クルルのおじさん 料理を楽しむ

『山頭火』

f:id:hayakira-kururu:20210921083146j:plain

すっかり秋らしくなってきました。いつもの散歩コースから望む東山動植物園のスカイタワーです。桜の木もかなり葉を落としてます。2021年9月16日の夕方、17:30撮影。

 

f:id:hayakira-kururu:20210921083203j:plain  f:id:hayakira-kururu:20210921083220j:plain

左;同じ日の平和公園、17:10。秋の空ですねえ。

右;同、17:00。白い彼岸花の中に一輪だけ赤いのが咲いていました。

 

 

下重暁子さんの「この一句」という文庫本を読み返していたら、井泉水、山頭火、放哉、のところに面白い記載があるのを再発見しました。この本は、芭蕉から始まり時代を追って現代までの「108人の俳人たち」を紹介しているもの。やや尾籠な話で恐縮ですが、隠れ家のマンションのトイレの棚に置いてあります。パラパラと読むのにちょうど良い。

 

kururupapa.hatenadiary.jp

以前の記事を埋め込んでおきます。昨年の7月でした(この中で”名古屋の鯱城学園から9月に大学再開の案内が届いたことを書いていました。今年も同じように9月から再開の予定で準備を進められていたのですが、残念ながら、またダメでした。本年(2021年度)は休校が決まりました)。

 

「この一句」の中で「井泉水は子規の下で碧梧桐に出会い新傾向俳句運動に参加、後に自由律運動に走る。季語も季題もいらない。---門下に山頭火、放哉を生んだ」と書かれていて、さらに「季語、季題は日本人の季節感を表し、自然の中で息付いてきた呼吸を感じさせるが、実際に俳句をつくってみると、それにしばられることがきゅうくつな事もある」と書かれてました。下重さんは正統派の俳人(だと思っています)のでやや意外な感じがしましたが、正統派の方でもこのように”きゅうくつに”感じる時があるものなんだとかなり納得しました(彼女は高校の大先輩です。先輩の言うことには素直に耳を傾けてしまう?)。

 

井泉水の次に山頭火、放哉のことが書かれていました。放哉の件で「同じ自由律俳句の山頭火には、感傷や甘えがある。人びとの助けもあって旅が出来たが、放哉はそれを拒否(した生き様であった)」との鋭いコメントが書かれていました。以前から山頭火の句は面白いなあと思っていましたが ”そう言えば、山頭火が(放哉もですが)どんな人となり、どんな生き様であったのかほとんど知らないなあ” と思い起こしました。

 

コロナ下の有難いところは本を読む時間が従来に比べて比較にならない程に増えていることだと思っていますが、早速、いつもお世話になっている千種図書館に足を運びました。

 

種田山頭火」---うしろすがたのしぐれてゆくか―――村上護さん著。ミネルバ書房、2006年9月第一刷。

種田山頭火の死生」---ほろほろほろびゆく---渡辺利夫さん著。文春文庫、1998年10月第一刷。

「はぐれ雲、山頭火」、写真集・小学館文庫編集部編、2002年8月第一刷。

三冊を借りてきました。山頭火山口県防府市の生まれ。大地主の長男。父親が放蕩生活、母はそれを苦に自殺、家産は瓦解。

「自分をとりまく全てが滅びゆくとの強迫観念。出口を求め続けた神経症者の必死の吐露」(渡辺)。アルコール依存、出家得度、「行乞行脚」という放浪生活。「生涯を漂泊行乞の旅に生きた」(村上)。

「『行乞行脚』というと諦念、覚悟を定めたイメージがあるが、山頭火のそれは『泥酔と悔恨』『高揚と悲嘆』ではなかったか」(小学館編集部)。イロイロな見方が示されていましたが、山頭火の句は間違いなく面白いですね。いま読んでも新鮮だと改めて思いました。

 

この旅果てもない旅のつくつくぼうし

夕立やお地蔵さんもわたしもずぶぬれ

分け入っても分け入っても青い山

どうしようもないわたしが歩いている

石に腰を、墓であったか

酒飲めば涙ながるるおろかな秋か

 

父によく似た声が出てくる旅はかなしい

うどん供へよ、母よ、わたくしもいただきまする

うとうとすれば健が見舞うてくれた夢 (「健」は山頭火の息子さんの名前です)

だんだん似てくる癖の、父はもうゐない

 

焼き捨てて日記の灰のこれだけか

日向ぼこして生き抜いてきたといったやうな顔で

いただいて足りて一人の箸をおく

鴉啼いてわたしも一人

 

昨年のNHK俳句でも山頭火フアンの俳人の方がいらっしゃいました。いずれも小澤實さんの「令和の新星」ですが、11月の西村麒麟さんは「どうしようもない・・・」が俳句にハマるきっかけになったとか、12月の北大路翼さんは「・・・、墓であったか」を小学生の時に読んで俳句に入るキッカケになったとか。「・・・箸をおく」は僕の好きな小川軽舟さんの「死ぬときは箸置くように草の花」を思い出しました。

・・・私も一人」は(放哉居士の作に和して)と書かれているそうです。二人は井泉水の門下でお互いをそれぞれに高く評価していたそうですが、会ったことは無かったそうです。山頭火明治15年(1882年)生まれ、放哉は明治18年(1885年)の生まれ。放哉は晩年は小豆島の南郷庵で一人くらし大正15年(1926年)に亡くなりました。山頭火昭和3年(1928年)に放哉の墓参りをしたそうです。

山頭火は最後は四国松山の「一草庵」を安住の死処と定め、一代句集「草木塔」を編む作業をして昭和15年(1940年)に没。辞世の句は、何やらホンワカした感じがして楽しいです。

もりもりもりあがる雲へ歩む

 

村上さんによれば、「昭和46年(1972年)秋に、一気に(山頭火)ブームが到来した」「今や山頭火の俳句が・・・文部省検定の中学生の全教科書に載っている。俳人で全教科書に載っているのは・・・山頭火ただ一人なのだ」そうです。インパクトありますねえ。

「放浪」というのは、それをやったことが無いモノからは”男のロマン”みたいな感傷があるようにも思えます。林芙美子さんの「放浪記」は有名ですが、あれは”ロマン”というような甘いものでは無いように。ヤクザ映画を観終えて外に出てくる人は、その気になって肩が怒っているそうですが、山頭火を読むと自分がやったこともない、また、やれそうにもない「放浪」の気分に一瞬浸ったような気分になっているかもですね。山頭 火の句集を自分のモノにして手元に置きたい気分になっております。

 

 

駆け足で9月のNHK俳句、第一週と第二週の纏めです。僕の備忘録です。お付き合い頂ければ嬉しいです。

 

第一週は、司会が武井壮さん、選者は片山由美子さん。ゲストに明治大学教授の齋藤孝さん。齋藤さんはご存知の通り「声に出して読む」ことを提唱されていますが、早速に近松曽根崎心中・徳兵衛おはつ道行を朗読していました。七五調のリズム、抑揚が宜しく、ご本人の説明では「子供達もこのリズムを大変に喜んでくれる」とのことです。言葉は文化遺産である、五七五は子供達が自分を表現できる良いリズムだと力説されていました。

今週のテーマは「切れ」。俳句の基本は五七五の定型と季語、その次に重要なのが「切れ」ですが、「『切れ』の無い句があってもよい」ことは作品に示されていると。昭和になって山口誓子が「従来の切字を用いずに」新しい文体を確立したそうです。

 

   ピストルがプールの硬き面にひびき   山口誓子

   摩天楼より新緑がパセリほど   鷹羽狩行

   昼寝するつもりがケーキ焼くことに   稲畑汀子

   ひと雨のあとの残暑のことのほか   片山由美子

 

今週の兼題は「秋彼岸」。単に「彼岸」というと春の彼岸のことで、秋の場合は「秋彼岸」または「後の彼岸」と言うそうです。今週の特選三句です。

一席   妻に問ふ亡母の好み秋彼岸

二席   潮先のぐんと寄せくる秋彼岸

三席   人影の濃くなりにけり秋彼岸

 

第二週です。司会は岸本葉子さん、選者は鴇田智哉さん。ゲストに毛利衛さん。日本人初の宇宙飛行士です。番組は9月12日(日)の放送だったのですが、1992年の9月12日がその宇宙飛行に成功した日だったそうです。鴇田さんは「俳句を読むときに読者が得る視野を『句のひとみ』」と呼んでいますが、「句のひとみ」というイメージのキッカケは”宇宙”ということを紹介していました。

 

   つきしろに聞こえ今のがこゑなのか   鴇田智哉

 

「月が出る直前の東の空が白んでいるなかで何か聞こえたような気がした」ことを詠んだ句とか。毛利さんは宇宙飛行中に南極の上空のオーロラ(地上100㎞から500㎞の宇宙のカーテンだとか)を通過する時、雅楽の調べ、バロックの音楽が聴こえ、また、香しいかおりを感じたことを話していました。飛行船の中で飲む人口の水がまずいこと、帰還後にもらったコップ一杯の地球の水の美味しかったこと、微生物の働き、宇宙や微生物の視線、「俳句は生きていることを表現する手段だと感じた」と真面目に熱心に話をされていたのが印象的でした。

 

今週の兼題は「柘榴(ざくろ)」。特選三句です。

一席   ひとつまたひとつ穴あけ柘榴食ぶ

二席   実柘榴や心はやはり胸のここ

三席   きゆむきゆむとくちいっぱいの柘榴かな

 

毛利さんは北海道生まれで「柘榴を見たことも食べたことも無い」と真摯に質問されているのも好感を持ちました。1948年生まれ(僕よりも2歳年長さん)だそうですが、姿勢も良く若々しくお見受けしました。今週のテキストのテーマは「見えないものを見る『句のひとみ』」。言葉の世界においては見えないものを視覚化して表現する場合がある。その表現から読者は感覚を刺激され、その句に特有の視野を得ることが出来ると。「無いモノを見る」句が紹介されていました。兜太の句は僕の大好きな句の一つです。

   梅咲いて庭中に青鮫が来ている   金子兜太

   天の川わたるお多福豆一列   加藤楸邨

 

鴇田さんは今回が最終回。「句のひとみ」!面白いテーマだったと思います。

 

   

おまけの料理です。

f:id:hayakira-kururu:20210921141623j:plain   f:id:hayakira-kururu:20210921141705j:plain

左;ツナ缶、タマネギのおやき。からし醤油で。

右;にらとじゃこのチジミ。ポン酢醤油で。

すっかり粉モン文化です。9月は18日(土)に予定していた「長島愛生園をめぐる見学クルーズ」が中止となるなど、外出・外食の機会が激減してます。その分、”家メシ”の機会が増加。古い料理本のレシピを参考に一人家メシを楽しんでいます。両方ともに「きょうの料理ビギナーズ」の9月号。2009年と2007年のレシピです。

 

 

2001年9月11日

f:id:hayakira-kururu:20210915075318j:plain

「国際テロ組織アルカイダが4機の民間機を乗っ取り、ニューヨークの世界貿易センタ―ビルなどに衝突させた。旧日本軍による1941年の真珠湾攻撃以来の米国に対する攻撃となった」、日経新聞・米同時テロ20年特集、2021年9月11日。

 

 

同時多発テロ事件は2001年9月11日に発生しました。今年で20年になります。当時は東京、青山で勤務していました。その日は仕事の後、会社の近くの居酒屋さんでお客さんと飲んでいました。かなり遅くなったのでタクシーで帰宅しました。タクシーに乗車した時に運転手さんがラジオニュースに聞き入っていて一人で騒いでいました。「よく分からないが飛行機がニューヨークの大きなビルにぶつかった」らしいと。ラジオの音を大きくしてもらい帰路ずっとニュースを聞きました。「軽飛行機が誤ってビルに衝突して火災が発生している」事故のような印象を受けました。「飛行機がぶつかったのは世界貿易センタービル」だというのは理解出来ました。昔、ニューヨークに駐していたこともありよく知っている場所でした。”あの大きなビルに小型機がぶつかったら飛行機に乗っている方は助からないだろうなあ、まだニューヨークは朝だからビルで働いている人がそれほど多くなければ良いが”、そんな受け止め方をしていました。

 

そうこう言ってるうちに「再度、飛行機がぶつかった。それも大きな旅客機のようだ。これは事故ではない」ようだとの報道に変わってきました。旅客機?、事故ではない?、一体何が起こっているのか??。家に着いて大急ぎで中に入ったらカミさんがパニクっていました。一緒にテレビ画面に食い入りました。画面が「オオマイゴッド!」と騒然としていました。二機目の飛行機がビルに突入する瞬間の映像も流されていました。「テロだ」という報道がされていました。ニューヨーク以外でも国防総省ペンタゴン)ビルに飛行機が墜落したとか。相変わらず訳が分からない大混乱の中で更なる衝撃の映像が。センタービル(ツインタワー)のそれぞれの棟が30分ほどの間に次々と崩壊。マンハッタン南部が煙で多い尽くされてしまいました。あの威容を誇ったツインワターが信じられないぐらい見事に崩壊して文字通りの瓦礫の山。とても現実のこととは思えない。

 

深夜になっていましたが、会社の仲間と連絡を取り合いました。手分けしてニューヨークを始め米国に駐在している連中の安全を確認しようと。ニューヨークの事務所はミッドタウンに有りましたから、直接的な影響はないと思っていましたが。長い一夜でした。分かった限りでは、仲間、顔見知りの駐在員、現地の方々でこのテロ事件に巻き込まれた方はいませんでした。

 

その年(2001年)10月にアルカイダタリバンの壊滅を目指して、米英両軍がアフガン空爆を開始、その後20年に及ぶ米国のテロとの戦い(日経記事)の始まりです。思い起こせば21世紀の最初の一年目にテロとの戦いが開始されたということになります。そして20年後の今年、米軍のアフガンからの撤収が開始されるや8月15日にはタリバンが首都カブール進攻、アフガン旧政権はあっけなく崩壊。8月30日には米軍のアフガン撤収活動が予定通り終了しました。26日にはIS系組織が自爆テロを起しておりタリバン支配体制も全く不透明な状態。日本は現地の邦人、関係者を避難させようと自衛隊機を派遣したが後手に回り失敗。「秩序なきテロの時代をどう生きるか」また(アメリカという)警察官なき世界」にどう対処するのか?日本が戦後、平和を前提にした活動を続けることが出来ているのも、端折って言えば「アメリカに負んぶに抱っこ」状態をアメリカ側が自国の利益に結び付くと判断・認識していたからでしょう。

 

お隣には日本列島を射程内とする巡航ミサイルの発射実験に成功したと軍備増強を誇示する国もいれば、挑発的な「戦狼外交」を続けている大国も存在している訳ですから、政権与党の総裁選挙とか与野党の政権構想の中でも、もっと国の安全、国を守ることの真剣な議論を期待したいものです。

 

NHK・BS世界のニュースで、アメリカの中学教師が9.11を語り伝える授業活動を熱心にされている様が報道されていました。20年経過すると同時多発テロ事件も忘れ去られそうだと。世界貿易センタービルとツインタワーが同じビルだということを知らない子供達が多くなっているそうです。語り継ぐべきことを語り継ごうとしている方々の努力は大変なもの。日本でもそうですが、家庭だけでなく、小中学校での立派な先生の存在、教育の大切さが益々、重要なものになりそうです。

 

f:id:hayakira-kururu:20210915082035j:plain

そんな中で株価が上伸しています。昨日9月14日、31年振りの高値。菅首相の不出馬表明から市場のムードが変わり、変化への期待が株価を押し上げているとの見立てとか。今日の日経新聞の記事にある株価グラフですが、1万円を下回ったのが2003年のイラク戦争と2008年のリーマンショックの時と説明が記入されています。その前、9.11テロの時も翌日2001年9月12日にも1万円を下回りました。1984年ぶりのことであったそうです。

 

今度の総裁選、総選挙がそれほど期待できるものか僕には理解出来ません。コロナ対策が喫緊の課題であることは間違いないでしょうが、少なくとも「アフガンからの日本人、現地関係者の撤退が何故スムーズに出来なかったのか」「日本の防衛(費)、核兵器に対する考え方」くらいはハッキリさせて欲しいモノだと思います。

 

タリバン復権してから早いもので一か月。人権問題、食糧問題が大変に懸念されています。前回のブログで、ジェンダー活動のこと、国際NGOオックスファムの「ジェンダー活動は効果あり」の本のことを書きましたが、その中に「アフガンでの活動」を記載した章がありました。以下、紹介します。

 

前回、タリバンアフガニスタンの首都カブールを制圧したのは1996年9月のことだそうです。その直後、女性の就労と女子学生の通学が禁じられた。

オックスファムはそれ以前からアフガンの開発と復興に関与し続けていた訳ですが、この組織が「Gender Works」とアピールしているのは「ジェンダー関連の不平等に本気で取り組まなければ(その国、地域での)持続可能な開発と貧困の解消は達成されない」という「ジェンダー政策」を明言しているところにあります。政変、クーデター、緊急事態の時=生きるか死ぬかというときには「ジェンダー問題」が往々にして棚上げされる、忘れ去られることを過去の事例から反省して、いかなる事態に於いてもこの「ジェンダー政策」の軸をずらすことなく活動を進める、というのを基本方針にしている。 

タリバン以前には、アフガンでの活動を通じて現地の女性は労働者、学生として、プログラムの受益者として弱者支援と社会復興のプロセスに積極的に関与していたと。筆者は1995年からタリバン支配下となる時期にオックスファムのアフガン代表を務めた「女性」です。タリバン原理主義政策とオックスファムジェンダー政策は余りにもかけ離れ過ぎていて、残念ながら、それまでの開発復興プログラムを一時保留にせざるを得なかった由。

筆者はその状況下でもタリバン当局者と面談を続けた(面談を拒絶されたことは一度も無かったそうです。”外国人”活動家ということも大きな理由なのでしょう)。自分自身とスタッフの安全面でもイロイロな問題はあったそうです。

活動は一時保留とはなったものの、オックスファムジェンダーに公平な開発を唱え、且、それを実践しようとしているのを広く理解されたこと、それと同時に筆者(の活動)を見ているアフガンの女性達が筆者を一つの役割モデルとして見てくれたことが大変に有益であったと述べています。

オックスファムのような「ジェンダーワークス」には大賛成。このような地道な活動を継続されている組織、活動されている方には敬意を表したいですね。こうした活動もあり、きっと、この20年間でアフガンの女性パワーは大幅にアップしていることでしょう。タリバン原理主義的政策の復活が報道されていますが、一度「ジェンダー平等」を体験しているアフガン女性を抑圧出来るものか。甘い考えかも知れませんが、アフガン情勢は女性が鍵を握っているように思えます。

 

ジェンダー関連でも天地の開きがある話題になりますが、今月の文藝春秋(10月号)に作家の乃南アサさんの「張本さん、河村市長を笑えますか」という記事が掲載されていました。最初、意味・文脈が分からず。野球解説者の張本さんに対して、あなたは河村社長を笑えますか?と問いかけているのかと思ったのですが、本文を読んで漸く分かりました。タイトルの下にも「”スカート”めくりをやめない昭和のオヤジたちへ」と書いてありました。要は「昭和のオヤジたちへ、あなたたちはあの”張本さん”や”河村市長”を笑えますか」という意味。相変わらず「自覚のない」昭和のオヤジたちに、その「自覚のなさが最大の問題だ」、「時代の変化を感じ取れないのであれば・・・隠居して・・・ひとりで『古き良き時代』を振り返るしかないかも」と。

いまどき、随分と陳腐な意見かと。何故、文春がこの方の寄稿を載せたのか不可解なほど。同じようなテーマ・問題ですが、その次に掲載されていた「『炎上』『言葉狩り』が社会を蝕む」、三浦瑠麗さんの見方は面白かったです。ジェンダー観点ではなく、アメリカ初の「キャンセルカルチャー」が日本に及ぼしている影響という観点から論じていました。「日本の政治家、メデイアが間違いを恐れ、自分の意見を言えない、だから、責任も持たない」、「『だれからも批判されないこと』が日本のエリートの条件になっている」、歯切れの良い論評でした。

 

長くなり過ぎるので、今回はこの辺でお終いにします。10月号の文春「コロナ猛威、世界は警告する」、日・米・英・イスラエルの権威に取材した記事は面白いです。ご一読お薦めします。NHK俳句もまた別途、書きます。

 

おまけの料理です。

f:id:hayakira-kururu:20210915110744j:plain  f:id:hayakira-kururu:20210915110813j:plain

左;久しぶり「野菜たっぷりラーメン」。少し涼しくなったから。キャベツ、ニンジン、タマネギ、明宝ハム。豆板醤とお味噌を少し加えました。上出来。

右;タッカルビ丼。コウケンテツさんの「タッカルビ」(今日の料理ビギナーズの2007年9月号です)を参考にして、ナス、ニンジン、シメジを加えて丼にしました。旨かった。(2021年9月6日、7日、料理と撮影)

 

 

東京2020パラリンピック

f:id:hayakira-kururu:20210905195734j:plain

自転車トラック男子3000m個人追い抜きの川本翔大選手の雄姿です(日経新聞、8/27)。

残念ながらメダルには届きませんでした。本当に惜しかった。10時ごろからTVで観戦していたのですが、予選では世界新を更新したのです。見ていて”これはメダルを狙える”と期待が膨らんだのですが、その後に登場した選手が続々と世界新を連発。結果、予選のタイムは5番目でした。次のステップには4位以内の選手しか進むことが出来ないので、その時点で川本選手の競技は終わりました。”悔しい!”と思ったのは、川本選手の予選では、コースの反対側から半周ずれてスタートしているもう一人の選手と川本選手のスピード差があり過ぎて、途中で川本選手はその選手を追い抜いたのです(コンマ何秒を競う世界大会では普通は起こり得ない(はずですよね))。追い抜くときには当然タイムロスしますから、この僅かな差が影響して上位4位に入れなかった、と思った訳です。ところが、上位の選手が一人失格となり川本選手は4位に繰り上がり、3位決定戦への進出が出来ることになりました。

まだ”天”は彼を見捨ててはいない、頑張れ!。決定戦では「オーバーペースになっても狙う」と序盤から果敢に攻めた由です。後半、逆転されて結果は4位に終わりました。記事にも書いてありますが、予選タイム5番で「着替えを済ませて帰る支度をしていた。びっくりした」そうですから、やはり決定戦に臨む時にはまだ気持ちの整理、集中力が十分では無かったのかも知れません。残念ではありましたが、決定戦に出場することが出来て良かった、そして自分の力を全て出し切ったと思いたいものです。

 

 

「パラ『1964』はなぜ画期的だったか」という興味深い記事が日経新聞(8/26付)が掲載されていました。恥ずかしながら、この記事を読むまで1964年に開催された東京パラリンピックのことは全く記憶に残っていませんでした。東京オリンピックには”感動した”とか”興奮した”とか言って大騒ぎしていたのですが。

記事によると「当時の日本では(多分、世界的にも)障害者スポーツには国民の関心も高くなかった。献金を募っても企業の反応も乏しかった。障害者スポーツは、まだ、スポーツ大会というよりもリハビリの延長のように見られていた時代であった」との記載がありました。確かにその通りであったのでしょう。

パラの歴史をググっとみると、そもそもの起源は第二次大戦後、脊髄損傷のため下半身が麻痺した兵士の治療と社会復帰を目的として、ロンドン郊外の病院にてスポーツを治療の一環として取り入れたことから始まっているそうです。そして、1948年のロンドンオリンピックの開催に合わせて、病院内で車椅子患者がアーチェリー大会を行ったことが、パラリンピックの原点である由です。その後、この車椅子選手のスポーツ大会は毎年開催されることになり、近隣ヨーロッパ諸国の参加もあり”国際”大会に発展。発祥の地であるロンドンの病院の名前を取って「国際ストーク・マンデビル大会」と呼ばれることになったそうです。そして4年に一度のオリンピックの年にはその都市でオリンピックの終了後にこの大会を開催しようということになったと。

1960年のローマオリンピックのあとに開催された国際ストーク・マンデビル大会が第一回のパラリンピック大会と位置付けられているそうです。

そして、1964年東京オリンピック。オリンピックの直後に一部と二部に分けて障害者のスポーツ大会が開催されたそうです。第一部は、ローマ大会に続き国際ストーク・マンデビル大会(これは後に第二回パラリンピック大会と位置づけられている)。パラリンピックという名称は「オリンピック開催の年に開催国で行われる国際ストーク・マンデビル大会=パラプレジア(Paraplegia=脊髄損傷による下半身麻痺者)のオリンピック=パラリンピックということで、東京大会の際に日本で名づけられた愛称であったそうです。

記事によると”画期的であった”とされているのが第二部。第二部は日本の国内大会として開催されたのですが、第一部に参加出来ない車椅子以外の障害者、すなわち視覚、聴覚、四肢障害者など広い範囲の障害者の大会としたそうです(西ドイツから6人が特別参加)。

この大会は資金不足に悩まされたそうですが、大きな支えになったのが当時の皇太子ご夫妻(今の上皇ご夫妻)。第一部、第二部の両方の開閉会式にご臨席、毎日協議を見て回られた由。この大会の第二部の成功により、従来、狭い範囲で捉えられていた障害者の枠が大きく広がった。皇太子ご夫妻がこの第二部大会を発展的に継続して毎年開催するように大会関係者に促したのは周知のことのようです。

 

その後、1985年にパラリンピックが正式名称に。元々の意味であるパラプレジアは障害の範囲が限定されていて、広義の身体障害者の大会には馴染まないので、ギリシャ語の接頭語、パラ=para(沿う、並行して)+オリンピック=パラリンピック、と解釈することになったとか。今日の巨大イベントに繋がるキッカケが「パラ『1964』」であったという記事でありました(以上、8月26日付けの日経記事と日本パラ委員会のHPより抜粋です)。

 

 

世の中、相変わらずの緊急事態ですから、僕も相変わらず「本」を読んで過ごす時間を楽しんでいます。最近は、なんと「ジェンダー研究」関連の本を乱読しています。これも僕の頭の中では「神谷美恵子」さん繋がりになるのですが、今まで「コテコテの男社会」で生きてきた自分の意識を一度整理してみようかと。神谷さんは、あの時代のジェンダー不平等の壁を乗り越えて家庭的にも社会的にも個人的にも充実した生き様をされた素晴らしい方として認識しています。

ジェンダーフリー」のテーマの基になっているであろう男性中心(マジョリテイ)社会ですが、最近読んだ本では、男性側が一方的に「自己批判」しているような本が多いのに驚いています。

 

●「さよなら男社会」、尹雄大さん著、亜紀書房。2020年12月初版。

●「うしろめたさの人類学」、松村圭一郎さん著、(株)ミシマ社。2017年10月初版。

●「男子劣化社会」、フィリップ・ジンバルドー/ニキータ・クーロン共著、晶文社。2017年7月初版。

いずれも観点はイロイロですが「男らしさ」を要求されている男性側の問題、懸念をこれでもかこれでもかと記述されている内容です。なかなか僕にはシックリこないので、正統派の「ジェンダーフリー」の活動についての本を探してみました。今、オックスファム・イギリスの「ジェンダー活動は効果あり」という本を読んでいます。こちらの方が、まだ、言わんとすることは理解が出来そうな。そもそものジェンダー活動、その問題をどう整理して捉えれば良いのかまだ理解出来ていないので追加の教材本を探しています。

●「ジェンダー活動は効果あり---国際NGOオックスファムの経験から」、編者オックスファム・イギリス。特定非営利活動法人WE21ジャパン、2002年9月発行。

・・・千種図書館では、古い本の処分を随時やっています。入り口の横のスペースに「自由に持ち帰り下さい」と多数の本が段ボール箱に入れて置かれている時があるのですが、この本はその段ボール箱から見つけました。ノミの市の面白さで覗いていると装丁もキレイで面白いテーマの本を見つけられることがあります。宝物発見ですね。今までにも、俳句の句集だとか特定テーマの歴史書とか何冊かを発見して持ち帰って本棚に積んであります。

ジェンダー」についてはもう少し頭の整理が付けば何か纏めて記述してみようかと思ってますが、こんな本を読みながらパラリンピックを見ていたら面白い発見をしました。

 

その1.「ボッチャ」

杉村英孝選手、ボッチャ(個人・脳性まひBC2)で日本初となる金メダルを取りました。ボッチャの試合を最初から最後まで見たのは初めてです。戦術、戦略はカーリングに似ているのかと思いました。カーリングでは相手の石を弾きますが、ボッチャでも相手のボールを弾いて、いかに基点「的」となるボールに自分のボールをたくさん近づけるかを競います。面白いのはこの基点「的」となるボールも弾いて移動させることが出来ること。カーリングより一層、奥が深くて難しいのかも知れません。ミリ単位で投球を調整できる精緻なワザが必要だそうです。

予選をTV観戦しましたが、杉村選手の対戦相手は女性でした。驚きました。この競技には障害の程度によるクラス分けはありますが、男女の区別は全くありません。男の選手も女の選手も全く同じ条件で競い合う。僕の知っている限り完全にジェンダーフリーの競技はボッチャだけだと思います。

 

 

その2.「車椅子ラグビー

日本チームは準決勝でイギリスに敗れ三位決定戦でオーストラリアを破って銅メダルでした。日本は前回のリオ五輪で銅、2018年の世界大会では優勝しており今回は金メダルを狙っていただけに選手は大変に残念そうにしていました。一方のイギリス、ヨーロッパチャンピオンながら、過去五回の五輪ではメダル無しでしたが今回は見事に金。

車椅子ラグビーの国際試合を見るのは初めてでした。期待に違わず、大迫力。車椅子のあの迫力のあるタックルの音、無観客の中で余計に迫力がありました。キャプテンの池選手、ポイントゲッターの池崎選手を初め各選手の大活躍に拍手を送りたいと思います。ボールが丸いのは知っていました。驚いたのは男女混合競技であったこと。

各選手は障害度合いで0.5点から3.5点までの点数が付けられています(0.5点が最も障害が重い)。コート上の四人の選手の合計が8点を超えないように重度と軽度の選手を組み合わせてメンバーを構成する仕組みになっています。その中で女性選手が加わると合計点数に0.5点が加算され四人の合計が8.5点まで許されることになる。激しいタックルはされるものの防御用の車椅子はしっかりと出来ていてタックルにより体に直接のダメージを受けることは無い。女性選手はディフェンス役をこなして、かつ、合計点を0.5点多くすることが出来る訳ですから貴重な戦力となります。一見、よく考えられた仕組みのように思ったのですが、よくよく考えてみると何故女性を加えることにしたものか、理解が出来なくなりました。障害の程度に応じてハンディを与えるのはフェアであると思うのですが、その中で女性だからという理由で更にハンデイを付けて参加させるというのはどういう意味があるのかしら。

 

 

パラリンピックは今日が最終日。先ほどチラッとTVを見たら、無事に閉会式も終了したようです。党の総裁選への不出馬を表明した総理も出席していました。総裁選は今月17日に告示、29日の投開票とのことですが、不出馬を表明した総理が「コロナ対策に専念」して効果のある施策を行えるものか。9月12日が期限の緊急事態をどうするのか責任のある対応を取れるものか。まだまだイライラが続きそうです。二回接種が終わっても油断せずに十分に注意して引き続き凌いでいきたいものです。皆さま、ご自愛ください。

 

 

おまけの料理です。何れも8月25-28日に料理と撮影。

f:id:hayakira-kururu:20210906002839j:plain   f:id:hayakira-kururu:20210906002916j:plain

左;豚の角煮入り、竹輪・ピーマン・シシトウ・人参のチャーハン。

右;卵とトマト煮。これは味付けが決まりました。完成形ですね。盛り付けがキレイでないですねえ。

 

f:id:hayakira-kururu:20210906003014j:plain   f:id:hayakira-kururu:20210906003056j:plain

右;茄子と鶏肉のトマト煮。これはすっかり定番になりました。

左;それを次の日に焼うどんに加えたもの。味、良し。これも盛り付けが下手だなあ。

 

 

混迷の八月

f:id:hayakira-kururu:20210823212002p:plain

今年の大文字送り火です。昨年同様に規模を縮小して行われました。「大」の字の端々の五点と中心の一点を合わせて六点にかがり火が灯されました。ドラゴン先生がニコンデジタルカメラで手持ちで撮影したもの。「大」の字の中心から撮影場所(ドラゴン先生の京都のマンション)まで約2㎞あるそうです。鮮明に撮れているのに驚きました。2021年8月16日(ドラゴン先生)撮影。

 

当日は降雨状況が心配でしたが無事に五山送り火は行われました。如意ヶ嶽の「大」は六点ですが、そのほかの「妙・法」「船形」「左の大文字」「鳥居形」は全て中心の一点だけのかがり火でした。コロナの状況を考えれば已む無しでしょう。規模を縮小しての開催ながら、それでも人の動きはこの夏では多い方であったそうです。

 

この日は、先生のマンションで家飲み。先生の娘さんご夫妻も参加されることが分かっていたので、折角だからと名古屋の星が丘三越で名古屋メシ総菜を見繕って持参しました。京都の人に名古屋メシというのもやや気が引けましたが、お二人は”久しぶり”ということもあって大変に喜んでくれました。手羽先、味噌(串)カツ、地鶏のから揚げ、天むす。コッテリ系ばかり。お酒のつまみには大変に美味しい名古屋の総菜です。野菜系はドラゴン先生が料理して出してくれました。

 

オリンピックの話、大雨の話、コロナの話で盛り上がり過ぎていつも以上にアルコールの消費が進みました。「せわしない八月」に更にアフガン政権崩壊のニュースまで加わりました。テレビの映像が衝撃的です。

 

機体に”US AIR FORCE”とハッキリと読める飛行機が飛行場を滑走して飛び立とうとしている。その軍用機を追いかけて多数の群衆が必死に並走している。一部の人びとは、それもかなり多数の人びとが機体の羽根の部分にしがみ付いたり、ぶら下がったりしている。まるで走り去る列車かバスに飛び乗ろうとしているかのように。そんな無茶やろ!。”タリバンが首都に進攻してきた、米国に放置される”、今後に懸念される恐怖でパニックになっている様子が恐ろしいくらいに映し出されていました。

 

その映像からあっという間に一週間ほど過ぎてしまいましたが、ますます混迷の度合いは酷くなっているようです。特に女性の人権についての懸念が高まっています。あっけなく崩壊したアフガン政権、アフガン国軍には唖然とするばかり、見捨てられた人々はどんな気持ちになっているか。そもそもタリバンによる政権がこの国を統治することが出来るとは思えない。武装勢力、部族間の新たな対立と国際テロの広がりが懸念されます。前政権からの引継ぎとは言えバイデン政権には大変な失点になりました。

 

トランプ政権時代に出版された本に「第二次大戦後の世界は米国が世界の警察の役割を果たしていた。(アメリカは)世界の繁栄と平和は自国の国益の一環であると考えていた(からだ)」という件がありましたが、前政権のいい加減な”米国第一”がここにきてとんでもない破綻に繋がりつつあるように思います。巷で論評されているように米国と軍事、安全保障、経済などいろいろな条約を結んでいる多くの国にとって「米国が今後ともに信頼出来る同盟国でありつづけるのか」問われることになりそうです。

 

アフガンという国は遠くて全く知らない国だと痛感、再認識します。中村哲さんのことを思い出しました。2019年12月4日、銃撃を受けて死亡。翌年にべシャワール会の追悼行事が神奈川県でもあり、カミさんに誘われて参加してきました。ビデオ映像で哲さんの活動が紹介されていました。大変な感動、いや多分それ以上に畏敬の念というのか”恐れ入りました”という気持ちになりました。

医師として支援活動に参加されたのがキッカケ(最初はハンセン病を中心とする医療活動に従事された由)ですが、現地の絶望的な飲料水の不足、農業用水の不足という根っこのところから手を加えないと、病気の人を治療するだけではその先の展望が描けないと覚悟を決めて、灌漑用水事業を自ら立ち上げられた。

医者が聴診器の代わりに自らショベル・ブルドーザーのハンドルを持ち灌漑事業に取り組んだ。何度も失敗を繰り返しながら、最後は出身地である福岡の山田堰の工法を取り入れることで成功、全長25㎞に亘る灌漑用水路を完成させた。荒々し荒野が緑の大地に生まれ変わり、10万人以上の人びとの生活の基盤となっていることが紹介されていました。ご存命であれば、アフガンのこの状況をどんな思いで見られていることか。中村哲さんは1946年、福岡市生まれです。

  

 

日本では「せわしない」状況が続いています。 

8月17日に政府が緊急事態、まん延防止の対象地域を大幅に追加拡大することが報じられました。8月20日から適用され9月12日までの期限。それまで8月31日が期限であった都道府県についても期限は9月12日まで延長されることに。

ちょっと目を離すと自分の住んでいる場所がどういう対象の地域か分からなくなる程です。自分の頭の整理に記載しておきますが、従来の緊急事態宣言の対象は東京、埼玉、千葉、神奈川、大阪、沖縄の6都府県で、今般追加されるのが茨城、栃木、群馬、静岡、京都、兵庫、福岡の7府県。いずれも従来はまん延防止の対象になっていた地域。合わせて緊急事態の対象は13都府県となります。

まん延防止等重点措置の対象は、従来が(今回、緊急事態に”格上げ”?された地域以外で)北海道、福島、石川、愛知、滋賀、熊本の6道県であったものに加えて、宮城、山梨、富山、岐阜、三重、岡山、広島、香川、愛媛、鹿児島の10県が追加されることに。まん延防止対象は合計16道府県に。

1都1道2府43県のうち60%以上の行政地域が緊急事態かまん延防止の対象地域になってしまいました。全国の新規感染者は19日に初めて2万5千人を超えて二日連続で過去最多となっていると。

 

米国では、18日にバイデン政権が9月下旬からワクチンの三回目の接種(ブースター接種)を始める計画を発表したと報道されています。テレビのインタビューでバイデン大統領自身も「夫妻で三回目の接種を受けるつもり」であると答えた由。

また「ワクチン接種先進国」のイスラエルでは既に8月1日から60歳以上の国民に3回目の接種を開始しているそうです。ワクチンの長期的な有効性と「デルタ株」への有効性の分析の結果の対策とか(8/20、日経のフィナンシャルタイムズの記事)。ますます長期化しそうな気配が強くなってきました。

 

 

こんな状況のなかですが、今夜はパラリンピックの開会式を迎えます。9月5日までの日程で22競技539種目が実施される。コロナ下ながら過去最大の161の国・地域と難民選手団から4000人超の選手が参加する見通しとか。オリンピック以上に、選手・関係者の皆さんの無事をお祈りしたいです。

応援している選手がいます。自転車男子の川本翔太選手、25歳、トラック、ロードレースに出場予定です。最初の種目は、8月26日(木)、男子c2,3000mパシュート。この日はNHKBSで放送予定とのこと。応援してください。この3月までお世話になった会社の社員、期待の選手です。

 

二回目を接種して以降、機会を設けて”飲み会”をしていたら、息子から教育的指導が入りました。「二回目接種で安心しないように」「人に感染させる恐れが有る」、おっしゃる通りかと。年寄りが調子に乗って迷惑をかけないように、もう少し自重しなければと反省しております。因みに愛知県は8月20日に緊急事態の要請を行っており、8月27日から9月12日までの適用となる予定です。

 

 

8月9日の台風9号に伴う強風で瀬戸内海の直島に展示されていた草間弥生さんの作品「南瓜」が飛ばされ海に投げ出されて大きく破損したとの報道がされていました(日経、8/10)。

2018年に直島を訪問した時の記事です。

kururupapa.hatenadiary.jp

ブログの写真は別な作品でした。ファイルを探したら、流されたものであろうと思われる作品の写真を見つけました。

 

 

最近の雨・風の強さは半端ではありませんから、従来以上の注意が必要になっています。「かつて経験の無い」云々という表現が多くなっています。1時間に50ミリとか、24時間で100ミリとか、予報で聞かされてもなかなかピンときませんが、日経に「短時間の雨のイメージ」が紹介されていました。分かり易かったので記載しておきます。

 

1時間で10ミリから20ミリ未満の雨は「ザーザー降っている」。雨粒が地面で跳ね返り足元が濡れる程度の降り方。同20ミリから30ミリ未満になると傘をさしても濡れる、所謂「土砂降り」の状態。30ミリ以上は「バケツをひっくり返したような雨」、さらに50ミリ以上は「滝のような雨」。80ミリ以上は「息苦しくなるような圧迫感、恐怖を感じる」そうです(8/20,日経)。さすがに恐怖を感じたことはないですが、この夏は傘をさしてもずぶ濡れになってしまう大雨には数回か遭遇しました。予報をよく聞いて対応したいと思います。

 

 

冗長になるきらいがありますが、NHK俳句8月第四週です。相変わらず僕の備忘録です。お付き合い頂ければ嬉しいです。

 

第四週はNHK俳句部。俳句部顧問は櫂未知子さん。部長が塚地武雅さん。今週の部員は田中要次さん。兼題は「枝豆」。

テーマは「勘違いされがちな季語、その②」ということで、「枝豆」がよく誤解されて使わているとの説明がありました。6月第四週でも同じような解説があったので、やや興ざめでした。

 

大賞に選ばれたのは    枝豆や飲むほどに父美しき

面白いと思った句です    枝豆や勝手口より雨男

 

夏と勘違いされやすい季語として「朝顔」「西瓜(すいか)」「七夕」「蜻蛉(とんぼ)」「苦瓜(ニガウリ)」が紹介されました。全て「秋」だそうです。

 

今週の宿題で8点を貰った句から面白いと思った句です。

   新涼や十六色の絵の具買ふ   塚地武雅

   秋めくや友と二駅歩きをり   同

   手開きの鰯見つむる猫二匹   いとうまい子

   山道を早足でゆく墓詣     櫻井紗季

   今年から母と向き合う墓参かな   田中要次

めずらしく要次さんの句が顧問から褒められていました。

今週のドリルは「初秋かな」を下五にして上五中七を考えるもの。選ばれたのは、

 

   我一人櫃まぶし食ふ初秋かな   塚地武雅

 

塚地さんの句は面白いですね。よく勉強されているように感じます。

 

料理の写真、キムチチャーハンと豚の角煮風野菜の煮込みを添付しようとしたのですが、操作不調のため割愛します。

パラリンピックが終了する9月5日はコロナの感染がピークアウトして9月12日には宣言が解除されることを期待して。引き続き皆さまくれぐれもご自愛の程。

 

   

 

 

せわしない八月

f:id:hayakira-kururu:20210816061254j:plain

駅裏の花屋さんで安くて元気そうなハイビスカスを売っていたので一鉢買って来ました。以前に買ったモノが大きくなっているのですが、すっかり花を着けなくなっています。栽培の本を読んでイロイロやっているのですが効果無く、ついつい買ってしまいました。早速にキレイな花を咲かせてくれています。花の色と斑入りの葉っぱが気に入っています。2021年8月6日、撮影。

 

 

せわしない八月です。8月5日に「まん延防止」措置が追加8県に適用されることが決まりました。愛知県もそのうちの一つです。飲食店の営業時間が午後8時までに短縮され、酒類の提供が原則停止となります。期間は8月8日から31日まで。

 

たまたまですが、その前日の8月7日(土)にずっと延期になっていた「しし鍋会」をやる予定にしていました。参加者の全員が二回目接種を完了したこともありお世話になっているお店に少しでも支援活動になればよいとの意見が多かったので(本音は、たまには仲間で集まって気兼ねなく酒を飲む会を持ちたいからという素直な酒飲みの思いからですが)。

台風で交通にも支障が発生する恐れありとの予報が出ていて開催をどうするか、最後まで悩んだところですが、この機を逃せば、またどうなるか、何時出来るか分からないと思い決行することにしました。

結果、大盛会。久しぶりに旧交を温めることが出来ました。ママさんのお話では「まん延防止」となる翌週以降はお盆の時期とも重なるのでお店は当分の間休業にすると。周辺のお店もほぼ同様の対応の様子。土曜日の夕方、栄の錦三辺りは既に人通りも少なく寂しい限りでした。結果、天気もそれ程悪くならず決行して正解であったかと。

 

 

しし鍋会の記事です。きっちゃんとの最初の出会いを書いたモノ。懐かしいなあ。 

kururupapa.hatenadiary.jp

 

 

オリンピックは8月8日夜に、無事?に閉会式を迎えることが出来ました。17日間の日程が終了。とにかくスポーツの競技会として大きな支障もなく終えることが出来たのは何よりでした。最終日、王者アメリカには歯が立たなかったもののバスケ日本女子の銀メダルは痺れました。選手のキャラも楽しい限り、あのキャプテン!かっこよかったですねえ。

「人々は競技に感動しても、五輪という仕掛け自体には酔っていない」日経新聞の総括記事です。全く、その通り。メダルを取った選手、取れなかった選手、さまざまですが頑張った選手さん達に拍手ですね。 

 

 

「コロナ」は予想された以上に大変な状況になってきました。閉会式の8日には新たな感染者の数は1万人を超えており、この時点では6日連続の一万人超となりました。更に14日時点では新規感染者は2万人を超え二日連続の二万人超に。重症者数の増加が心配されています。7月中旬から一か月で四倍の急増とか。

アメリカ、フランス等では接種する機会があっても接種を受けない人々が多く存在する。その結果、接種率は一定の水準を超えると伸び悩んでいることが問題にされていますが、日本では接種を受けたいと思っているのに順番がなかなか回ってこない状態が続いています。「10月初旬までには国民全員に2回、8割の希望する方には打てるような体制をつくっている」とノンビリしたコメントが出ていますが、接種開始のスタートの遅れがずーと尾を引いていると感じます。

 

 

五輪の期間中「猛暑」が問題になりました。競技開始時間が急に繰り上げられたり、選手はコンデイション調整に大変であったようです。この時期、日本だけでなく世界中で異常気象が続いています。カリフォルニア州中心に北米で山火事が発生していましたが、更に、トルコ、ギリシャ、イタリアでも大規模な山火事が。いずれも「前例のない災害」と言われているようです。

 

皮肉なことに五輪の終了後、台風の接近とその後の「線状降水帯」の発生、前線の停滞により猛暑は一転して大雨になりました。九州を中心にして日本全国各地で記録的な豪雨になりました。14日現在で、7県14河川で氾濫が確認されているとのこと。「かつて経験したことのない大雨」で各地で被害が発生しています。週明け再度の降雨も懸念されているようです。皆さま、くれぐれも安全第一で動かれます様に。 

 

 

ホントにせわしない八月です。「せわしない」というのは自分では関西弁かと思っていましたが一応は標準語のようです。せわしい=忙しい、ですが、「せわしない」の「ない」というのは否定の意味ではなく、強調の意味だそうです。改めてスッキリしました。

 

子供達からオリンピックについての孫の受け止め方の様子を聞くと、みんな余り良い印象を持っていないそうです。不思議に思い理由を聞いてみたら「いつも見ているNHKイーテレの番組がオリンピック中継のために中断されている」のが面白くないと。みんなテレビをそれ程長時間見る訳ではないので余計に見たい番組が放送されていないのが許せないようだということでした。オリンピックに対してもいろいろな見方があるのが面白いですね。漸く五輪が終了したと思ったら、今度は高校野球が始まっていて、また、子供番組は中断される機会が多くなっているそうです。

 

 

そう言えば、オリンピックの結果報告に訪問してくれた選手のメダルを齧った市長がいましたねえ。本人は洒落のつもり、愛嬌を振りまいているつもりなのでしょうが、 大の大人のすることでは無いですね。見ていて恥ずかしいと思いました。

名古屋の地下鉄に暴力行為防止のポスターが張り出されています。「人を殴るのは悪いこと」、そんな当たり前のことは「大の大人に言うことじゃないよな」と強面の俳優、藤岡弘さんがアピールしているポスター。インパクトがあって上々の評判、暴力行為の防止に効果をあげているそうです。「(人の)メダルを齧るのはよくないこと」、市長室にも是非一枚、張り出しておいて欲しいなあと思いました。

 

 

こういう時こそ俳句かと。以下、相変わらず僕の備忘録として書いています。お付き合い頂ければ嬉しいです。 

 

8月第二週です。司会は岸本葉子さん、選者は鴇田智哉さん。ゲストに脳科学者の茂木健一郎さん。茂木さんは俳句大好きで、鴇田さんのフアンだそうです。自分の好きな鴇田”先生”の句を紹介していました。

 

   鳥が目をひらき桜を食べてゐる   鴇田智哉

 

俳句を読むときに読者が得る視野を鴇田さんは「句のひとみ」と表現していますが、今回は二つのものの”同化”に立ち会う「句のひとみ」がテーマです(何やら分かり難そうなテーマ)。例句で説明していました。

 

   おぼろ夜のかたまりとしてものおもふ   加藤楸邨

 

「おぼろ夜」と作者である”私”が同化していると。”読者は二者の同化の場に立ち会っている”との見方です。

 

今週の兼題は「ばつた」。特選三句です。

 

一席   すぐ前を遥か前へとばつた跳ぶ

二席   吊り橋をばつたの息と渡りけり

三席   顔半分開きて螇蚸草を食む

 

面白いと思った句です。

     一瓦の螇蚸を今日の単位とす

読みは「いちグラムのバッタを」となりますが、こんな漢字は俳句以外では使うことは無いでしょうね。

 

鴇田さんの句が追加で紹介されていました。

 

   会をしに出てゆく秋の体たち   鴇田智哉

 

鴇田さんは寝起きの時のように頭がぼんやりしている時の感覚を大切にして句に取り入れたいと思っているそうです。「常識」に囚われることなく「遊び」の心・意識を解放して句にすることを大切にしているそうです。

 

司会の岸本さんから「脳科学の観点から俳句のトレーニングについてのコメントを」と突っ込まれて、茂木さんがパターン学習とタイムプレッシャーを挙げていました。良い句をたくさん読みこなすこと、それから自分にプレッシャーをかけて限られた時間内に句を作ることは脳の訓練になるはずとのこと。分かるように思いますが、なかなか継続、実行出来ませんねえ。

 

 

第三週。司会は中田喜子さん、選者は岸本尚毅さん。ゲストにお笑い芸人のAマッソ加納さん。僕はお笑い番組を全く見ていないので存じていない方でしたが、彼女は最近、俳句に挑戦中とのことで、今は尾崎放哉の自由律俳句にハマっているとのことでした。メリハリの利いた話し方のなかに頭が良さそうな気配が感じられる面白い女の子です。映画、エッセイ、小説も手掛けている由。

 

今週の兼題は「天の川」ですが、テキスト・番組でも「天の川」という大きな季語を取り上げて”悠久や永遠を想像する”作例を紹介していました。「天の川」と言えば、なんといっても、芭蕉の句です。この句、大好きです。

 

   荒海や佐渡に横たふ天の川   芭蕉

 

次はいろいろな読み方が出来る謎めいた句です。

 

   天の川禽獣の夢ちらかりて   飯島晴子

 

岸本さんによると「作者は読者に”かく読むべし”という読み方を強いる気持ちはなく、とりとめのない言葉の塊から読者が自由に想像を紡ぎ出すことを期待しているのでは」との解説でした。

 

今週の特選三句です。

一席   天の川両手広げて我沈む

二席   手のシャボン流れ工場に銀河澄む

三席   銀漢の端にぽつんと待合所

 

一席の句は虚子の句、

 

   わが終わり銀河の中に身を投げん   高浜虚子

 

を紹介して「”身をなげん”というのを具体的に言うとこの句のようになるのかなあ」と岸本教官が鑑賞しているのが面白かったです。

 

 

添削道場は割愛しますが、加納さんの句、

 

   天の川後部座席に流れけり   Aマッソ加納

 

は特に添削の必要無しとの評価でした。

 

 

名古屋市科学館プラネタリウムにこの二か月ほどで二回行きました。ずっと満員札止めの状態が続いていましたが、時節柄、席が取れる様になっています。「天の川」を詳しく投影して説明してくれます。都会の夜空で実際に見ることはなかなか難しくなっていますから、プラネタリウムで見ることが出来るというのは有難いことですね。何回見てもいいもんです。星空はロマンですね。

 

 

俳句のことを書いていても自分の句はなかなか出てきませんでした。「せわしない」ので句を詠む余裕もないのかしら。鴇田さんを見習って頭を自由に開放してまた挑戦してみます。今回は駄句は無しです。

 

 

久しぶりに料理の写真です。

f:id:hayakira-kururu:20210816081938j:plain  f:id:hayakira-kururu:20210816081954j:plain  f:id:hayakira-kururu:20210816082015j:plain

何の変哲もない料理だなあ。カレーライス、チャーハン、ゴーヤチャンプルーゴーヤチャンプルーは先日、留守宅に帰った時にカミさんの分も合わせて二人分作ってみました。店やモンに飽きたので。結構美味しく出来て素直に喜んでくれました。でも分量が多くなると勝手が違いますね。この写真は隠れ家で一人分作ったもの。やはり一人分が料理しやすい。2021年8月上旬、料理と撮影。 

 

 

2021年8月の景色

f:id:hayakira-kururu:20210803231955j:plain

平和公園、夕方5時近くですが10分も歩くと汗だくです。真夏日猛暑日が続きそうです。2021年8月3日、撮影。

 

8月になりました。

NHK俳句、8月の第一週を見ていたら兼題の季語は「新涼」。この暑い盛りに「新涼」というのは俳句の世界と言えども如何にもそぐわないなあと一人ブツブツと小言が出てしまいました。コロナでイライラしているからかも知れません。俳句の季節は8月からは秋に区分されていますが、解説を見ると「新涼」というのは「立秋」を過ぎてようやく感じる涼しさを表す言葉と書いてありました。「秋涼し」「涼新た」「爽涼」とも。「立秋」は新暦で8月8日ごろで今年は8月7日になっていますから、せめて第二週以降の兼題に使ってほしかったなあと。もっとも立秋になろうが暑さはあまり変わっていない、もっと厳しくなっていると覚悟してますが。という訳で?NHK俳句からです。

 

7月の第四週、初心者向けのNHK俳句部です。先生は櫂未知子さん、組長は塚地武雅さん、今週の生徒はいとうまい子さん。今週も宿題の点数発表から。宿題の兼題は「風鈴」「夜の秋」「滴り」「夕焼け」「海開き」「蝉」「草いきれ」それと自由題。以下、先生から8点を貰った作品です。

いとうまい子さんの句

   置き去りの風鈴ひびく空き家から   

   思い出の貝がら一つ夜の秋 

塚地武雅さんの句

   風鈴のおちこち鳴いて高円寺

   夏帽子深く被りし淑女かな

櫻井紗季さんの句

   新しくページを綴る夜の秋

   足跡の大きくくらぶ海開き   

田中要次さんの句(8点は一句だけでした)  

   夕焼けや新花巻の駅ホーム

 

今月の兼題は「風鈴」、大賞の句です。

   みづうみは波をゆるさず風鈴売

入選句で面白く思った句です。

   風鈴に風のつまづく小昼かな

 

今週のテーマは「涼しいような気がする季語」。テキストには、まず涼しさを直接感じさせる季語として「扇子」「扇風機」「冷房」、「サンダル」(最近、歳時記に採用されたとか)「避暑」「水遊び」「海水浴」、「氷菓」「サイダー」「ラムネ」「麦酒」等々が紹介されていました。意外な季語では「甘酒」。暑い時に温めて飲んで汗をかき、そこからかえって涼しさを感じる、という昔の習慣から夏の季語になっているとか。次いで、涼しいような気がする季語、例えば、見て涼しさを感じる「金魚」「熱帯魚」「水中花」(櫂さん、この季語お好きなようですね。昨年も紹介されていました)。それから耳で涼しさを感じる「風鈴」。櫂さんの句です。

   風鈴や猫ひっそりと神楽坂   未知子

句作の特には、季語の説明になるのではなく、季語の持つゆたかさを味わって作ることが肝心のようです。

 

8月第一週。司会は武井壮さん。選者は片山由美子さん。ゲストにはタレントの壇蜜さん。今週のテーマは「口語」。テキストを見ると近現代の口語俳句の代表例句として、

   毎年よ彼岸の入りに寒いのは   正岡子規

が記載されていました。この句には「母の詞(ことば)自ら句になりて」という前書きが書かれているそうです。番組で紹介されていた口語ならではの句、

   街の雨鶯餅がもう出たか   富安風生

   みんな夢雪割草が咲いたのね   三橋鷹女

 

また、「や」「かな」「けり」等の切字を口語と共に用いるのはタブーではない、切字と口語的なくだけた言い回しは共存できるとのお話でした。難しいですが面白かったです。

 

今週の兼題は「新涼」。冒頭に記載した通りイライラ違和感を感じました(年ですね)。特選三句です。

 

一席   死ぬ大事忘れてしまふ涼新た

二席   便箋の白き二枚目秋涼し  

三席   明日を待つ教室に風涼新た

 

面白いと思った入選句です。

     新涼や焼きおにぎりを頬張って

 

駄句です。

     歓声無く夏の夜に聖火灯る   孔瑠々

     無観客テレビで応援蝉が鳴き   孔瑠々 

 

 

東京五輪、日本選手が大活躍です。やはり素直に感動しています。今回の五輪は参加する女性選手の割合が48.8%と史上最も高い大会(7/29、日経新聞)だそうです。”多くの人が親しむスポーツは、ジェンダー平等と多様性を目に見える形で示す。こうした動きを歓迎したい”(同)。そんな気持ちで見ているからという訳ではありませんが、日本選手でも女性の活躍が目立っているように感じています。卓球の混合ダブルスの金、柔道の阿部兄妹の金、バドミントンの混合ダブルスの銅、そして、水泳の大橋選手の金二冠。

 

卓球の伊藤・水谷組は決勝で第一シードの中国ペアを逆転して破っての金メダルですから盛り上がり方も半端ではなかった。まさに快挙なのですが、その前の前の準々決勝が凄かった。たまたまこの試合を実況で見ました。ドイツペアに大差でのマッチポイントを握られた末の大逆転の勝利だったのです。まさに起死回生。諦めの良い僕は”こりゃ、もうアカンわ。負けや!”と観念していたのですが、そこからまさかの奇跡の大逆転。卓球というゲームの恐ろしさ、面白さが感じられた試合でした。お二人の気持ちの強さ(この時は特に水谷選手が凄かった!)を感じました。

バドミントンの東野・渡辺組も頑張ったですね。他のメダル候補がダメだっただけに尚更かと。柔道は男女どもにメダルラッシュですが、その中でも同日の試合で兄と妹が共に金メダル。それぞれの階級が同じ水準であったからの同日の試合になったのでしょうが粋な運命の計らいであったと思いました。お二人ともに良い表情をしていました。

水泳の大橋選手。自分でも”思ってみなかった”と喜びを表現していましたが、水泳、陸上というのはオリンピックのメジャー競技ですから、そのメジャー競技種目の中での金二冠ですから大変に値打ちがあるものだと思います。

野球、ソフトボールは開催都市が追加できる種目として今回正式種目になっています。参加国・チームもそれぞれ6か国のみ。特に野球はアメリカのメジャーリーグの選手は参加しておらず、日本はトッププロ全員参加しているのが何やら釈然としない気がして仕方がありません。ソフトボールもやや寂しい思いで見ていましたが、優勝の時の選手・監督の表情を見ているとそんな穿った気持ちも吹き飛んで感動を与えてくれました。

一方では残念な結果に終わった選手もたくさんです。開会式で聖火台への最終点火の大役を果たしたテニスの大坂なおみ選手、三回戦で惨敗でした。金メダルを取ってインタビューに答えるところを見たかったですが残念な結果でした。

男子バスケットとサッカーに期待をしていましたが、バスケは残念ながら予選リーグ全敗。まだまだ世界の壁は厚い。一方、サッカーは頑張っています。今晩、あのスペインとの間で準決勝です。楽しみですねえ。ワクワクドキドキです。

 

 

 五輪は17日間の折り返しを過ぎました。スエーデンのメダル有力候補選手がコロナ陽性で欠場となることが発表されたり、酷暑に対する不満が続出したり、大会規則違反で資格剥奪処分が出たり、運営は問題山積。スポーツ大会として無事に閉会式を迎えることをお祈りするばかりです。

7月30日に緊急事態が埼玉、千葉、神奈川、大阪の四府県に追加発令(東京、沖縄も併せて六都府県)されました。北海道、石川、京都、兵庫、福岡の五道府県にはまん延防止措置が適用。いずれも8月2日から31日まで。イライラの原因の一つですが、自分で何か思うところを記載しようとすると余計にイライラするように思いますので、日経朝刊「春秋」(8月1日)の記事を貼り付けです。

・・・・・教育関係者からこんな格言を聞いた。「凡庸な教師はただしゃべる。よい教師は説明する。すぐれた教師は自らやってみせる。そして、偉大な教師は心に火をつける」。米国のある文筆家が残した言葉だという。スポーツやビジネスの世界でも時々引用されるようだ。

▼教科書を棒読みするだけの授業は問題外。話し方や伝える内容に知恵を絞り、生徒の「やる気スイッチ」を入れる。志ある教師は、そのためにあらん限りの情熱を注ぐ。教室に限ったことではない。一方的に主張を押しつけることなく、言葉を尽くして相手を動かす。あるべきリーダーの姿にもつながるのではなかろうか。

▼空前の金メダルラッシュに列島中が沸くかたわらで、新型コロナウイルスの感染拡大は深刻さを増している。明日からは緊急事態宣言の対象地域が広がる。しかし、街角を眺めてもそれほどの切迫感は感じられない。行楽地や繁華街の人波は絶えず、飲食店の店頭で「お酒飲めます」の看板が酔客を誘う。どうしたことか。

▼「いましばらく慎重な行動を」「五輪はテレビで観戦してほしい」。記者会見での菅義偉首相のメッセージはこれまでの繰り返しが目立った。これで自粛疲れの心に火がともるとは、とても思えない。言うことを聞かない生徒が悪いのか。それとも教師が凡庸なのか。手をこまぬくうちに学級崩壊、とならねばよいのだが。

・・・・・以上、同感ではあるのですが、政治というのは結果責任が問われるもの。「生徒が言うことを聞いてくれないから」では全く仕事をしていないのと同様かと。

 

 

話題が全く変わりますが、日経新聞の朝の連載小説「ミチクサ先生」が終わりました。伊集院静さん作、夏目漱石の生涯を描いた作品です。途中、伊集院さんが病気療養のためかなりの期間、休筆となっていましたがこの7月末に無事に完結したもの。毎回読んだ訳ではありませんが面白く拝読しました。漱石の作品自体もそれほど沢山読んだ訳では無いのですが、漱石の”人となり”には興味・関心を持っています。この連載を読んでいる途中で「漱石の家計簿」という本が出版されていたのを思い出して、例によって、千種図書館で借りて読むことが出来ました。面白いことに、また「神谷美恵子さん・つながり」を見つけました。明治、大正、そして昭和にかけて日本は濃い時代であったように思います。

 

漱石の家計簿」、山本芳明さん著。教育評論社、2018年4月初版、7月第二版。副題に「お金で読み解く生活と作品」とある通り”漱石の文学活動を経済的視点から・・・死後に生じた経済的な効果と文化資産として・・・捉えようとした”作品です。

 

漱石自身は、権力・金力による支配を嫌っており、所謂”金持ち嫌い”。時の三井、三菱財閥の中心人物たち(所謂、「新華族」階級=当時、国家に対する特別の勲功により新たに華族となった人々)に嫌悪感を持っていたそうですが、この本によると、そういう思いの反面、漱石自身はホトトギスに「吾輩は猫である」の連載を開始し、その後朝日新聞社に入社して以降は、当時としては破格の原稿料収入、印税収入を得ていた。要するに立派な中産階級以上=金持ち階級の暮らし向きであったとのことです。勿論、漱石の精神的なスタンスは変わらず、作品の中で”金の力で支配出来ない真に偉大なモノ”を追い求めようとしており、自らも「則天去私」を理想としていたのは間違いのないことなのですが。

 

そして漱石の死後(漱石は1916年(大正5年)12月9日に死去)、”漱石ブーム”により遺族・夏目家は”印税成金”に。当時は第一次世界大戦に伴う”大戦景気”。船成金、鉄成金等々の成金が多数出現して”成金景気”とも言われた時代。しかし、大戦景気も束の間、戦争が終わり一転して戦後恐慌に。印税成金と言われた夏目家は株取引の失敗、真珠事業投資の失敗で財政状況が急速に悪化。漱石の全集出版を発行することで窮状を回復しようとしたそうです。

 

漱石にはその後の日本の近代文学を担うことになる多数の門下生がいたのですが、徐々に夏目家のやり方には批判が高まった。漱石の書斎である「漱石山房」の保存のあり方や、信頼関係にあった岩波書店に仁義を切らずに別な出版社を起用するとか亀裂が深まるばかり。更に後になり夏目家が漱石著作権が消滅する年(1946年(昭和21年))に「漱石」の商標を登録しようとしたことでその亀裂は決定的なものになったようです。

漱石門下生を代表する一人が安倍能成。彼の批判「”食い物にするな”。安倍氏、夏目家をなじる」が朝日新聞に掲載されたとか。

 

ここで漸く「神谷美恵子さん・つながり」の話になるのですが、神谷さんのお父さん、前田多門は戦後の文部大臣をした方ですが在任中に公職追放となり、その後任を託したのがこの安倍能成さん。ほぼ同年の生まれで、片方は新戸部稲造に師事、片方は夏目漱石に師事していた二人ということになります。前田多門が文部大臣就任したのは1945年で、就任とともに神谷さんは文部省にて翻訳業務のための勤務を開始しており、後任の安倍能成が大臣を務めた期間もずっと通訳、翻訳をやり続けたそうです。残された記録を読むと通訳、翻訳の業務に留まらず大臣に対するアドバイザー的な役割を果たしていたような印象を受けます。本来は東大医局で医者として、また、文筆家としての活動に時間を費やしたかったそうなのですが、自分のやりたいことを横に置いて父親をはじめ人から何かを頼まれた時には断ることをせずに精神誠意尽くした人だと言われています。本当にエライ、魅力的な人だと思います。

 

それにしても当時の日本の心ある方々の輪は随分と濃密なものであったように感じられます。少数精鋭の社会であったのかしら。”エリート”というのが存在した社会だったのかも知れませんね。志の高い方々の繋がり、ネットワークがあり、お互いに良い影響を与えあっていたのではないかと。もう少し、いろいろな角度から神谷美恵子さんの勉強・研究を続けて見ようと思っています。

 

 

f:id:hayakira-kururu:20210803105442j:plain

久しぶりに「居酒屋ヒデさん」にお邪魔しました。右から、「夏野菜のラタトウイユ」「キノコのマリネ」「ネギのマリネ」「イワシのマリネ」「お刺身二種(マグロの塩締め、鯛の昆布締め)」「カンパチのカルパッチョ」「豚しゃぶサラダ仕立て」。

カミさんが6月の誕生日で古稀となり子供達一同からお祝いのネックレスを貰って、この日に長女が代表してプレゼントしてくれました。大喜びしていました。見ていてこちらも嬉しい限りです。2021年7月24日、料理(ヒデさん)と撮影。 

 

f:id:hayakira-kururu:20210803140635j:plain

 次女一家が日帰りキャンプに。”メスティン”と呼ばれる飯盒炊飯の道具の様です。アウトドア用クッカーとか。お米に人参、ゴボウ、焼き鳥缶詰、タレを加えて火にかけるだけで簡単に出来るらしい。サクトくんは5歳年上のタカトお兄ちゃんのやることを全部真似してやりたがるそうです。7月24日、料理と撮影(次女一家)。

 

 

サッカー、スペインに勝てませんでした。延長戦で0:1での敗戦。世界の壁は厚くて高い。”善戦健闘”で終わってしまいました。残念でした。おやすみなさいませ。

東京五輪・開幕前夜

 

今日は7月22日、明日がオリンピックの開会式です。今日と明日が祝日になっているのを今週19日の月曜日(もともとの”海の日”の祝日)まで気が付きませんでした。情けないやら恥ずかしいやら。まあ、毎日のんびりした生活を送っていますから祝日であろうがなかろうが然程は影響ないことには間違いないのですが。

 

今月に入ってからは、やはりコロナとオリンピックのニュースが気になっています。嫌になる話が多いです。コロナの感染拡大は悪いほうの予想通り急加速していて専門家の話では「すでに第五派が進行している」由。東京および周辺の首都圏全域での感染の拡大は目を覆いたくなるほど。

コロナ禍のなか五輪の運営は益々難しくなっていますが、全く論外の不祥事が続いています。「五輪直前、新たな試練」の報道も。19日、開会式の楽曲制作の担当が辞任。過去、学生時代に障害のある生徒にいじめをしていたことに批判が続出、組織委員会が方針を転換して謝罪に追い込まれたとか。また、明日の開幕を控え今日22日になって開会式のショーの責任者・デイレクターが解任されたとの報道。昔、売れない時代にナチスドイツによるユダヤ人虐殺を揶揄するコントネタをしていたことが問題になったと。組織委員会の脇の甘さはいかがなものかと、もうこれは「試練」云々のレベルを超えていると思います。

そう言えば、女性蔑視発言で大会組織委員会の会長を辞任した森元総理がIOC会長のあのバッハさんの歓迎会に出席したそうです。そのことを記者から質問をされた政府官房長官は「元総理の立場で参加されたと聞いている」と説明をしたとか。

19日の日経記事では「米紙ワシントン・ポストは17日の記事で東京五輪について『完全な失敗に向かっているように見える』と論評するコラムを掲載した」と報じられていました。世界に対する歓迎を示すはずであった「おもてなし」の心は「偏狭で内向きな外国人への警戒」に変化したと論評しているそうです。原文を読んだ訳ではありませんが、受け取り様によっては日本人に対する一方的な非難のようにも感じてしまいます。日本の行政乃至は五輪の運営に対する論評なのかを明確にして記事にしてほしいモノだと残念に思いました。

 

宮城、茨城、静岡県以外の会場では無観客での開催となりました。宮城県では「復興五輪」へのこだわりからお客さんに来てもらうべしとの判断をされた由。県内でも意見が分かれており、知事と市長との意見の差、溝も大きいとか。サッカー会場は最大一万人を収容することになり三県のなかでは収容者数は宮城が最多となるそうです。感染拡大に繋がらないように祈りたい。

 

参加選手のほうも大変のようです。選手については連日の検査に加え、立ち入り先や移動手段を厳しく制限して外部との接触を断つ「バブル方式」が採用されています。一方、海外からの大会関係者は多くが一般のタクシーを利用しているとか、選手と接触する警備や輸送関係者への対応もマチマチとか、「バブル方式」の有効性が懸念されています。競技が盛り上がるにつれてフアンが会場周辺、街に集まることも十分に考えられ、さまざまな事態を念頭においてきめ細やかな対策が求められると。「感染を封じて五輪の安全な運営を」(日経7/15社説)。

 

 少しは明るい話題も報じられていました。「復興五輪、パリで発信」の記事。次のオリンピック、2024年五輪の開催都市パリで、東京五輪の開会式の直前に福島を中心に宮城、岩手の三県の食材をPRするイベントが開かれるそうです。コロナ禍で沈滞する「復興五輪」の理念を海外に発信する、被災地支援に取り組んでいる二つの団体の共催です。

もともとの今回のオリンピックの開催の意義「復興五輪」。地味な活動だと思いますがアピールしてもらえれば嬉しいなあと思います。

この記事の隅っこに嫌な記事が掲載されていました。国民感情を逆なでするような残念な記事。「韓国選手団は独自弁当、福島県産の食材を懸念」。韓国のオリンピック委員会である大韓体育会は、選手村近くのホテルを借りて韓国選手団の弁当を用意する給食センターを設置するそうです。韓国では福島第一原発事故後、福島を含む日本の8県産の水産物輸入禁止措置を続けており、一般市民の間でも依然として福島県産の安全性を心配する見方が根強いからだそうです(以上、7/20、日経・夕刊)。

 

五輪の競技運営そのものにも課題が山積しているようです。感染者が出た場合「失格」ではなく「棄権」扱いになるとか。濃厚接触者と認定された場合の取り扱いはどうなるのか、まだあいまいな点も残されている様子。決勝進出チームで感染が発生するケース、クラスターが発生するケース、もうこれは悪夢であろうと。

  

今晩、サッカー一次リーグで日本と対戦する予定の南アフリカチームでは、選手に三人の感染者、多数の濃厚接触者が出ています。試合が出来るかどうかが心配されましたが、幸いに試合は成立することになりました。

日本のサッカー代表チームは事前の強化試合で金メダル候補のスペインと引き分け。期待が高まっています。同じく、男子バスケも強化試合で世界ランク7位のフランスを破っており、これも大変に期待が高まっています。 開会式前に始まった予選会では、女子ソフトボールが二連勝。女子サッカーは強豪カナダと引き分けスタート。選手、関係者がコロナ禍に巻き込まれないように引き続き試合に臨めますように。

 

今回の五輪は、改めて「オリンピックは何のため」ということを問いかけているように思います。日経7/15付けの春秋欄に一つの問題提起がされていました。

「コロナ禍ではほぼ無観客の開催となる東京大会も、テレビの放映権料が入るからIOCの腹は痛まないと聞く。・・・開催国に負担を強い、自らは肥え太るIOCビジネスが限界に来ていることは自明だろう。・・・そんな中で開く大会が五輪貴族たちに改心をもたらすなら、いささかの救いはあるが---」。主旨はこの通りだと思いますが、あのバッハ会長に「改心をもたらす」なんてことはあり得ないことでしょう。

先ほどのワシントンポストの記事にも「(無観客の)会場や納税者負担で『東京都民はなぜ、誰のためにこの犠牲を払うのかを自問自答している』」と記載がありました。

 

ちょっと観点が違うかも知れませんが、何日か前の日経新聞の記事に「学生アスリートの報酬承認。NCAA独禁法違反で完敗」という記事がありました。全米大学体育協会NCAA)が学生がスポンサーをつけるなど肖像権を使って報酬を得ることを承認した、というものです。最初はアマチュアリズムとプロ化の議論なのかと思ったのですが、全くそうではなく「NCAAのビジネスモデルは無給の学生アスリートを使って多額の収益を得ている=独禁法上の深刻な問題」という争議であった由。

  

オリンピックがアマチュアリズムから乖離して商業化に大きく舵を切ったのは1984年のロスアンジェルス大会です。スポンサー契約、TV放映権、プロ選手の参加。カール・ルイス選手の陸上4冠がそれを象徴すると言われています。IOCが「オリンピック・ブランド」の商売を確立した大会。その前の1980年のモスクワ大会はソ連のアフガン侵攻に異議を唱えてアメリカのジミー・カーター大統領がモスクワ大会への参加をボイコット。政治の問題、人権の問題、人種の問題を経て、1984年ロス大会では商業化の問題が発生した(商業的には大成功!であった)。「オリンピックは参加することに意義がある」というのが死語になった大会という意味では大変な変わり目の大会であったと言われています。 

 

今回の運営の仕方の経緯を見ていて一日本国民としてイライラが募る一つの原因は「五者協議」。大会組織委員会、都市・東京都、日本国、それとIOC国際オリンピック委員会)、IPC(国際パラリンピック委員会)の五者協議。開催国側=委員会、都市、国の主体性が見えなかった。オリンピック・ブランドビジネスを確立しているIOCの意向に振り回されているだけだった様に感じられます。何やら、巨大IT企業と国家との関係に近いような。両者に共通する変な違和感を持って見てしまいました。 

 

20日、たまたまですがアマゾンの創業者ジェフ・ペソスさんら四人の有人宇宙飛行が成功。宇宙”旅行”の時代ですね。上空、たかだか80-100㎞の高さだそうです。平地で言えば、車でせいぜい1-2時間の距離かと。地球の引力というのが凄まじいパワーであることを実感します。人間というのは地球の表面に張り付いて生活している生き物なんですね。宇宙からみたらコロナとかオリンピック騒ぎしているのはどんな風に見えることやら。先駆者はレスペクトしたいですが、巨大組織が国家の枠から離れた活動でフェアな取り組みに繋がることを期待したいものです。

 

 

スポーツの大きな効用は感動を与えてくれること。スポーツ(観戦)大好きなクルルのおじさんとしては、選手・チームが十分に力を発揮して感動を与えてくれることを祈るばかりです。

  

 

あまり楽しい話題ではありませんでしたので最近のスポーツの楽しい話題を二つ。 

その一。大谷翔平選手。

大リーグのオールスター戦。ホームラン・ダービーで第一シードで出場しました。大リーグのホームラン・ダービーで第一シードですよ。さらにオールスタ―ゲーム本戦。ルールの変更までなされて”一番指名打者+先発投手”で出場しました。一昔前の「良きアメリカ」を思い出しました。選手同士もお互いをレスペクトして親交を深めている。久しぶりに良い景色でした。その素晴らしい景色の中心が大谷選手だというのに痺れました。

 

その二。照ノ富士関、横綱に昇進。

kururupapa.hatenadiary.jp

照ノ富士関、大関陥落の時のブログです。膝、糖尿病、内臓疾患に苦しみ大関の地位を失い番付を転がり落ちた。27歳で第二の相撲人生が始まり序二段からの復帰。千秋楽の大一番には大きな声援が飛んでいましたが白鵬の気合が勝りました。文字通りのケンカ相撲、白鵬の闘争心の凄まじさに驚きました。横綱の品格を問われる以上に闘争心が全面に出ていたと思います。

 

大谷選手の活躍、大相撲の大一番、いずれも観客の大声援が場を盛り上げていました。観客のいないスポーツとは。TVで観戦する無観客のオリンピック。改めて何の為のオリンピックかと思ってしまいます。

五輪に参加しているアスリートさん、一人ひとりが、コロナに邪魔されずに日ごろの鍛錬の成果を無事に発揮してくれますように。

 

 

話が変わってNHK俳句、7月第三週です。お付き合い頂ければ嬉しいです。第三週、司会は中田喜子さん、選者は岸本尚毅さん。ゲストには”なぞかけ芸人”のねずっちさん。「整いまいした・・・、その心は・・・」のフレーズを思い出しました。今月のテーマは「俳句と夢」。赤尾兜子の句が紹介されていました。昭和18年、兜子18歳の初期の作の由。

 

   蚊帳に寝てまた睡蓮の閉ずる夢   赤尾兜子

 

(註;蚊帳は難しい一文字の漢字でした)

テキストを見ると漱石の句が載っていました。

 

   或夜夢に雛娶りけり白い酒   夏目漱石

 

(あるよゆめにひなめとりけりしろいさけ)

漱石30歳の時の句だそうです。一年前に鏡子夫人を娶っていたとか。ちょうど日経新聞の朝刊の小説、伊集院静の「ミチクサ先生」がほぼ最終章。寺田寅彦芥川龍之介が亡くなった漱石先生の思い出を語り合っているところでした。漱石というのはやはり大変に魅力的で楽しい方だったんですねえ(この週のNHK俳句とは何の関係もありませんが)。

今月の兼題は「蚊帳」。特選三句です。

 

一席   蚊帳の中明日の剱岳の地図披く   

二席   キューピーと寝たるはしかの蚊帳高し

三席   蚊帳ゆらす山から田へのかよいかぜ

 

面白いと思った句です。

     今しがた殿急変の蚊帳を剥ぐ

 

選句の発表のあとは岸本教官の「添削道場」です。岸本さんは「添削」で評価が高い先生なんだと理解するようになりました。司会とゲストの句、それと投句の中から一句を「添削」されています。

 

投句から   幼子の頬っぺに蚊帳の押し模様  

教官添削   幼子の頬なる蚊帳の押し模様

 

   蚊帳吊るや繕ひあとは豆絞り   中田喜子

   蚊帳吊るや当てたる継ぎは豆絞り   教官添削

 

   蚊帳の中着てる浴衣は加賀友禅   ねずっち

   蚊帳に透け加賀友禅の浴衣かな   教官添削

 

加賀友禅は「蚊が悠然」のなぞかけ(駄洒落)です。”蚊帳に透け”という上五はなかなか出てこない言い方だと皆さん感心されていました。やはりプロの添削という感じがしてきますね。因みに、投句の「頬っぺ」を「頬なる」にしたのは「幼子」ですでに”可愛らしさ”は出ているので重ならないようにとのことでした。  

 

駄句です。

   明日開幕五輪はコロナに耐えうるか   孔瑠々

   二回目を終えた集まり生ビール   孔瑠々 

 

おまけの料理は省略です。面白い写真が撮れませんでした。また、次回に。

 

追伸;サッカー、日本男子は初戦を勝利しました。それから今週は「写真」も無しです。次回は準備したいです。お休みなさいませ。