入門」では「同化と排他の『あわい』を生きたアイヌの姿」を描いたとのお話も記載されており、著者ならではの表現と感心しました。著者の言う縄文の思想は確かに「日本人の深層に息づいている」ように感じました。

 

 

次は大発見が出てくる二冊目です。

『「あきづしま大和の国」---甦る縄文の思想---』。著者は大谷幸市さん、彩流社、2008年2月初版。著者の大谷さんは1943年、名古屋生まれの方です。

 

いきなり「メビウスの帯」の話が出てきたのに驚きました。著者は縄文時代の土器、土偶に表されている模様に注目されており、所謂、縄文文様に「縄文の思想」を見出されています。「渦巻文」がその典型であり、二本の螺旋が合体して「しめ縄文様」が誕生していることをたくさんの出土品の模様を読み解いて解説しています。有名な「メビウスの帯」を例にとって、螺旋を捲いたしめ縄と同じ構造=「円環の連鎖」を紹介されていました。「メビウスの帯」を例に取られているのは、この構造のイメージが読者に分かりやすいであろうからとのことです。

 

縄文の土偶、土器にこれらの文様が描かれていることを、著者は「(縄文人は)その思想を形で表現している。合体する二者は同質でありながら異質であり、それが合体して新しい形を生み出すのは新しい生命の誕生を表すもの。円環の連鎖は永続性を表現しているものである」と読み解いています。

 

言葉で書くと”なんのこっちゃ”の世界でしょうから、この本の図表を抜粋して添付します。見難いかも知れませんが、イメージだけでも掴んでもらえれば。

 

f:id:hayakira-kururu:20210117093348j:plainf:id:hayakira-kururu:20210117093410j:plain

 

メビウスの帯」は、ご存知の通り、一本の帯を180°捻って輪っかにしたものですが、表裏の区別がつきません。なぞっていくと永遠につづく「円環の連鎖」です。著者は「縄文人がこの状態を知っていた。生と死を一つの回路に見出し、永続性を感じ、再生観を表した」と受け止めています。「(土器・土偶に見られる文様は)二つの概念の融合あるいは合体、すなわち、生命誕生の原理、再生観、死後の魂の永遠の再生を託したもの」と読み解いています。

 

更に、渦巻き、しめ縄文様を組み合わせにより、イロイロな新しい形を生み出されていることが紹介されています。そして、ついに「ハート」の形の登場です。

 

 

f:id:hayakira-kururu:20210115134926j:plainf:id:hayakira-kururu:20210115134945j:plainf:id:hayakira-kururu:20210115135008j:plain

 

 本の表題の「あきづしま」というのは大和に係る枕詞ですが「秋津洲」と書かれて、アキツ(アキズ)はトンボのことです。神武天皇が国を平定した時の言葉「蜻蛉のとなめの如くにあるかな」、蜻蛉=トンボが交尾している姿を平和、豊穣のシンボルとして詠んだものとか。写真の右上がそうですが見えにくいので、著者も引用されていたウイキペディアから写真を借りてきました。この本の写真と同じものです。

  

 (ウイキペディアから引用。「ハート形のイトトンボの交尾」)

 

著者は、縄文人が既に融合、平和、豊穣のシンボルとして、この形を受け止めていたと解釈しています。それを表現したのが次の写真。この本の表紙の写真でもありますが、ハート型土偶です。東京国立博物館所蔵。

 

f:id:hayakira-kururu:20210117100409j:plainf:id:hayakira-kururu:20210117100421j:plain

 

この辺りまで読み進むと僕の心臓はドキドキしてきました。大変なことに気付いてしまいました!。クルルのおじさんの「クルル」というのは、次の写真にある「クルルマーク」が原点です(伊藤忠製糖のHPから転載)。

 

f:id:hayakira-kururu:20210115133032p:plain上白糖三温糖中双糖

 

 中部地方中心にスーパー等々でお馴染みのマークだと自負しておりますが、最初に見た時には”けったいなマークやなあ”という印象しかありませんでした。ハートの形を基にしてデザインしたとか、クルルマーク誕生には諸説あるようなのですが、今回、自分なりにその起源が理解出来た様に感じました。

 

渦巻きはこの本の著者に言わせると神であったそうです。(大谷著「渦巻きは神であった」)。渦巻き=神が原点にあり、融合と合体を繰り返し、生命の誕生と永遠性を表す融和と共生のシンボルとなって、それがハート型土偶で表現されている。クルルマークは”「融和と共生」のシンボル”だったんですねえ。改めてこのマークを見ると縄文グルメ人が優しく現代の我々に微笑みかけているような面白味を感じております。

 

今回は”令和三年の大発見”で一人盛り上がっているクルルのおじさんでした。

 

それにしても、瀬川さん、大谷さん、アプローチの仕方はそれぞれですが、古代の思想にまで思いを馳せるとは凄いことですねえ。そして、本を読むというのはホントに楽しいことだなあ、と改めて感じました。

 

 

蛇足ですが、メビウスの帯。昔、興味を持って読んだ本がありました。本棚を探すと残っていました。『メビウスの帯』、著者はクリフォード・ピックオーバーさん。吉田三知世さん訳。日経BP社、2007年4月、第一刷。メビウスさん(1790年から1868年)はドイツの数学者で、19世紀にこの帯の概念を専門誌に発表して広く世に知られるようになったそうです。れっきとした「位相幾何学=トポロジー」という学問の一つの概念です。紀元前の時代の縄文の人々がこの帯の状態に気づいていたとする大谷さんの土偶・土器の文様の読み取り方に感心します。

メビウスの帯の面白さは大谷さんも紹介されています。帯の中心に線を引き、その線に沿ってはさみで切っていくとどうなるか、面白いですから是非やってみてください。さらに帯の1/3くらいのところを切っていくとどうなるか。更にさらに180°ではなく360°捻じった帯を同様に切っていくとどうなるか。欧米では隠し芸の仕掛けに使われていたそうです。

 

この本の表紙は典型的な「メビウスの帯」を表している面白い絵(図?)なので、添付しておきます。今回のブログは添付写真が多いですが、模様・図形の説明は言葉では難しいです。ご容赦くださいませ。

 

f:id:hayakira-kururu:20210118084554j:plain

 

 

  おまけの料理です。

f:id:hayakira-kururu:20210115135404j:plainf:id:hayakira-kururu:20210115135429j:plain

左;手羽元のオーブン焼き。酒・醤油・オリゴ糖(もちろん、クルルマークのオリゴ糖です)に一晩漬けこんでオーブンで。見た目は不細工ながら美味しく頂けました。柚子はもっとたくさん散らせばよかったです。

右;今までタジン鍋でやっていたのをバーミキュラ鍋でやってみました。野菜とソーセージの蒸し煮。美味しかったですが、これはやはりタジン鍋でやる方がよさそうです。1月12日、14日、料理と撮影。

 

緊急事態宣言のもと、外食、ゴルフは原則中止。会社にも慎重に出社。一方では、ウォーキングは継続しています。運動不足なのでチョット距離を伸ばすように。最近、家の中で出来るストレッチ体操をメニューに追加しました。pochinokotodamaさんのブログで拝見、教えて頂きました。ありがとうございます。あとは、のんびりと家の中で読書・ピアノ・料理を楽しんでおります。

  

ストレッチが紹介されている「pochinokotodamaさんのブログ」です。この2021/1/8付けに掲載されています。参考にさせて頂いてます。ありがとうございました。

pochinokotodamaのブログ

 

2021年、新春の風景

 

今年初めてのブログです。本年も宜しくお付き合い下さい。

のんびりと名古屋の隠れ家生活を楽しんでおります。新年早々にドラゴン先生からお誘いを頂き、ホントは、1月9日に京都トレイル・東山コースのFコースを歩き、その完結編を書こうと予定していたのですが、大雪の予報で名古屋‐京都間の新幹線トラブルが心配になったのと、コロナ感染者の異常な拡大を懸念して今回は延期にさせて頂きました。完結編はしばしお預けです。

 

年末から、原則「ステイホーム」を続けています。正月三が日もカミさんと二人だけの生活を続けました。子供達とも会わず、兄貴の家に賀詞にも行かず、二人だけでノンビリと朝からおせち料理を肴にしてお酒を楽しみ続けました。散歩には行きましたが、やはり運動不足で素直に太りました。年末から数えると9日間、自分ではほぼ全く何もせず。店屋物とカミさんの料理で自堕落な食生活を楽しみました。”もともとは、こういう生活をしていたんや”昔の生活を思い出しました。台所に入って料理したのは一回だけ。以前、写真を載せた「鶏手羽先とジャガイモの揚げ焼き」を料理しました。レシピを見ないと料理出来ない悲しさですが、これだけは何とか頭に入っていました。ローズマリーを加えることも忘れずに。カミさんのアドバイスで余っていた銀杏の実も加えました。美味しく頂けました。

 

 

毎年TV観戦している箱根駅伝。コロナ禍で沿道での応援も自粛するように要請が出されており、やはり景色が寂しい大会です。往路は出場4度目の創価大が初優勝。「無欲の走り」「それぞれの選手に安定感」と称賛されていました。監督さんの淡々とした受け答えが大変に好感を持てました。翌三日、名古屋に移動する日ですが、朝から中継を見ておりました。創価大には失礼ながら、復路スタート時、二位とは2分以上の差がついていたとは言え、後続の有力校=東洋大、駒大、東海大青学大にいつどこで抜かれるのかに注目して見ておりました。驚いたことに、途中、時間を縮められる場面はあったものの一位を維持。名古屋に着くのが遅くなるのは嫌だったので留守宅を出発、新幹線の中でもニュースを見ていましたが、最終10区で、二位との差は3分以上に拡大してタスキを繋いでいました。”これで完全優勝間違いなしだ、往路優勝だけでも大変なことなのにこれは奇跡だ”と一フアンとしても気分が高揚するのを感じました。

 

隠れ家に到着し荷物を整理してからTVを見てびっくり仰天。残り2㎞ちょっとで、駒大にかわされて創価大はまさかの二位に終わっていました。駒大が大逆転しての総合優勝。創価大は出場4度目で往路優勝、総合二位ですから大変に立派な成績なのですが、ほぼ優勝確実な状態からアンカーの大失速。悔やんでも悔み切れないものがあるでしょう。再度、監督さんの淡々としたコメントが印象的でした。「あそこまでいったら悔しいが、選手たちはよく頑張った」。来年、創価大に関心が集まるでしょうが、今回のアンカーの選手、あまりストレスを抱え込まないで欲しいですね。素直に練習に励んで、来年も出場メンバーに選ばれて登場して欲しいものです。雪辱を果たすのを見てみたいです。最後まで諦めなかった駒大はエライ。駒大のアンカーは区間賞を取っていました。勝負事は最後の最後まで何があるか分からないということを改めて教えてくれた駅伝でした。

 

 

予想通り、二度目の緊急事態宣言が発令されました。1月7日。首都圏一都三県にて1月8日から2月7日までの一か月、昨年の春以来二度目の宣言になります。午後8時以降の外出と飲食店の営業を自粛、通勤の7割削減を要請して、一か月の集中対策で首都圏の感染拡大を抑えたいと。特に飲食店での感染防止が重視されているそうです。7日の国内感染は3日連続して過去最大を更新、1日あたりの感染者が7千人台になるのは初めて、東京都では初めて2千人を大きく上回っていました。神奈川、大阪、愛知、福岡でも過去最多となっており感染が急激に拡大しているのが明らかです。発令自体は止むを得ない措置と受け止められていますが、過去1年間の経験と教訓が生かされているのか疑問視する声も多いような。宣言をめぐっては政府と首都圏知事との間で意思疎通の乱れも生じているとか、また、行政の縦割りの弊害も見られているとか。相変わらずイライラが募ります。

 

一方では三連休の期間、日本海側に寒気の影響で記録的な暴風・大雪・低温の警戒が呼びかけられています。交通機関の運休、車の立ち往生による交通障害、停電・断水が懸念されています。いやはや、日本は大変な年明けになったものだと思っていたら、アメリカはもっと醜い状態になっていました。

 

 

ステイホームでTVを見る機会も多くなっています。NHKのBS海外ニュースはよく見ています。海外主要国のニュース番組がそのまま見ることが出来るのが面白い。5日、ジョージア州の2議席を争った決戦投票で民主党が両議席ともに勝利しました。これで上院では、共和党50議席民主党50議席となります。賛否が同数の場合は、次期副大統領(=民主党です)が一票を投じることになるので上院でも民主党が主導権を握ることに。これで少しは落ち着くのかしらと思った矢先、6日、次期大統領を正式に選出する議会が開催されていた連邦議会議事堂にトランプ支持者が大量乱入、議事堂建物を約3時間にわたって占拠したと大きく報じられました。4人の死者まで出ました。そもそも乱入をあおったのがトランプ本人だと報道されました。”いくらなんでも、そんなことはしないだろう”と思っていたところ、トランプが支持者に対してアジっている映像が何回も何回も放映されました。”もうこりゃどうしようもない奴や”と呆れました。その後も乱入・混乱の映像が何回も放映されました。まるで安物のアクション映画の様な。議長執務室の机の上に足を放り出す乱入者。アメリカ社会の「分断」というのはここまで深いものかと改めて驚きました。ツイッター社は、トランプのアカウントを永久停止したそうです。「暴力扇動の危険」があるとの判断からです。トランプは1月20日に予定されるバイデン新大統領の就任式に出席しないと表明していますが、これは何か暴力的手段を含む更なる企てが計画されているとの懸念まで出ているそうです。アメリカ下院は、8日、トランプ大統領の罷免を求める弾劾訴追案を提出するそうです。理由は「反乱の扇動」とか。

 

 

アメリカ政治がこのような状態の中で、6日、香港警察が香港の民主派53人を逮捕しました。国家安全維持法違反の容疑とか。更に翌7日には、同法政権転覆罪容疑で服役中の活動家を再逮捕。いずれも中国がアメリカの政治混乱を突いたものと報道されています。人権問題などを重視するとみられるバイデン次期大統領に機先を制し、譲歩しない姿勢を示した動きとの報道がされています。

また、中国はWHOのウイルス発生源調査の武漢市への入国を拒否している様子。中国贔屓のテドロス事務局長も今回はさすがに「中国に大変に失望した」とコメントする始末。中国側からは誤解が生じているとの弁明も出ているそうですが、やはり、一党独裁の国というのは当たり前のお付き合いが難しいのでしょうね。残念だし、怖いことです。

 

 

いやはや、大変な年明けの状況です。振り返って見ると、昨年は随分と平穏であったかと。年末に日産のゴーン前会長が無断出国したとか、年初早々にアメリカがイラン司令官を殺害したとかが話題になっていました。概して平穏に幕開けした2020年でしたが、1月23日に、中国政府が武漢を封鎖措置に踏み切ったことが報道され、コロナ騒ぎが大きく広く世界に世間に知らしめるところとなりました。それ以降はコロナコロナの一年でした。

 

相場の格言で「もうはまだなり、まだはもうなり」と言いますが、いまがどん底のピークなのですかねえ?それとも、まだまだ長いトンネルが続くのでしょうか。コロナが落ち着いたら、また、コロナ以前の世界に戻るのか、戻れるのか。コロナが切っ掛けで混迷が一段と深まる時代が続いていくのですかね。僕の尊敬する先輩が「最悪を想定した上で、楽観的に生きる(行動する)」てな事を言っていましたが、気持ちの持ち方は大事ですよねえ。僕も楽観的に生きたいと思います。

 

 

休み中に『給食の歴史』を読みました。著者は藤原辰史さん(あの『トラクターの世界史』の方)、岩波新書、2018年11月第一刷。藤原さんらしい俯瞰的な捉え方で「給食」の世界を描いており面白く読むことが出来ました。

 

『トラクターの世界史』を書いたブログです。ご参考まで。

kururupapa.hatenadiary.jp

 

「給食」に関して、良い考え方、必要な考え方だなあと同感したところです。給食の思想の根っこにある考え方として紹介されていました。

「家が貧しいことのステイグマを子供に刻印しない」---家族以外の人と、貧富の差を棚上げして、同じ場所で、同じ時間に、同じものを食べる---。

強者の偽善とも受け取められるかも知れませんが、昨今、強者が弱者を顧みないで自分のことを中心にしかモノを考えなくなっている、強者がさらに我が侭になっている風潮が強くなっていることを考えると、給食の歴史の中で、この思想が根っこにあるというのは大切なことだなあと思いました。

 

著者の見方はいつもながら多面的です。給食の捉え方として、①子供に対する直接的、集団的な権力行使。食品産業のビジネスの場として、市場開拓のため強制的な食生活の改善の場として、の面がある一方、②未来を構想する魅力的な舞台、食を通じた自治空間創出の場、の面もあることも紹介されています。

また、過去・現在ともに「学校給食が唯一のまともな食事である子供がいる事実」、また「災害時に給食施設・調理員が被災者の救助に貢献している役割の重要性」も指摘されていました。

 

佐伯矩(さいきただす)博士(1876-1959年)のことも詳しく記述されていました。世界で初めて「栄養学」を提唱された博士。「栄養は保健・経済・道徳の基本」であると唱えられ「栄養学の父」と言われています。お米の精製度を栄養学的に研究、胚芽米の栄養を高く評価し推奨されました。1920年代には国際連盟の要請で欧米各国を回り栄養についての講演をされた由。立派な先生です。

 

冒頭に、著者の藤原さんの給食の思い出が記載されていました。給食が苦痛であったそうです。そして、不人気メニューの一番は脱脂粉乳であったと。藤原さんは1976年生まれ、僕とは26年の年代差がありますが、それでも、まだ脱脂粉乳が出されていたのかと驚きました。

 

 

おまけの料理です。名古屋でも会食、外食を出来るだけ控えて。やや寂しくなっていますが、自分で料理することを楽しんでいます。  

 

f:id:hayakira-kururu:20210110104642j:plainf:id:hayakira-kururu:20210110104700j:plainf:id:hayakira-kururu:20210110104720j:plain

 左;得意?の里芋と人参のごま味噌煮。牛肉でやってみました。柚子はたくさん載せました。中;定番、野菜たっぷりピリ辛ラーメン。麺は即席めんです。右;定番、野菜たっぷり焼きそば。麺はダシ、お酢、醬油に漬け込んで。ウースターソースで調理。2021年1月4日から7日にかけて料理と撮影。

 

最後までお付き合い頂きありがとうございました。改めまして、本年もよろしくです。


 

駆け足で「12月のNHK俳句」と年末の風景

あっという間に年末です。今年はコロナ、コロナで大変な一年でした。春先にはここまで大騒ぎになるとは思っていなかったように。毎年、年末には、子供たち、孫たちと全員集合して食事会をやっていますが、今年は早々に中止することにしました。何も無いと寂しいですから、個別に(小人数)で会食をしようかと思ったのですが、年末にかけての感染の広がり具合から、これらも止めました。カミさんと二人でのんびりと年末年始を迎えようとしております。

 

 

12月のNHK俳句です。僕の備忘録です。お付き合い頂ければ嬉しいです。 

 

第一週、司会は戸田菜穂さん、進行役が宮戸洋行さん。選者は小澤實さん。凄いゲストさんが登場しました。チョビひげ、パンチパーマ、ヒョウ柄のシャツ、黒のスーツ。どう見てもあの筋の方にしか見えない。北大路翼さん。1978年生れの方。33歳の時に新宿歌舞伎町俳句一家「屍(しかばね)派」を立ち上げた。テキストではボウズ頭の写真が掲載されていましたが、TVではイメージチェンジして、更に迫力のある風貌で登場となりました。

 

今月の兼題は「嚔(くさめ)」。ゲストの翼さんの句。 

   次の嚔にポケットティッシュは耐えられまい   北大路翼

 

翼さんは、小学三年の時に種田山頭火の句に出会って俳句にのめり込んだそうです。 

    石に腰を、墓であったか   種田山頭火 

 

小澤さんが面白いと選んだ翼さんの句、 

   雪合戦顔に当てられたら怒鳴る   北大路翼

 

くしゃみ(嚔)を題にしての句、自分では作句しようとしても全くイメージが湧いてこなかったです。発想が貧弱なんですねえ。寂しい。實さんの特選三句です(記載の順番を一席からにしました)。

 

一席   くしゃみして蒼穹へ魂吸われむか  (そうきゅう、たま)

二席   全身の全霊の大嚔なり

三席   星一つ消し飛んでいる嚔かな

 

特選三句には選ばれませんでしたが、面白い句がたくさんありました。

     嚔してささる視線にまた嚔

     へっくしゅんちきしょーちきしょーへっくしゅん

     三十三間堂をつらぬく嚔かな

     じっちゃんの嚔放屁をともないて

     我が句想破壊す妻の大嚔

 

翼さんの近著「加藤楸邨の100句」の紹介がありました。翼さんの俳句の先生が今井聖さん、楸邨はその聖さんの先生になるとか。楸邨の一句、 

     生きてあれ冬の北斗の柄の下に   加藤楸邨

 

この本は、翼さんが楸邨俳句に熱く鑑賞を書いているものですが、この句のクダリを戸田さんが朗読しました。戦争の時代の句です。戸田さんに朗読してもらい翼さんが感激していました。”生きてあれ!”という言葉がホントに秀逸だと思います。次は「中村草田男の100句」を纏めようとしているとか。読んでみたいと思いました。四人で話が大変に盛り上がり、あっという間の30分でした。翼さん、見た目も印象に残りますが、中身も大変に面白そうです。

 

 

第二週、司会は武井壮さん、選者は対馬康子さん、ゲストに朝倉海さん。海さんは1993年生まれ、総合格闘家バンタム級の王者とか。武井さんは海さんがまだ全く無名の時代から交友があり、ずっと成長を見続けている由。いい兄貴分ですね。海さんは俳句はまったく素人とのことでしたが、句に対しての受け留め方が大変に想像力豊かでビックリして感心しました。

 

今週の兼題は「枯木」。特選三句です。

一席   手放すといふ安らぎに枯木立つ

二席   ゆるぎなき枯木へ星のオルゴール

三席   明日はなほ美しからん枯木道

 

この一席の句に対する海さんの鑑賞は「試合に負けた。悔しいけれど解放された気持ち。あとは練習に励むしかない、強くなれる」。特選には選ばれませんでしたが、面白いと思った句と海さんの受け取め方です。 

     眼差しの枯木の彼方なる光

「試合前の減量に苦しんでいるところ。その先の栄光を目指して」。

     夕暮れは優しき器枯木山

「苦しかった練習の帰り道、夕暮れに慰められているような」

ご自分でも「(俳句を読むと)いろいろと想像力が刺激されて楽しい」とのことでした。一流の格闘家はやはり感性が素晴らしく高いものだと思いました。

 

 

第三週、司会は岸本葉子さん、選者は西村和子さん。ゲストにまたまた浜口京子さん。

兼題は「山眠る」。春は「山笑う」、夏は「山滴る」、秋は「山装う」、そして冬が「山眠る」、中国の詩人の言葉だそうです。”なるほどなあ”と感心してしまいます。特選三句です。

 

一席   山眠る津軽海峡時化十日  (しけ)

二席   桑畑は拳振り上げ山眠る

三席   免許証撫でて返すや山眠る

 

特選には選ばれませんでしたが、面白いと思った句です。

     すれ違うバスも空っぽ山眠る

     山眠る野菜売り場がバス乗り場

 

選者の西村和子さんは、子育てで忙しい時、句会に参加できずに悶々としていたそうですが、友人と一日10句ハガキで交換を100日間続けたそうです。コロナで句会が開けない日々が続いているそうですが、ネット句会の紹介がありました。「夏雲システム」というのがあるそうです。

句会とほぼ同様に参加者が各自の句を投句する。システムで自動的にシャッフルされて一覧にまとめてくれる。それに対して選句するとまた自動集計して結果公開=特選、並選を抽出してくれると。西村さんも「簡単に使える、とっても便利」と絶賛されていました。

 

 

第四週です。俳句さく咲く!、先生は櫂未知子さん。生徒さんは常連の四名。宿題の兼題は、「数え日」「短日」「冬銀河」「山眠る」「湯豆腐」「寒雀」「千両」、そして自由3句。前回、最高点を取った武雅さんに、紗季さんが「あれがまぐれだったのかどうか注目」と鋭いツッコミを入れていましたが、今週も武雅さんが最高点でした。未知子先生も驚くほどの急速な進歩。先生が褒めていた武雅さんの句(8点)、

   鍋蓋を褞袍の裾で掴みけり   塚地武雅   (どてら)

 

生活実感が素直に詠まれていると評価されていました。そう思います。 

紗季さんの句で良いなあと思った句です。

   数え日や茶碗の傷を確かむる   桜井紗季

   短日の自転車を漕ぐ速さかな   同

   湯豆腐を崩れぬように移しけり  同

 

授業はその後、面白い「地名」を句に織り込んでみる練習、吟行では「はねつき」を兼題に、そしてミニ句会は兼題「セーター」。ここでも武雅さんがまた特選を取りました。二週連続の二冠達成です。

   弟が父のセーター着たりけり   武雅

 

もったいない句に、紗季さんの句が、

   セーターのほつれを直す月夜かな   紗季

 

これを居残り授業で、未知子先生から「『月夜かな』が重たすぎる。『かな』が強すぎて、上五中七の印象が薄くなる。もう少し軽くする方が良いのでは」と指導がありました。

   セーターのほつれを直す夜なりけり  添削例 

 

添削句を見ると”なるほどなあ”と思います。

 

今週の投稿句、兼題は「鍋焼」。特選句です。

   鍋焼きや並んで小さき老姉妹

 

番組の最後に1月5日締め切りの兼題が表示されていました。「公魚」。知っているはずなのに読みが出てこなかった。「わかさぎ」でした。江戸時代に将軍に献上されたので「公」の字が充てられた由。難しいですね。

 

 

12月27日、久しぶりに「居酒屋ヒデさん」にお邪魔しました。小人数でも外食は止めることにしましたが、これは特別です。楽しく歓談、例によってヒデさんの手料理を堪能させてもらいました。

写真を撮るのを忘れており、かなり食べ散らかした後に撮ったのですが、画面に出してみると、やはり、ヒデさんにはキレイな状態で撮っていなくて申し訳ないなあと。写真の掲載は止めました。今日の献立は、ローストビーフ二種、タレ三種類(グレービー、わさび、玉ねぎ)、エビとアボカドのサラダ、鯛三種(昆布締め、塩締め、普通に刺身に引いたもの)、ネギ焼き、キャベツのザワ―クラウト風、牡蠣のアヒージョ。お昼からビールとワインが美味しく頂けました。

昆布締めが美味しかったなあ。会社を卒業した時、博多の小料理屋さんで取引先の会長さんご夫妻と我々夫婦と四人で会食した時に出された料理を思い出しました。調理場に並べられていた各種の庖丁が長年に研がれてチビて短くなっていました。

 

 

12月29日、翌日からは雨から雪との天気予報が出ていました。この日はやや暖かく、年内の予定はほぼ全部中止にしていたので、気分転換にカミさんと二人で高尾山歩きに出かけることにしました。のんびりと9時ごろに出発。登山口の駅まで、神奈川の自宅から1時間チョットで着くことが出来るので気楽に行くことが出来ます。

 

f:id:hayakira-kururu:20210101114900j:plain

中間の展望台から。晴れた日には都庁、スカイツリー等々が見晴らせますが、あいにく、この日は曇りで見えませんでした。頂上からは、富士山も見えるのですが、やはり微かにしか分かりませんでした。京都トレイルのお陰か、膝の状態もそれほど重くはならず、帰路もケーブルカーを利用せずにチャンと歩いて下山出来ました。よかったです。

 

 

f:id:hayakira-kururu:20210101114944j:plain

千両を頂いたので、花瓶に入れました。赤と黄色がキレイです。

あっという間に大晦日。このブログを発信してから、のんびりとNHK紅白を見ようとしていましたら、また、PCトラブル。ネット接続が突如出来なくなってしまいました。大慌て。イロイロ工夫しましたが、やはり出来ず。諦めて、お酒を飲んで紅白を楽しみました(結局、新年早々に留守宅のネットサービスの会社にコンタクトして、解決することが出来ました。新年からのサービスに感謝です)。ややフラストレーションの残る大晦日でありました。

 

良いお年をお迎えくださいませす(註:と言っても、実際に発信したのは、元旦のお昼になりました。新年のテーマ=もう少しシステムに強くなりたい!)。

 

 

 

京都一周トレイル・東山コース、その3.


12月12日、土曜日に京都一周トレイル、東山コースの残りを歩きました。タイトルは”東山コース・完結編”にしようかと思ったのですが、”その3.”としました。もともとの東山コースというのは、京都伏見稲荷駅からケーブル比叡駅までの約25㎞で、これは1993年(平成5年)に開設されたコースなのですが、その後、2014年(平成26年)に、追加のルート=伏見・深草ルート(Fルートというそうです)が出来たそうです。今回、歩いたのはこの元々のルートの伏見稲荷駅から蹴上(一回目のスタート地点)まで。まあ、これで元々ルートは制覇したことになります。

 

例によって早朝に名古屋の隠れ家を出発、ドラゴン岡崎マンションに。防寒対策を更にしっかり準備したので荷物が多くなりましたが、三回目ともなるとだんだんと要領が良くなってきて、気持ちに余裕が感じられます。

”今日のコースは、今までで一番、距離が長いものの高低差はあまりない。ハイキング気分で歩くことが出来よう”とのドラゴン先生のご託宣があり、安心しつつも”低い山もナメタラアカン”と気持ちを引き締めて出発です。今回は、京阪電車に乗って伏見稲荷駅まで行き、京都一周トレイル・東山1.の標識からのスタートとなりました。

 

 f:id:hayakira-kururu:20201224103335j:plain

 

 伏見稲荷はご存じの通り、商売繁盛を願う神様。海外からの観光客が訪問する人気スポットのNO.1とのことですが、この時期、外人さんを含め観光・参拝者の姿はあまり多くはありませんでした。千本鳥居から奥の院に至る石段を軽やかに!?登っていきます。

今お世話になっている会社も毎年年初には幹部社員一同で参拝をやっています。今年の一月には、僕も参加させてもらって同じ道を登ったのですが、その時はスーツにネクタイ姿。石段が大変だったことが記憶に新しいのですが、登山靴にリュックのスタイルで登ると長い石段も屁のカッパでありました。出足、好調です。

 

f:id:hayakira-kururu:20201225105005j:plain

稲荷山「四つ辻」から奥の院の途中にある茶店です。いつもであれば、席に座れないほどの混雑ぶりですが、ゆったりしていました。「四つ辻」は絶好の展望場所で、古くは大阪城天守伏見城天守が見渡せた戦略的に重要な場所であったそうです。

 

この後、清水寺の清水山方面に。北に向かってひたすらに歩くのですが、山道から一旦下って住宅街を通ります。地図を見るとトレイルに適しているようななだらかな山並みが連なっているのに、”なんで一旦、住宅街に下りるルートにしているのか”理解が出来ませんでした。あとで案内解説書を読むと、この辺りには皇室の菩提寺、皇室の廟が点在しており、トレイル・コースを山並みに沿って設定してしまうと、コースから見降すことになってしまう。やはり、それはいかがなものかということで、住宅街を抜けることに設定されたそうです。なんとも京都、さすが京都の考え方かと。

 

清水寺は言わずもがな「清水の舞台」で有名。この木造の「舞台」は世界文化遺産に登録されているそうです。このトレイル・ルートには市街の各所からいろいろな登り道が整備されていて、どこからでも登り降りが出来るようになっています。至る所に聞いたことがある遺跡や文化遺産が点在していますから、その方面が好きな方には堪えられない素晴らしいコースかと。ドンドンと北上を続け、あっという間に、東山山頂公園、将軍塚のある青蓮院門跡大日堂に到着。京都を一望できる展望台が開けています。写真は、東山山頂公園の紅葉です。

 

f:id:hayakira-kururu:20201224103545j:plain

 

ここ迄来ると今回のトレイルのピークを越えたことになり、あとはどのルートで降りていくか。案内書通りに下山して山並みの北東側の蹴上に出るか、西側に下りて円山公園から知恩院、青蓮院を散策するか。ここでドラゴン先生からグッドアイデアが出ました。”よし、円山公園方面に下山するにしよう。円山公園に山側から入っていくのは初めてである”。確かに。なかなか機会の無いことに違いありません。

 

f:id:hayakira-kururu:20201224103821j:plain

円山公園に山側から降りてきました。昔むかーし、遠足で来た時には庭園と池が印象に残っていましたが、山側への広がりが大きく広いことに今更ながら驚きました。京都の景観が素晴らしいのは東山連峰を背景にしていることが大きな要因であることを実感します。

 

f:id:hayakira-kururu:20201224104044j:plain

円山公園から知恩院に。小学生の時、みんなで写生に行った時のことを思い出しました。懐かしい景色です。

 

f:id:hayakira-kururu:20201224104144j:plain

知恩院から青蓮院門跡。この手前に有名な「クスノキ」があります。京都市の天然記念物。樹齢、数百年とか。

 

伏見稲荷清水寺円山公園知恩院、青蓮院、いずれもビッグネームの名所巡りとなりました。お昼に近くのうどん屋さんに入りました。もちろん、”京都うどん”です。ケツネうどんではありません。ここまでで約4時間、10㎞強の道のりでした。三回目で体も馴染んできたのか、今日のコースが年寄りにも優しいコースであったからか、二人とも余力を残してのトレイルでありました。とにかく無事で何より。よかった、よかった。

 

 

京都の東山の山々を総称して「東山三十六峰」と言いますが、北は比叡山から南は稲荷山に連なる山並みです。三回のトレイルでほぼ制覇したことになります。トレイル後には、京都の市街地から東山を見る景色も違って見えてきました。なにやら嬉しい自慢気な気持ちになっています。

 

ドラゴン先生から渡された資料のなかに「京都東山の見かけ高さに基づく主峰視点領域の分布特性」という論文がありました(普通の人が関心を持たないような論文に興味をお持ちなんですねえ。面白い?)。岐阜大工学部の准教授が中心に研究されたもの。遠くから眺められる山頂と、山中に入って見える山頂(見かけの山頂)が異なることがあることに注目して、観測視点から山頂への仰角を指標として分類・分析した論文です。”何のためにこんなこと研究するんかいな?暇なことを勉強している学者さんもおるんやなあ”としか思えませんでしたが、読んでみるとそれなりに面白いものでした。

 

この論文の結語は「山辺の自然景観とそこに織り込まれた文化的景観との間に『比類なき調和』を創出している要因の一つとしての地形構造を明らかに」したと。東山連山は山中に入って見える”見かけの山頂”が多いのが特徴で、その地域に歴史的な寺社仏閣が密集し、人が南北に移動する参詣道が発達しているとか。今後は、山を意識した空間演出を調査して、それらと「主峰視点領域」との関係を考察したいとのことでした。やはり、分かったような分からないような論文です。論文に記載があった江戸時代の俳諧師服部嵐雪の句「ふとん着て寝たる姿や東山」が東山三十六峰をうまく表していると感心しました。

 

大発見が一つ!。東山三十六峰と言っても、昔は個々の山の名前を特定していた訳では無かったそうですが、近年では36の山の名前が決まっています。そして、その中の一つの山がナント僕の苗字と一緒でした。小さい山のようで、僕の持っている「京都一周トレイル・東山」の地図(1/25000)には表示がありませんでした(これはチト残念)。

 

 

東山コース・Fルートというのは、起点が更に南に下って、伏見桃山駅から今回の起点である伏見稲荷までです。次回、第四回目をやれば東山コース、完走(完歩)となります。10月から開始しましたが、毎月一回のトレイルを継続出来るとは思っていませんでした。嬉しい限りです。体も少しは馴染んできているように思います。継続したいものです。

 

 

昼食の後、ドラゴン岡崎マンションまでプラプラと歩きましたが、平安神宮前の公園広場で平安楽市が開催されていました。定期開催されている手作りの作品に限定した市。たくさんのお店が出ていて賑わっていましたが、だれもお客が立ち寄っていないお店があったので、二人で冷やかしに覗きました。「揺(ゆらぎ)」というタイトルで、青磁器を作っているおにいちゃん。キレイなぐい飲み、お猪口等々が並べられていました。一つ記念に買っても良いかと思い始め、参考までに作者のおにいちゃんの名前を聞いたところ、ナント、僕の名前と一緒でした。漢字も一緒。意味なく大変な盛り上がり、ドラゴン先生も参戦してくれて「二つ買うからまけといてえ」と大阪弁でなく名古屋言葉でもなく京都言葉?なのかを駆使した値切りの言葉が飛び出しました。「普通よりも既に値段をさげて出品していまーす」とやや悲痛な声が出ましたが、結局は、上品なオッサン二人に囲まれて気持ちよく値下げに応じてくれました。

 

 

f:id:hayakira-kururu:20201226121514j:plain


青磁のぐい飲み、作品名は「ホタル」。ドラゴン先生はお猪口を。作品名は「春雨」。柔らかーい丸身を持った三角の形です。見かけよりも重みがあり手にした時のバランス・感触が良いように工夫したとか。熱燗(僕は”ぬる燗”ですが)に良さそうに思います。

東山三十六峰には苗字と同じ山を見つけたし、青磁のおにいちゃんとは名前が一緒だったし、面白いことが続いたトレイル三回目でした。来年はこの勢いで「完結編」に挑戦したいものです。

 

 

おまけの料理です。

f:id:hayakira-kururu:20201226122030j:plain

 手羽先とジャガイモの揚げ焼き。ローズマリーの香りがイイですねえ。それとニンニクを皮ごと、大きなカケラを3-4個入れました。ホクホクで美味しかったです。手羽先は切込みを入れてタレに漬け込んでおいたものを揚げました。安くて美味しい!。2020年12月18日、料理と撮影。

 

読書日記・レシピのお話

 

12月12日に、京都トレイル・東山コースの残りのコース=伏見稲荷から蹴上までを歩きましたので「京都トレイル・東山コース、完結編!」を書こうかと思ったのですが、このところ同じパターンになっているので、「読書日記」を続けることにしました。千種図書館から「申し込みの本の貸し出し準備が出来ました」という通知が来るスピードが速くなっているように思います。有難いことなのですが、読むのが大変です。「早よう読まんかい!」とプレッシャーかけられているような。

 

貸出期間は2週間です。この期間に読み終えることが出来ずに続けて読みたいときには「延長」をお願い出来ます。他の利用者から「(借りたい旨の)申し込み」が入っていない場合は、その場で延長して貸してもらえます。2週間の延長でも読めない場合には「再延長」は認められません。いったん返却して、改めて「申し込み」を行う必要があります。他の利用者の「申し込み」が入っていない場合には、2-3日で「準備出来ました」の案内が届くようです。一人の利用者にダラダラと継続して貸すことにケジメをつけるやり方なのでしょう。 

 

プレッシャーを感じながらも読書の時間を持てることの有難さ。今回は、レシピに纏わる本のお話です。お付き合い頂ければ嬉しいです。

 

 

『口福のレシピ』、著者は原田ひ香さん。小学館、2020年8月初版第一刷。大正末期から昭和初めと現代を行きつ戻りつしながら、一族四代に亘る人間模様を描いた小説です。舞台は老舗の料理学校なのですが、そこに伝わる”豚肉の生姜焼き”のレシピが謎解きの材料に使われています。はい、小説なのです。小説とは全く知らずにリクエストしたので手にした時にはやや驚きました。

 

料理を物語の下地にした小説は「みをつくし料理帖」を読んだことがあります。大変に面白く読めた本でしたので、今回も楽しみに読みました。最近、小説は久しぶりです。文藝春秋芥川賞受賞作が毎発表ごとに掲載されますが、これは必ず読んでいます。残念ながら、最近は余りピンと来る作品に出会うことが出来ておりませんでした。

 

みをつくし料理帖」を書いたブログを埋め込んでおきます。懐かしいなあ。 

kururupapa.hatenadiary.jp

 

kururupapa.hatenadiary.jp

 

 ストーリー物なので、話の筋は詳しくは書かないようにしますが、各章のタイトルに料理に纏わる言葉が入っています。チョット「みをつくし」の組み立てと似ているかも知れません。タイトルがなかなかに面白いので記載しておきます。

 

「下ごしらえの日曜日」「月曜日の骨酒」「火曜日の竹の子」「水曜日の春菊」「木曜日の冷や汁」「金曜日の生姜焼き」「土曜日の梅仕事」「日曜日のスープ」そしてエピrローグが「あと始末の日曜日」。

 

「木曜日の冷や汁」の冷や汁というのは宮崎県の郷土料理です。日向に住んでいたころ美味しく頂いていました。この本の主人公は料理大好きの女性で、本業の仕事の傍ら、好きな料理のレシピをネットで発信しています、「冷や汁」のレシピに悩んでいる時に、仲間から「なんでもかんでも入れれば良いというモノでは無い、本物の冷や汁を作ってやろう」と教えられます。この仲間は四国・愛媛の出身の男性。彼の言葉に「愛媛の人に、冷や汁は宮崎の郷土料理だと言ってはいけません。嫌な顔をされます。」と。僕と同じく、冷や汁を宮崎の郷土料理だと思い込んでいた主人公がイロイロと諭される話に繋がっています。

 

京都トレイルをしている時に、京都市街にもお好み焼きの店が多いことに気が着いたので、ドラゴン先生に「京都の人も、大阪のお好み焼き、好きなんですねえ」と軽く言ったら、「京都の人は、京都のお好み焼きが好きなんですよ」と返されました。”たこ焼き”でも同じことおっしゃるのか次回、機会があれば聞いてみようと思っています。 

 

「下ごしらえの日曜日」というのは、大正末~昭和初めのお話に出てくる、もう一人の主人公で料理屋で働く奉公人です。ある時、お店の旦那さんから”セロリを調理をするよう”に頼まれた(当時セロリなんてものは日本ではほとんど見かけなかった食材です)。料理のイメージが湧いてこないなかで、昔、実家で蕗(ふき)の煮物を食べた時のことを懐かしく思い出して料理してみたら、それが、(お店の主人に)認められる切っ掛けになったというお話です。当時、東京で試験的に出始めていた西洋野菜が登場します。セロリ、カリフラワー、レタス、芽キャベツ、に当てられていた漢字名が書かれていますが分かりますか?(あとの方に答えを書いておきます)。

 

物語はハッピーエンドです。肩も凝らずにホンワカと読書を楽しめます。昭和の初めの料理学校のメニュー開発や調理の様子、そして、現在の料理学校事情、料理レシピ投稿の企画の一端も垣間見れます。

 

「口福」という文字は、筆者の造語かと思いましたが、ググってみたら、ちゃんとした言葉でありました。中国の言葉で、文字通り「とても美味しいモノを食べて口の中が幸せだ」「その時の満足感」を表す言葉だそうです。

 

 

レシピ繋がり、その2です。『英国レシピと暮らしの文化史』---家庭医学、科学、日常生活の知恵---、著者はエレイン・レオンさん、訳は村山美雪さん。原書房、2020年7月第一刷。原題は「Recipes and Everyday Knowledge---Medicine,Science,and the Household in early Modern England---」。著者は2006年にオックスフォード大学で近代史博士号を取得、医学・科学知識の変遷と生産をテーマに研究をしている方の由。

 

最初、「レシピ」の文字を目にした時は、てっきりイギリスの料理のレシピの本と思ったのですが(そして、美味しくないと評判のイギリス料理のことをよく本に書こうと思ったものだ、と面白く受け止めたのですが)、表題の通り”レシピ”とは本来、家庭医学・日常生活の知恵を代々取り纏めたものであることを理解しました。処方箋の「処方」が分かりやすい日本語になるのですかね。

 

17世紀のイギリス、大邸宅に住んでいる上流家庭の人々の間ではレシピ作り(レシピの収集も含めて)がブームになっていたそうです。料理に留まらず、醸造法、食料の貯蔵、園芸(珍しい品種の育て方、新しい品種の開発)、家庭薬、家庭での医術、物理の実験等まで多岐に亘るレシピ作り。レシピ帳はその一家に代々受け継がれる貴重な財産であった由。

 

筆者は残されている膨大なレシピ集を読み解き、名もなき歴史の担い手達が「家庭の科学」を纏め受け継いでいたことが近代科学の発展に大きく寄与したものとして評価しています。

 

17世紀のイギリスの大邸宅の主人達。もちろん大金持ちで、たくさんの使用人を抱えている訳ですが、何もしない・出来ない人たちでは無く、地主であれ、政治家であれ、役人であれ、実業界の人であれ、皆さん極めて実践志向が高い、物事への探求心が旺盛、職人・熟練工の気質とも類似点があるような人たちが多かったそうです。文字通り自分の城は自分で守る必要があった時代、情報の収集には大変な苦労があった様子。自分の一族に伝わる種々のレシピを整理し、それを基に、周辺の人々とのコニュニケーションの材料にしていた。新たな知識の習得にも役立つ。上流階級の社交の場ではお互いのレシピの交換が貴重な役割を果たしていたとか。

 

恐ろしい疫病を予防するケーキの作り方とか、肺病に効くカタツムリの水とか、壊血病にはザリガニの粉末とか、まがい物も沢山あったように感じますが、17世紀の中ごろには、当時の読書界(出版界)でレシピの書物が登場していたそうです。

 

以上、要約したものを読むと面白そうに見えるのですが、残念ながら、この本の意図するところが最後まで理解出来ない本でありました。イギリスのローカルな文化史として読めばいいのかしらと割り切りました。17世紀というとクロムウェルの独裁、王制復古、名誉革命権利の章典、科学の進歩、近代化への歩み、植民地、奴隷取引が盛んになった時代(全てググっただけです。念のため)。大変な時代背景に応じた記述というよりも、ローカルな大邸宅に伝わるレシピ集を解読・解説しただけのように思いました。やや、残念。

   

 

とりあえず、クイズの答えです。

セロリ=白芹(しろせり)、カリフラワー=花野菜、レタス=萵苣(ちしゃ)、芽キャベツ=子持ち甘藍(かんらん)、と書いてありました。もはや、漢字・日本語の方が分かり難いですね。

 

 

以下、おまけの読書日記です。読書日記というほど本の内容を記載しきれません。本の紹介です。

 

 

イギリス繋がりで、『大英帝国は大食らい』。著者はリジー・コリンガムさん。訳は松本裕さん。河出書房新社。2019年3月、初版発行。原題は「The Hungry Empire---How Britain's Quest for Food shaped the Modern World---」、2017年出版。398頁に亘る長い本です。二回延長して読めませんでした。三回目でようやく読了です。疲れました。副題に「イギリスとその帝国による植民地経営は、いかにして世界各地の食事をつくりあげたか」とある通り、15世紀から17世紀を中心にイギリス人が海を越えて冒険の旅に出て、そして、食料探求が大英帝国の誕生に結びついていることを克明に描いたものです。藤原辰史さんが巻末に解説を書いていました。「著者(イギリス人)が描く、大英帝国による食文化の伝播、食文化の攪拌、そして植民地への重い負荷=大英帝国の所業の暗黒面を余すところなく描いている、大変な”力業”である」と評価していました。

 

この本の著者、コリンガムさんは『インド・カレー伝』、河出書房2006年、文庫2016年。原書は2005年「Curry:A biography」を書いている方でした。隠れ家の本棚を探したら文庫版がありました。途中までは赤線入れて丁寧に読んでいたようですが、最後までは読み切れなかったような。コリンガムさんの”力業”には当時も苦労した様です。内容は覚えていません。もう一度、暇な時に読んでみようかな。

 

 

まだ、続きます。 戦後の日本社会をテーマに書かれた本、二冊です。「口福のレシピ」の時代は、大正末~昭和初め、そして、現在を舞台にしていますが、その中間にある決して忘れてはいけない日本の歴史を捉えた本です。両方とも重たい内容です。

 

『日本の長い戦後---敗戦の記憶・トラウマはどう語り繋がれているか』、著者は橋本明子さん、訳は山岡明美さん。みすず書房、2017年7月発行。原題は「The Long Defeat---Cultural Trauma,Memory and Identity in Japan」。著者の橋本さんは1952年、東京都生まれ。もちろん日本の方ですが、米国在住。米国で活躍されている社会学者です。オックスフォード大学出版局から原書が出版されています。2015年発行(戦後70年の節目の年ですね)。

 

筆者は、日本、イギリス、ドイツでの生活を経験されています。日本語版への挨拶に「負けた国がそのトラウマを乗り越え、回復するためには、長くて複雑な克服作業が(日本だけでなくどの国でも)必要である」「敗北の記憶は---十分な総括がなされないまま次世代のアイデンティティを揺るがしている」と認識して、敗戦の記憶を「①美しい国の記憶=英雄として、②悲劇の国の記憶=被害者として、③やましい国の記憶=加害者として」捉え、これらが混在し相容れず、それぞれ深く刻み込まれていると考えています。日本が「普通の国」=戦争遂行能力を備えた国になるか否かの時、それぞれの記憶が①ナショナリズム、②平和主義、③国際協調(和解)主義に展開していることを丁寧に説明しています。著者ご自身の主張は出来るだけ抑えながらの議論展開です。

 

訳者あとがきには、”原題をそのまま訳せば「長い敗戦」となりますが、日本語として「戦後」とした”との記載がありました。翻訳も大変にこなれているように感じました。僕たちの世代は「戦争を知らない子供たち」ですが、だから逆に「敗戦」を背負った状態がずーと続いているように思います。「終戦」と言われていないのも好感が持てるように思います。「敗戦」に感心のある方には、是非、ご一読をお薦めします。

 

 

二冊目です。『貧困の戦後史---貧困の「かたち」はどう変わったか---』、著者は岩田正美さん、1947年生まれ、日本女子大名誉教授の方。筑摩選書。2017年12月第一刷。敗戦直後の貧困から、復興~経済成長~「一億総中流社会」の中での貧困、さらには「失われた20年」と貧困。概して「貧困」は増減で語られるが、その時代・社会により異なる貧困の「かたち」の変遷を書いた本とのことです。貧困の「かたち」「形態」は理解出来ますが、やはり、このテーマは”そやから、どないすんねん”というところが触れられていないと”なんのこっちゃ””なに言いたいねん”と突っ込みたくなってしまいますね。やや辛口のコメントでした。

 

 

「レシピのお話」から芋ずる読書で英国繋がりと日本の戦後・貧困のお話でした。お付き合いありがとうございました(チョット長すぎますね、反省してます)。

 

 

おまけのおまけ、レシピ繋がりの本をもう一冊(反省しながらシツコイですね)。『きょうから料理上手』、著者は山脇りこさん。家の光協会、2018年11月、第一刷。副題に「コツがわかるから自身がつく、きほんの10皿とアレンジ50」。レシピ本そのものです。副題の通り、基本を押さえて、その展開料理を紹介されてます。面白いことに基本の10皿の一番最初が「豚肉のしょうが焼き」でした。「口福」では西洋料理のポークジンジャーをどうすれば日本の家庭料理に出来るのか、そのレシピ作りに苦しむのですが、この本ではすっかり日本の料理になっていることが良く理解出来ました。”リンゴのすりおろし”は味付けの材料として記載されていませんでしたが、この本はイロイロと参考になりそうだと思いました。

 

 

  f:id:hayakira-kururu:20201216152904j:plain   f:id:hayakira-kururu:20201216152948j:plain

名古屋市千種区、星が丘テラスのクリスマスイルミネーション。左側は、椙山女学園大学生活環境デザイン科の学生さんのコラボ作品です。ミニチュアハウス全82作品、テーマは「夜明け前」。コロナを夜に例え、夜が明けることを願った作品だそうです。2020年12月9日、撮影。

 

おまけの料理です。
 f:id:hayakira-kururu:20201216152718j:plain

 収穫した野菜を使って。左;カレーライス。ジャガイモ、ニンジン、ピーマン中心に、ルーを入れ過ぎてドロッとなり過ぎでした。残念(味は僕には問題ありませんでした)。右上;ブロッコリー明宝ハム炒め+焼き海苔を加えて。右下;ニンジンきんぴら風、すりごまをたくさんかけました。ジャガイモ、ニンジンが農園で収穫した野菜です。202012月14日、料理と撮影。