クルルのおじさん 料理を楽しむ

先輩

僕が最初に勤めた会社は世に言う「総合商社」で、関西・繊維系、最近でも極めて存在感のある会社です。今でも個性的な方が多いと思いますが、僕の先輩にもユニークな方が沢山いらっしゃいます。その最たる方のお一人が「炒り豆腐の思い出」それから「私の本棚」の欄でも出てくる当時の課長さんです。

 

この先輩は課長であったころ「ゴルフは本を読めば上達する」という固い信念を持たれていました。「そんなアホな、本読んで上達できるんやったら世話ないわなあ」というのが僕も含め周りの反応でした。信念の人は強いのです。本を読むからには徹底して読む。「10冊、20冊ではダメだ。100冊の本を読めばゴルフの全てが分かる。100冊だぞ!」と言われても凡人の僕にはピンと来ませんでした。

 

結果を先に言いますと、後日、この方は本当にシングルプレーヤーになってしまったのです。有言実行の方ですから、確かに100冊以上のゴルフの本を読まれたのでしょう。但し、この方は会社人として最高の立場にまでなられた方ですから、お仕事の上でも沢山の回数をプレイをする環境に恵まれた。それで結果的にシングルになれたのだ、というのが専らの解釈です。

しかし、僕自身、単身生活になってからはプレイの回数だけで言えば多分負けないくらいのラウンドをこなしていると思うのですが、あいかわらず、シングルにはほど遠い状態。ついつい100冊の本の威力を信じてしまうような気持になります。「僕はそこまで本を読まなかったからかなあ」なんて弱気になってしまうわけです。冷静に考えれば、もっと妥当な理由は、単純に運動神経、練習量、上手くなろうというガッツの問題があるのでしょう。

この先輩は第一線を退かれた後も、執筆活動、講演活動を精力的にこなされています。少し前に,「これだけたくさんの本を出されたのだから、次は、ゴルフの本ですねえ」と冷やかし半分に言ったつもりが、ご本人はかなり真剣に 考えられているようでした。・・・本当に出版されたら一体誰が買うのでしょうかねえ(影の声)。

 

料理の本を読み始め、料理を自分でやるようになってから、時々、この先輩の当時の話を思い出します。「よしっ、それなら僕は料理本を沢山読んで料理の名人になろう」なんて思ったりして。今でもこのコンセプトは密かに温めているのですが、ある時、家族に話をしたら場にシラーとした鳥が飛んでいるような気配になりました。だがしかし、偏屈な天の邪鬼からすると、近年の調理器具の発達、調理インフラの大幅な改善、材料の扱い易さ、等々の技術進歩を冷静に勘案すると、あながち頭から否定されるものでは無いと思うのです。

「料理は頭で創るもの・・実技は後からついてくる・・」てなタイトルで日野原先生のようなインパクトのある方が本を出せば結構いけそうに思うのですがね。

 

これを書いている時に、何んと、僕のブログに対して初めての書き込みを拝見致しました。それも二人の方から。数行のコメントとは言え、ちゃんとした感想・ご意見・励ましの言葉で感激しました。

もともと反応を期待して書いている訳ではないはずですが、やはり、反応があるのは嬉しい。自分の予想を超えるくらいに嬉しい、気分が高揚している。

野球、サッカーのヒーロー選手がインタビューで大きな声でフアンの方々に「ありがとございまーす、応援、よろしくお願いしやーす」と言ってますが、余り好きではありません。プロがファンに迎合したらアカン。長嶋茂雄はそんな挨拶はしてなかったぞ。もっと自分に自信をもって孤高をつらぬけ、と言いたくなるのですが、何のことは無い、二人の方からメッセージを頂いただけで「宜しくお願い致します」とヘラヘラと喜んで反応している次第であります。

 

執筆活動を続けておられるこの先輩の本はベストセラーにもなっています。ほとんどが企業経営、政治経済についてですが、エッセイのような本もあり、若い時の本の読み方についての記載がありました。「傍線を引き、これっ!と思うところはノートに書き写していた」そうです。そんなノートが何冊もあり、最近、たまたま見つけて懐かしく思った由。へえー、このおっさんでもこんな工夫・努力しながらチャンと読んでいたんだ、と妙に納得、安心したのを覚えています。はい、僕も赤ペンで傍線を引きまくりながら読んでいます。書き込みも一杯してしまいます。だから読んだ本を人にお貸しするのは恥ずかしです。残念ながらノートは付けておりません。

この先輩は、ベストセラーの本を含め多くの本の印税収入を全て寄付に回されています。「名誉とカネのためではない。自分の書きたいことを書くために寄付に回すんだ、俺は読者にも迎合していないぞ」(註:これは僕の全くの独断の解釈です)との大先輩の矜持が読み取れるようで楽しいです。

昭和のおじさん世代から言うと、こういうのが COOL! かな。

 

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                ・・・・2016年10月14日、彦根城、朝7時ごろ

 

 

ちょいと良い話

僕の単身マンションは、名古屋駅から地下鉄で20分ほどの駅の近くにあります。所謂、文教地区かと思います。チョット奥に入ると閑静な住宅街、駅の近くはコンビニ、スーパー、本屋サンを含む商店街があります。商店の中には、フランス人(と思われる)ダンナさんがやっているパン屋さんがあります。近隣の町からもお客さんがワザワザ買いに来る評判のお店です。このご家族が偶然同じマンションの住民で、最初にエレベーターでご一家とお会いした時には、それだけで嬉しく思いました。奥様は日本の方ですが、子宝に恵まれていらっしゃって、それはそれは可愛いいフランス人形のような女の子もいらっしゃいます。また、ご長男(と思いますが)の子は将来アランドロンのような映画俳優になるかと思わせるような。たまにエレベーターで一緒になる時、見ていてこちらも楽しくなるようなご家族です。

 

このマンションは安全管理がよく出来ていて、入り口は二重扉、自分でカギを持っているか、または、訪問するおうちの方に開錠してもらわないと入れない構造になっています。二重扉の内側に新聞ポストがあり、このポストの扉も同じ鍵で開閉するようになっています。マンションの入り口の鍵、ポストの扉の鍵、自分の部屋のドアの鍵が一つで全てこなせる様になっている訳です。

先日、出張に出る時(後で、荷物も多く時間も急いていたからと反省したのですが)新聞を取り出した後、ポストの扉に鍵をぶら下げたままマンションを出てしまいました。本人は全くそのことに気が付いておらず、出張先でこのマンションの管理会社の方から電話を頂いてビックリ。

「鍵がポストにぶら下がったままになっていますよお」。僕は、電話の方がその時にマンションにいるものと思いましたから、

「今、出張で出ているので、鍵を預かっておいて頂戴」と言ったところ、

「いえいえ、マンションの住民の方から管理事務所に連絡があったもので、私は事務所にいるので取り行けない。まだ、ぶら下がったままのはずだから、早く、自分で回収するように」と冷たい(当たり前の)返事。

「そんなこと言っても、単身住まいで、今日は家族は来ていないし、本人は出張で明日の夕方まで不在。治安上問題だろう。なんとかならないのか。住民が困っている時に助けるのが管理会社の役割だろう!!」と逆切れして、親切な事務所の方に食って掛かる始末。言ってしまった途端に自らの身勝手な屁理屈・言い分に恥ずかしくなりました。この方は大変によく出来た方で僕のそんな言い分に声のトーンを荒げることなく冷静に、

「何か出来ることがあるか考えてみます」と収めてくれました。

電話を切った後、少しは冷静にどう対応したらよいのかを考えました。

スペアの鍵は留守宅にある。仕事を早く切り上げて留守宅に立ち寄り鍵をピックアップして日帰りで帰る。よし、これしかない。うーん、ちょっと待てよ。会社にもスペアの鍵を置いてなかったかな?。会社に電話を入れ、事情を説明して探してもらいましたが、スペアの鍵は無し。やむなし。やはり出張を日帰りに切り上げ、とにかく急いで帰って回収しよう。

お昼前、また、管理会社の方から電話がありました。

「まだ、鍵がぶら下がったままですよお。どうしますか?」のんびりした問い合わせです。

「出張を早めに切り上げて今日の夜には帰ることにした。それまで、どうしようもない。鍵を取られないことを祈るのみですよ」と言いましたら、

「いえいえ、今、私はマンションのポストの所にいて目の前に鍵がぶら下がっているのです。どうしますかあ?」ということでした。

”あほかお前は、それを早よ言わんかいな”、流石に、これは口には出しませんでした。スペアの鍵は留守宅で入手出来ることを説明して、相談した結果、鍵をポストに入れてもらうことが安全・簡単な受け渡しの方法だと意見が一致。ホットしたところです。

その後、会社で心配している連中に安心してもらおうと電話を入れたところ、担当が”とにかく現場に行って対応を考えてみる”とマンションに向かっていることが分かりました。有難いやら、申し訳ないやら、すぐに連絡を取って戻ってもらいました。駆けつけようとしてくれたことがすごく嬉しかったです。

お陰さまで、その日は、もともとの出張を予定通りこなし、夜は一安心してお酒を美味しく頂きました。翌日の夕方、マンションに帰り、ポストの中の鍵を確認。お礼とお詫びの電話を管理会社に入れました。どなたが通報してくれたのかを問い合わせたところ、

「連絡は二人の方からあった。個人情報の問題があるので名前は言えない」と筋の通った話。部屋番号だけを教えてもらいました。手元にあった若干のお茶・菓子を包んで、順番に回りました。一件目はすぐに出てきてくれました。優しい親切そうな奥様で無事に鍵を回収できたことを喜んでくれました。二件目はドアのチャイムを鳴らしてもなかなか反応が無く、お留守かと引き返そうとした時にドアが開きました。フランス人(であろう)パン屋さんのご主人でした。経緯を説明しようとしたもののキョトンとした顔で、そりゃこんな話を日本語で説明されても”なんのこっちゃ”と思うでしょう。困ったなあ、と思ったときに、奥の方から、奥さんの声が聞こえてきました。

「そうなんですよ。鍵がついたままだったので、電話いれたんですよお」と言いながらアランドロンのお兄ちゃんとフランス人形の女の子と、もう一人、赤ちゃんを抱きながら顔を出してくれました。皆さん良い表情でニコニコ笑って無事鍵が回収できたことを喜んでくれました。僕も、ちゃんとお礼に回ってよかったなあとほんわかとした楽しい気持ちになりました。

 

通報の電話を入れてくれる、事務所からわざわざ出向いて鍵を確保してくれる。「ひと手間」をかけるか・かけないかの話ですが、困った時、自分の周りに「ひと手間」をかけてくれる方がいらっしゃるということは本当に嬉しいなあと思いました。

 

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・・・フクロウ・・・福郎・・・ひと手間かける人に福が来ますように。

 

 

 

男おひとりさま

 「おひとりさまの最後」と言う本が話題になっています。著者は、上野千鶴子さん。東京大学の名誉教授。この16年間「おひとりさま」の老後と介護を見つめ続けていらっしゃるとか。申し訳ないですが、僕はまだこの本を読んでいません。週刊誌に特集記事があったものからの抜粋・要約です。

 

一人で在宅で死んだら「孤独死」と言われることに対して「大きなお世話と言いたい」とおっしゃってます。逆に「家にいたい」は年寄りの悲願である。在宅で死にたい、と思っている高齢者は五割を超していると。

「在宅ひとり死」を実現させるための条件を明確に提示され、そのための啓蒙活動をされています。1948年のお生まれ(女性には珍しくプロフィールにはっきりと記載されてます)ですから、僕よりもちょっとだけ先輩になります。お写真を拝見するとイキイキとした表情をされています。
 

驚いたのは、高齢者の独居世帯率が25%あるということ。非婚の方に加え、既婚者の死別・離婚による独居を合わせると四世帯に一世帯が独居だそうです。単身赴任も実質的に独居に入るでしょうから、僕のような生活をしている方を含めるともっと比率は高くなるのでしょう。

 

「三つの介護力がなければ独居は出来ない」由。食べること、出すこと、清潔を保つことの三つの力。食事介護、排泄介護、入浴介護となります。僕はまだ三つとも自分自身に対する介護力があるので単身生活が出来ているんだ!ということを改めて認識し、納得させられた次第です。

 

料理を楽しむ・・・美味しい料理を食べる、自分の食べるモノを自分で料理する、料理の本を読んで食べることを楽しむ・・・ことを通じて、自分自身に対する食事の介護力を維持して「おひとりさま」の生活を元気に続けたいなあとしみじみと感じました。

 

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 ・・・沖縄のシーサー、元気に単身生活を続けられますように、魔除け・・・

 

ここまで書いてから、たまたま、上野さんの本を見つけたのでチャンと買って読んでみました。題名は「男おひとりさま道」。章の見出しを見るだけでも何をおっしゃりたいかが分かりそうな。「男おひとりさま」にはかなり耳が痛い内容で、かつ、解説の田原総一郎さんが記載されてますが、「手厳しいだけではなく「男ひとり者」にとって大いにためになる、また、何んとかやっていけそうだという自信を付けてくれる書」かと思います。

第一章「男がひとりになるとき」以下「下り坂を下りるスキル」「よい看護はカネで買えるか」「ひとりで暮らせるか」、そして最後の第5章は「ひとりで死ねるか」と続きます。「男というビョウキ」というクダリがありますが、「自分の弱さを認められないのが男の弱さだ」と。それを「男というビョウキ」と表現されております。はい、多分、全くその通りなのでしょう。

この本は、上野さん著の「おひとりさまの老後」から冒頭に記載しました「おひとりさまの最後」の中間に書かれた本です。ご自分で「男性の方が老いを受け入れにくいような気がする。なぜだろうか?」との観点から書かれたと。

 

ちょっと茶化して言えば、僕の結論は「やはり、男の方がずうーとシャイだから」。また、オンナの名誉教授からとやかく言われるのは、それこそ「大きなお世話や」と言いたいところですが、なにせ男というビョウキの身ですから、ここは謙虚に上野先生が提示されている「男の七戒」と「「男おひとりさま道10カ条」とを頭に入れつつ、シャイな自分を奮い立たせ、改めて、料理を楽しんで「単身おひとりさま」の生活を充実させたいなあと思っています。

 

たまたまが続きますが、本日(10月12日)の日経に、「おひとりさま」食品花盛り、というタイトルの記事がでてました。内容は「個食化」対応の商品・サービスの記事ですが、日経が「おひとりさま」という見出しを使っていることに面白さを感じました。

上野先生、今年の流行語大賞は決まりかな?!。

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 2016年10月16日、日本経済新聞

ごちそう様が聞きたくてvs単身おじさんの朝ごはん

件の図書館で借りた料理の本の一つが「ごちそう様が聞きたくて」、「もう一度、ごちそう様が聞きたくて」という本でした。栗原はるみさん。当時は全く初対面の方でしたが、その後、日本の料理研究家のなかでも人気最高ランクの方だと認識しました。NHKの料理番組にもよく登場されている。何より、お料理を紹介されている時の表情が良い。お顔を見ているだけでも料理が美味しそうに見えてくる。また、この方の生き様がそのまま料理のレシピに表現されている素晴らしい本だと感じました。

 

僕の場合「料理を楽しむ」というのは、まず「料理を食べること」です。それから、単身生活になってから「料理をすること」が加わりました。それと同じく「料理の本を読んでいる」ということがあります。料理の本を、夜寝る前のひと時、ベッドの中で読むことが多くなりました。夜寝る前に料理の本を読んでいる(見ているだけかも)と、食べることが大好きな僕はそれだけで幸せな気分になります。これは脳を安らかにして楽しい安眠を誘導する「クルルのおじさん健康法」とでも言えるのではないかと密かに自負しています。

 

「料理をする」ということですが、「ごちそう様を聞きたい」というのが料理をする大変に大きな動機・モチベーションかと思うのですが、僕は単身赴任生活ですから、普段は「ごちそう様を聞きたくて」料理をする訳ではありません。基本は「自分が食べたい料理・自分が食べるための料理」です。

最近、特に「朝ごはん」はしっかり家で食べたいと思って、かなりの頻度で実行しています。忙しい朝ですから家で準備して食べなくとも、コンビニでおにぎりかサンドイッチを買う、喫茶店でモーニングサービスを食べる、駅の立ち食いの食事を取る・・・はい、これがかつての僕の単身朝食のパターンでありました・・・いくらでもやりようはあります。また、最近、早朝出勤を奨励している会社では、会社で朝食サービスも完備しているとか、とにかく、外でお値段・利便性・内容も大変に充実した朝食が提供されています。しかし、天の邪鬼の僕としては「朝ごはんだけでもしっかりと自分で準備して家で食べたい!」と意固地に考えるようになっています。

そうなると、課題は「継続できるの?」。どうすれば、単身赴任のおじさんが自分だけのための朝ごはんを自己満足出来る程度に継続出来るか?ということになります。

理屈で納得出来ないとなかなか動けない性格なので、今の心構えとしては、

その1.時間が無い!とあきらめない。やれば出来る!と信じ込む。朝の忙しい時間ですから、とにかくスピード勝負です。早く食べる状態に出来るよう準備出来ることは準備しておく。

その2.自分で自分の作る料理に飽きがこないように工夫する。食べたいと思わないとあほらしくて準備するモチベーションが持続できる訳がありませんから。

その3.その反対に完全は求めない。ご飯、オカズ、みそ汁、漬物が朝食のフルコースとすればフルコースは求めない。自分が満足出来る限界まで手間のかかるものは削ぎ落とす。でもチョット工夫して自分がやったことの成果を楽しめるようなものにする。

てなところでしょうか。まあ、何んと大げさな。朝ご飯一つ作るのにうるさいことか。

 

その1.は牛丼の吉野家さんのスピード感が大変に参考になります。9月の日経の「私の履歴書」に吉野家H会長の安部さんが登場されてました。「うまいよ、やすいよ、はやいよ」がキン肉マン時代からの吉野家さんのフレーズですが、この「はやいよ」を実現するための努力は凄いものがあります。ストップウォッチを持って、一つひとつの動作を極める。一切の無駄を排除している。板前さんが目の前で魚を捌き、寿司を握るのを見ると感激しますが、牛丼の作業のスムーズさも美しいと思えます。更に、現場での作業のスムーズさの基になる原料手当てからの仕組みも凄い。「うまい」の戦略は細部に宿るそうです。僕の朝ごはんと何の関係があるのかと云うことですが、朝ごはん一つでも段取りが大切なことかと。朝ごはんの仕組み作りを構築するというのは意外と男性的な企業人的な論理的思考が必要とされるのではないかと。理屈を述べる昭和時代の悪い癖です。

その2、その3は具体的に説明する方が分かりやすいかと思います。別途、メニュー・レシピを例にとりながら紹介したいものです。とりあえずは、最近の定番になっている・・・と言っても毎日同じものは避けていますよ・・・「温泉玉子のっけ納豆・しらすご飯、お味噌汁とお茶付き」の朝ごはんを紹介させて頂きます。やもめの兄貴が見てくれて自分でやって喜んでくれたら嬉しいなあ。

 

トアル日の朝ごはん。和食編です。朝起きて歯磨き洗面をして台所に入ります。

1.冷凍庫のご飯を取り出しレンジに入れる。ご飯は一膳分をラップして冷凍してあります。2分強でホカホカのご飯に。同時に、ヤカンにお水を入れて火にかける。湯沸かし専用の電気ヤカン。これも2分程度で沸騰する。

2.冷蔵庫から納豆を取り出す。納豆は、前日に開封して容器に混ぜてあります。しらすを冷蔵庫から出しておく。これも一食分をラップしてあります。インスタントの味噌汁をお椀に開ける。粉末茶を湯飲み茶わんに入れる。

3.卵を割って容器に入れる。黄身の頭に爪楊枝で穴を開け、ふんわりとラップする。ご飯のレンチンが完了したら、その後すぐにレンジに入れ40秒レンチンする。暖かいご飯を茶碗に入れる。ラップの熱に注意!。納豆をダアっとのせる。その横にしらすをのせる。

4.お湯が沸いたら、お椀と湯飲み茶わんに注ぐ。

5.卵のレンチンが終わったら(上手くいけば温泉玉子状態になっています。失敗の時は目玉焼き状態になってます。時には破裂してレンジの中に飛び跳ねていることも、この時はあきらめましょう。)温泉玉子をご飯・納豆・しらすの上に乗せて完成。台所に立ってから完成まで最大10分以内を目指しています。

黄身を崩しながら、好みでお醤油をちょっと垂らして頂く。旨い!。

以上が、「温泉玉子のっけ納豆・しらすご飯、お味噌汁とお茶付き」の朝ごはん。これに、浅漬けのお漬物、または、韓国のキムチ等を添えれば、僕としては、ほぼ完璧。吉野家的作業にも負けないスムーズさ!。上手く時間内に出来上がったときは、今日一日、きっと仕事も何もかも上手くいく!と晴れ晴れとした気持ちになります。お試し下さいませ。

 

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 2016年5月、ハワイ。ダイアモンドヘッドを望む。晴れ晴れとした気分!。

 

続・料理って

「おいしさの人類史」という本を読みました。著者は、ジョン・マッケイドさん。アメリカ人のジャーナリスト。ピューリッツア賞を受賞。邦訳版は2016年2月に初版発行。(訳者は中里京子さん、原題は TASTY・・The Art and Science of What We Eat)

日本の「割烹」がフランスの「キュイジーヌ」より人類史的に捉えても数段上の料理哲学であることを再度、確認できたと感じました。以下、そのくだりの抜粋・要約です。

 

「1930年代の調査で、200万年前の遺跡から人類の最初の道具が発見されている。叩きつけて割ることにより表面を平らにした石器。食物を叩き砕くのに使われたと推察される。その後、更に道具作りは進化。食べ物を切り刻む、削いだりすることが出来るようになった。当然、最も明らかな用途は動物の解体である。その遺跡には、石器とともに、切り傷や叩き傷のついた動物の骨が発見されている。

これらの道具を使うことにより、食物は口に入る前にすでに部分的に消化されるようになった。もはや、四六時中、食物をかみ砕き続ける必要はなくなった。

・・・・・

そして「火」が登場した。」

 

以前に記載した通りですが、日本の「割烹」=「割」は割り切ること、「烹」は火を用いて煮たり焼いたりすること。フランスの料理「キュイジーヌ」は加熱すること。ですから、人類史的に考えても、これは日本の「割烹」の圧勝ですね。

 

また、最近の中日新聞の記事に、

「沖縄のサキタリ遺跡で、世界最古の釣り針が出土。旧石器人は釣りをしていた」

というのがありました。後期旧石器時代は、今から約2万3千年前とのこと。遺跡からはシカやイノシシなどの動物の骨に加えて、オオウナギや沖縄の飲食店で刺身として出されるイラブチャーの骨、さらには上海ガニの仲間のカニの爪も出土したとか。

「意外とグルメな食生活?」沖縄県立博物館の主任さんは「現代の私たちと同じようなものを食べて、同じようにおいしいとおもっていたのでしょう」と笑顔のコメントをされていた由。

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なんとも微笑ましく楽しい発掘調査の記事です。ちなみに、年代の特定は、地層に含まれる複数の炭を放射性炭素年代測定で分析して行うそうです。緻密に地層を確認していることで、年代の測定値の信用度が高いと。

2百万年前に、「割」を自分のものにし、そして、火をコントロールして「烹」の技を取得。その後、2万3千年前の時代には、すでに、グルメな生活を楽しんでいた?なんて想像すると、益々、日本の「割烹」は世界一!と楽しくなってしまいます。オリンピックで日本の選手がメダルを取った時に、夜中でも、一人で大声をあげて歓声を上げるような気持ちですかね。

 

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 2016年9月25日、名古屋市平和公園にて。久しぶりの快晴。

台所

  

小さい時には、台所に入ったことが無いくらいでした。また、自分でリンゴの皮を剥いたことも無い。ましてや自分で料理をするなど考えたこともありませんでした。学生時代はずっと親元から通っていたし、会社生活では独身寮で食事付き、結婚後は料理の上手なオカアサンに全てお任せ。

前にも書きましたが、自分のカミさんのことをオカアサンと呼ぶのはいかがなものか、とのご指摘もありますが、日本のかなりのご家庭では家族の一番年下さんの目線で、家族を呼称することが多い。長男をつかまえて「オニイチャン」と言い、長女は「オネーチャン」となる。自分の親は「オジーチャン」、「オバーチャン」。我が家では、子供に恵まれて以降、ずっと、カミさんは「オカアサン」です。もっとも、最近になり夫婦の会話を増やすべく努力するようになり、その場合は、ファーストネームで呼ぶことが出来るようになってきました。「xxさん」とサンを付ける。決して呼び捨てにはしません(出来ません)。

 

小さい時には、台所に入るとおばあちゃん(本当の僕の祖母)からいつも怒られました。「男が台所でうろうろするものではない!喝っ!」てな感じでありました。まことに明治の女性は凛々しくあられたと思います。

かなり前、寝込んでいたおかあさん(僕の母親)と珍しくしんみりした話をする機会がありました。おかあさんが亡くなる半年ほど前のことかと思います。この時に漸く謎が解けました、なるほどと得心がいったと思いました。要するに、当時の我が家はかなり貧乏をしていたようです。おばあちゃんは、明治オンナでむちゃプライドが高かった人でありましたから、万が一、孫が米びつでも開けて食べ物が乏しいことに気付いてしまったらご先祖様に申し訳ない、ご先祖様に顔向けが出来ないと思っていたのであろうと。

とにかく料理を自分でするものという概念は、僕の頭の中には、一切なかったのです。

 

必要は発明の母、「きっかけ」を大切にする気持ち、年をとっても新しいことにチャレンジする勇気、やればキット出来るという思い込み、イロイロと講釈出来るのですが・・・昭和のおじさんは理屈を付けたがります・・・とくかく、漸く料理に興味を持ったのは、前述の通り、50代で単身生活をするようになってしばらくしてからのことだった訳です。

 

僕がこのブログで紹介出来ればいいなあと考えているのは、独りで生活している方に、年齢的には、僕とほぼ同世代=高齢者を対象にしてのレシピ、料理、食事、食です。

ちなみに、後期高齢者という言い方は良くないと日野原先生はよくおっしゃっています。「新老人」だと。新しい老人。愛し・愛される、創めること(はじめること、と読みます)、耐えること、この三つが新老人にはとても大切なことだそうです。

 

僕には三歳年上の兄がいます。昨年(2015年)の10月に奥様が死去されました。大変に仲の良い素晴らしいご夫婦でした。兄は、僕よりも更に典型的な昭和の企業戦士で、公認会計士の二次試験を合格した上で最大手の生命保険会社に入社、もっぱら資金運用・融資畑で辣腕ぶりを発揮。退任後は、自分の事務所を立ち上げ、経営コンサル・会社の新規上場のアドバイザー的な仕事をしています。僕以上に自分で料理することが無いタイプだった訳ですが、奥さんを亡くした後、さすがに、少しは台所に立つ機会も出てきたと。今年の初め、僕の単身マンションに泊まってもらったとき・・・僕たち兄弟は大変に仲のよい兄弟です・・・僕の蔵書!にビックリ。食と料理の関係の本が山と積まれていたからです。この時に、僕は、お互いの人生で初めて、兄に得意な料理を振る舞ったのですが、大変に喜んでくれました。喜んでくれたことが、僕にとっては、大変な喜びでした。

60歳を超えたおじさん(おじいさん?新老人!)二人が、マンションの一室で二人だけで家メシ・手料理を食べている。普通に想像するとかなり気持ちが悪いシーンかと自分でも思いますが、意外とオトコどうしで健全な前向きな話で盛り上がりました。

 

家族(家内、子供たち)が喜んでくれるのとは、また違った新鮮な喜びでした。料理は人と人を柔らかく繋いでくれるものと思いました。

 

・・・蛇足の補足:高齢者対象と書くと若い方が見向きもしなくなるよとアドバイスを頂きました。年齢・性別を問わず、一人分の料理には参考になるはずですので、是非、見てください。・・・

 

・・・最近、気にいってるCD;ヴァレリー・アファナシェフ、オマージュ&エクスタシー、1996年録音・・・

 

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図書館

 辰巳芳子先生のレシピを紹介しようと思い久しぶりに「展開料理」を開けました。「肉料理・鍋にポトフがある幸せ」の欄に、すごいコメントを再発見。以下に引用します。

 

「結婚してもよい条件というものがある。生命の場に必要な条件。八十歳の観察。

1.人の喜び、悲しみがわかり、それに添ってゆける感性

2.健康状態

3.日々の無事を保証しうる基本的経済力

4.暮らしを維持発展させる生活の「力」

多くの人は食事つくりに生活の力の50-60%を投入するであろうか。料理という作業の位置付けを考える。「食」と人間の関係から見ると料理はその一部分。二十一世紀は「地球環境→食糧→安全→食方法→料理→誰と食すか」という図式をおおつかみに意識にたたみこむことが必要」

と書かれています。この本は、2009年10月が初版第一刷ですから、計算すると、この年に辰巳さんは86歳かと。僕もあと20年ほど経ってもこのような磨かれた感性を持ち続けたいものだと感心します。

 

・・・ 南仏風トマト焼き、展開:にんにく入りのひき肉で。2016年9月19日・・・

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この「私の本棚」の取材を受けたことが、僕の「料理」に対する関心を一段階アップさせるキッカケになったのは間違いないように思います。それまでは、「今日の料理」に代表される、所謂、料理本を読んでいた訳ですが、辰巳芳子先生の影響もあり、「食」と人間の関係という観点から面白そうな本を探すようになりました。

 

先に書いた通り、本を読むのは元来好きなほうです。本屋さんに行くのも好きですし、この時期には、よく近くの図書館に行き本を借りて読んでいました。図書館には、イロイロな本があります。当たり前のことですね。敢えて書くのは、当時の僕は、まだバリバリの現役ですから、読書といっても 晴耕雨読 のイメージからはチョット離れていて、まだ、生臭い仕事に関係する本を読むことが多かった。読んでおかねば、という若干の脅迫観念に駆られて読んでいる。お仕事の場面では、ある程度の知識は必要ですから、政治・経済・経営に関する流行りも含めて知識を得るための本。こういう本は自分で買って読んでいました。自分の本箱に入れて後で必要な時には振り返ってみる・・・もっとも振り返ってその本を見るというのは、めったに、ほとんど、まず無いですね・・・。本を飾って満足するという効用を求めて読んでいたと言ってもよいかもしれません。

 

図書館に行くと、イロイロな本があって「只」で借りて読むことが出来る。図書館で借りる本は、気楽な小説、趣味の世界、文化・教養の世界の本が多かったです。この図書館を発見して借りて読むようになるまでは、この手の本も、自分で買って読んでいたのですが、そして、これらの本も本棚を飾るという観点からは、飾りがいのある本が多いのですが、残念ながら、本棚のスペースには限界があり、すぐに一杯になってしまう。司馬遼太郎記念館の本棚くらいのスペースがあると心が豊かになると思いますが、普通人は本を置くスペースに苦労することになる。

最近は、流行りの本をさっと読んだら、すぐに古本屋さんに持って行って処分する、という方が多いと耳にしましたが、僕らの世代は、どうも処分するのが不得手かと。残してしまう。狭い家が、本のお陰でさらに狭くなる。「スラムダンク」の特別版は未だに蔵書として留守宅に残してあるし、「美味しんぼ」のシリーズは友人が処分するといっていたものをわざわざ譲り受けて今住んでいるマンションに置いてある。集めるのも好き、残すのも好き、処分するのは不得手=捨てられない世代・・・これが昭和の世代の一つの特徴かとも思うほどです。

 

当時、図書館でよく借りて読んでいたのが、料理本と「アガワとダンフミ」の本でした。話が横道にそれっぱなしになりますが、「アガワとダンフミ」は、寝る前によく読んでいました。仕事から(飲食して)帰ってきて、まあまあ疲れてはいるが、そのまま寝込むにはチョット勿体ない。重たい本は読む気にもならない。そういう時には、丁度よい一服感を味わうことが出来る本。注意しないと面白いから読み進んで睡眠時間を短くすることもあります。アガワは阿川佐和子さん、ダンフミは檀ふみさん。お二人とも、お父上が、文壇の大物、阿川弘之さん、檀一雄さん。

最初の本は「ああ言えばこう食う」だとか。お二人の交換随筆という面白い構成の本です。「ダンフミ」という言い方はお二人の記載のなかで双方に見られましたが、最初は、檀ふみさんと「ダンフミ」が一致しなかった。段を踏む、という言葉に何か隠された意味を持たせているのかしら?と。とにかく、この二人は本当に面白い。「残るは食欲」という言い回しが、ダンフミさんの随筆に出てくる。こんな言い方をしらっと書けるなんて。血筋なのかもしれないが、やはり、これは天性のものなのであろう。ちなみに、この交換随筆のなかで、ダンフミがアガワに対して「このオンナはいつかミリオンセラーを!狙っているが、まだ、実現出来ていない」と揶揄するようなエールを送るようなフレーズが出ていました。後日、阿川さんは「聞く力」というタイトルの新書版で大ヒットを飛ばして、恩返ししたことになります。また、阿川さんの随筆の一つには「残るは食欲」というのも出されていた。お二人の相乗効果は凄いものだと感心します。

 

 ・・・阿川佐和子檀ふみ、交換エッセイ・三部作?・・・

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