クルルのおじさん 料理を楽しむ

解除・再開 ⇒『凌ぐ!』を続ける

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今年も永良部のユリが満開です。これは名古屋でお世話になっている方のお庭。数年前に球根を差し上げたら何シーズンも続けてキレイに咲かせて頂いています。嬉しいですねえ。2020年6月1日、撮影。

 

 

 

 5月25日、緊急事態宣言が全面解除されました。4月7日に 7都府県を対象に宣言が発令されて以来、ほぼ、一か月半ぶり。4月16日には、緊急事態宣言の対象が全国47都道府県に拡大され、13都道府県は「特定警戒都道府県」に指定されていました。約一か月後の5月14日に 39県で宣言解除、5月21日には関西3府県で解除され、25日に残りの首都圏、北海道の 5都道県で解除となりました。

 

但し、世界全体ではコロナの勢いに衰えは見えておらず。5月25日のWHO(世界保健機関)の会見では「感染拡大の第一波の真っただ中」との警鐘が鳴らされています。南米など新興国で患者が急増しているほか、規制を緩和し始めた先進国に第二波が到来するリスクがくすぶっているとの見方です(5月27日、日経)。

 

 

5月12日のブログで、日本の政府の対策に対する僕の印象として「イライラが減らない、ストレスを感じる」と記載してしまいました。

kururupapa.hatenadiary.jp

 

今日の日経記事に僕の感じていることをキチンと整理して纏めてくれている記事を見つけましたので、全文コピーを貼り付けておきます。日経電子版には数日前に掲載されていたのですが、紙面に掲載されたのは本日(6月1日)でした。

 

 

・・・以下、日経記事です。

コロナ 免れた感染爆発 日本の対策「勝因」見えず 

合理性欠いた自粛要請

 

緊急事態宣言がほぼひと月半ぶりに解除された。当初恐れられていた感染爆発を免れ、日本の流行はいったん収まりつつある。にもかかわらず、モヤモヤしている人も多いだろう。果たして日本の新型コロナ対策はうまくいったのか。

 

 

 
 ウイルス学者や感染症の医師といった感染症対策のプロが集う「コロナ専門家有志の会」のメンバーの一人が5月中旬、緊急事態宣言の一部解除を前に発した言葉が印象的だった。「感染者は確実に減ってきた。ウイルスを封じ込めているようだ。しかし、いったい何がこんなに効いたのか。よくわからない」
 

パンデミック(世界的大流行)の第1ラウンドでは各国の医療体制や対策の巧拙が感染者数や死亡者数を左右した。情報テクノロジーをうまく使いこなした台湾や、徹底した検査と追跡、隔離で感染を抑え込んだ韓国、官学一体で合理性ある戦略にこだわったドイツなど、「台湾モデル」「韓国モデル」「ドイツモデル」として他国は手本にしようとする。

 

日本は感染者数や死亡者数といった結果だけみるとこうした国々となんら遜色がない。しかし、「日本モデル」という称賛の言葉は聞こえてこない。対策はデータを重んじる合理性や一貫性を欠き、「自粛要請」という矛盾した言葉を国民の行動に強いてきたからだ。まねしようにもまねできるものでない。

外出制限の前提になった「8割」自粛。本来は人と人との接触を減らす数値目標だった。しかし、緊急事態宣言下でいつの間にか主要ターミナル駅や繁華街といった都市部への人出(人の流れ)の削減にすり替わった。人出が減るのと、人と人との接触が減るのとはイコールではない。そもそも接触機会の削減をどう定量的に示すかも定まった手法はない。

緊急事態宣言が始まった4月8日以降、各都道府県では一体、何割の接触削減が達成できたのか。それによって感染者や死亡者の動向にどう影響したか。今後、きちんとした検証が待たれる。

 

PCR検査不足に対する説明が不十分な点も社会に不安や不信をかき立てた。厚生労働省の医系技官が中心になって、検査の絞り込みを決めたとされる。疫学調査を優先し医療崩壊を防ぐのが目的なら、過少検査でも問題がないとする根拠を丁寧に説明すべきだった。

 

発足当初から政府内での位置づけが不明確だった専門家会議の迷走も、対策への信頼を損なう要因になった。同会議はあくまで医学的な見地から政府に助言を行う組織で政策の決定者ではない。にもかかわらず時に大いなる存在感を示した。

極め付きは専門家会議が5月4日に公表した「新しい生活様式」だ。買い物では通販を積極的に利用し、食事の際は対面ではなく横並びに座る。生活の場面ごとにきめ細かく示した実践例は、医学的助言とはほど遠いものだった。責任をとりたくない政治や行政が、専門家という権威を巧みに利用したともいえる。

 

日本大学の福田充教授(危機管理学)は「(新型コロナのような)感染症対策では情報を収集、分析、調査し適切にわかりやすく伝える能力が国に問われる。何かが隠されていると思わせるのは、リスクコミュニケーションとしては大失敗」と指摘する。

秋以降、北半球では流行の大きな第2波がくると予想される。政府は第1波で感染者と死亡者数が比較的少なくすんだ「勝因」をきちんと分析し明らかにする必要がある。再び、むやみに「8割減」を求められても国民はついていかない。

編集委員 矢野寿彦)

 

・・・6月1日付け、日経新聞です。良い記事だと思うのですが、何故か11面の余り目立たない場所に載せられています。この編集委員の矢野さんには「クルルのおじさん」賞を差し上げたいと思っています(気持ちだけです、念のため)。

 

 

 

6月に入り都内の学校が約三カ月ぶりの再開と報じられています。新くん(長女の息子です)の保育園の入園式も遅れていましたが、本日、無事に行われたとのことです。元気いっぱいの新くんは式の後、「もっと、みんなと一緒に遊びたい!」と号泣していたとか。遊べないのは辛いですよねえ。五月の最終週末辺りから繁華街・商店街での人通りも増えてきている様子。東京都の休業要請緩和も第二段階に移行した由。僕はこの日経記事の通り”モヤモヤした気分”が続いたままですが、巷で言われている「命を守り、生活を守る」ための覚悟の上での再開だと認識しています。ワクチンが開発されるか山中さんのおっしゃるファクターⅩが解明されるか、根本的な解決策が確立するまでは、個々人が今まで通り(以上)の基本動作の徹底を続けることが必要なんでしょうね。

 

 

 

このブログで政治的なことを記載するのは本意では無いのですが、アメリカでは大統領の(いつもながらの)不適切・不謹慎な言動からデモが暴徒化したり、中国では香港への統制強化のための国家安全法を採択したり(ドサクサに紛れてという意味ではどこかの国と同じですが。どこかの国では茶番以下の展開になって情けない限りですねえ。これもストレスが増す大きな原因の一つですね)。将来、ハラリさんのような歴史学者さんが2020年のことを記載する時には”呆れて筆が折れてしまうのでは”と恥ずかしくなりそうです。

 

 

 

楽しい話題!。NHK俳句です。新年度の新しい放送がスタートしました。五月最終週は、新年度の番組 、楽しみにしていた櫂未知子さんが登場。この番組は他の週の構成とは異なり、俳句初心者から勉強中の芸能人・俳優・アイドルの方々四人が生徒さんとなり、一年に亘って櫂先生に俳句の指導を受けるというモノ。タイトルは「俳句さく咲く」”俳句ゼロからの出発”となっています。まだスタジオに集合しての撮影ではなく”リモート収録”と言われる各所離れた場所からのテレビ会議方式の収録です。

 

 

櫂さんは俳句の世界では”厳しい指導”で有名とか。ご本人もご自分のことを”ハイ、厳しいです”、”口が悪いです”とハッキリとおっしゃっていました。歯切れが良さそう。5月のテーマは「季語って何?」。厳しい指導ぶりでしたが、ポイントを着いているように感じました。改めて認識出来ましたが、俳句の季節は「春」「夏」「秋」「冬」の四季と「新年」を併せて五つある。一句に季語は一つだけしか入れない。何故なら、季語を二つ入れると視点が動いてしまうから。今回の放送では、テキスト4月号と5月号の投句を纏めて紹介、かなり忙しい時間構成でありました。櫂さんが選んだ特選と櫂さんの句を記載しておきます。

 

四月の兼題は「つぼ焼き」、特選(=この番組では「さく咲く俳句大賞」というらしい)は、

 

  壺焼きに天より落つる醤油かな

 

五月の兼題は「鰹」、特選は、

 

  甲板は蘇芳に暮れて初鰹

 

テキストに載っていた櫂さんの句は、

 

  壺焼きや数えて淡き舟ばかり  未知子

 

  閃光をわがものとして鰹かな  未知子

 

4月のテキストで興味深かったところ。櫂さんは「心をこめる、季節の移り変わりを大切にする」という精神論めいたことよりも、まず、「音数を数える」=定型詩としての俳句を徹底することが先決と言い切っています。ご本人は「中七女」と自称するくらい真ん中の七音に拘っているとか。カミ、シモが6音になることは有り得ることながら、中が八音になってしまう場合、名句が生まれた例はほとんどない、との指摘。

 

5月号のテキストでは「季語」について。いわく「他の文芸が頼りに出来るものを一切持たない中で、俳句は『歳時記』に載っている『季語』という強い見方を持っている」、「歳時記は『あなたはけっして一人ではない』と教えてくれる」、「まずは『歳時記』を楽しむ、そこから出発しましょう」、「あれこれ悩まず、『あ、これも季語』と感動することが、俳句の出発点」とのことでした。確かに、「季語」って知っていそうであまり知りませんねえ。勉強しよっ!(と思います)。

 

 

 

明るい話題!。鯱城学園はまだ休校が続いていますが、園芸科では畑作業があります。と言っても、緊急事態の時には各自で行動を自粛していましたから、ほぼ2か月ぶりのことですが(この間は、先生たちが畑の管理を続けてくれていました)、連絡網で、水やり登板・タマネギの収穫の案内がありました。

 

久しぶりに朝、農園に。前日、雨が降っていたので水遣りは不要、タマネギの収穫は初めての経験ですので、うまく出来るのかやや不安ではありましたが、到着したら、優しい班長さんと先生が待っていてくれました。班長さんに手伝ってもらって(というよりほぼ全部、班長さんがやってくれた)あっという間に収穫完了。僕が植え付けしたタマネギは発芽の状態が良くなかったので心配していたのですが、それでも結構な量を収穫することが出来ました。先生たちが収穫したタマネギまでおまけに頂いて、リュックは満杯、かつ、手さげ袋もいっぱい。50-60個は、あったと思います。持ち帰るのが大変でしたが、マンションで小分けにして、お世話になっている方にお裾分け、久しぶりに近所のお店で一杯やりました。少しづつ日常が回復しつつあるように感じます。

 

 

 

  夏めきてカドの居酒屋笑い声  孔瑠々

 

 

 おまけです。

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収穫したタマネギで「タマネギ酢」を作りました。米酢、はちみつを投入。当分は、タマネギ三昧の生活になりそうです。新タマネギは、サラダで食べると美味しいですが、うまく乾燥させると半年から一年は保存できる状態になるそうです。いわゆる普通のタマネギに。乾燥させる時には、タマネギどうしをくっつけない様にと。「密着」はダメのようです。野菜乾燥用のネットのなかに笊を敷いて間を空けて並べ日陰に吊るして乾燥しています。うまくいくかな?。2020年6月1日、撮影。

 

 

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巣籠り生活で「料理」の機会が増えました。TV等でもその種の番組が増えているように。全国あちこちで料理の腕前を上達させて方がたくさん生まれているのでは!、楽しく過ごせれば良いですねえ。チヂミ、そばめし、ニラレバ炒めです。2020年5月下旬に料理、撮影。

『凌ぐ!』2020年5月の日常、その2.

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リトルスノーの花。二年ぶりに咲きました。小雪ちゃんが生まれた年の「母の日」のお祝いに長男(小雪ちゃんのパパ)がカミさんに送ってくれたもの。その時の花が終わった後もカミさんが丁寧に世話していました。咲くとは思っていなかった。エライ!。2020年5月15日、カミさんが撮影。

 

 

文藝春秋はたまに買って読んでいる雑誌です。「芥川賞」の発表の時には全文掲載されますからほぼ間違いなく買って読んでいます。それ以外の時でも面白そうな特集を組んでいる時には買います。6月号も、先月に続きもコロナ特集「総力特集、緊急事態を超えて」で山中さんと橋下さんの対談記事が掲載されていましたので買って読んでみました。 

 

 

お二人は以前から居酒屋で気楽にお酒を飲む間柄だそうです。もっぱら、橋下さんが酔って話するのを山中さんが聞き役になっている由。文藝春秋5月号の記事のことは、4月27日のブログに書いた通りです。

kururupapa.hatenadiary.jp

 

今月号では、山中さんのコメントが大変に興味深く感心して読みました。この記事の時点で、山中さんが気になっているのは「日本の感染拡大が欧米に比べて緩やか」なこと、そして(科学者の目からは)そこには「絶対に何か理由があるはず」と考えているとのことです。今は分からないこの理由を山中さんは「ファクターⅩ」と呼んでいて、認識を共有している研究者間で情報交換しその理由を解明しようとしているそうです。当初から、東アジア、日本で感染拡大が緩やかなことはイロイロな説(かなりのガセネタも含め)が流布していましたが、信頼に足る科学者の方が真面目に研究・解明しようとしていると聞くと何やら安心出来るように思います。頑張って是非とも解明して頂きたいものです。

 

 

もう一つエライと思うのは、橋下さんが「(政治家が)『家にいよう』というメッセージを発してそのまま平気でいることが出来るのは、犠牲となっている方々への共感力が低い」(この橋下さんのツッコミもいいコト言ってますよね。今回の件では、彼を見直しています)と発言しているのに対して、山中さんが冷静に「僕は、被害者は五種類いると思っている」と、大変に分かり易く整理して話をしていることでした。

 

山中さんが分類している被害者とは、①患者さん、②医療関係者の方々、③ずっと社会インフラを支えている職業の方々(警察官、バスの運転手、宅配業者、等々)、④自粛要請で今までの仕事・生活を犠牲にしている方々、⑤同じく、本来受ける治療・看護が受けられない方々(高齢者、等々)、教育の機会を奪われている子供達。「これらの方々をどうやったら守れるのかという話をもっと盛り上げていかないと」との指摘でした。

特に④、⑤については、どこまで政治・行政が関与すべきか難しいところがあると思いますが、なおざりにされる懸念が強いと思います。TVで垣間見る政府・行政の方々のお話は、どうもポイントが明瞭でない、と感じます。是非、論点を明確にしてアクションに移して欲しいものです。

 

 

さらに、山中さん、「この五種類のどれにも当てはまらない人は、自粛すると同時に、この五種類の困っている人のために何かできないかを考えて欲しい」と訴えていました。この対談の帰路、山中さんは「馴染みの居酒屋がテイクアウトをやり始めたので買って帰ろうと思っている」とのことです。チョットしたことでも今だからこそ「利他の気持ち」を大切にする必要がありますよね。今、この瞬間、自分が出来ることを一つでも、二つでも!、実際にアクションですね。 

 

 

名古屋市の宗次ホールさん。コンサートは軒並み中止、延期の状態が続いています。ホール自体も大変な経営環境に陥っていると思いますが、活動が出来なくなって苦境に立たされている演奏家さん達を支援する活動を開始されています。 

munetsuguhall.com

4月15日の演奏家応援企画第一弾です。過去に開催したコンサート、生演奏のDVDを返礼品にして演奏家さん達への支援を募集されているものです。若手演奏家さんがイロイロな場所で行ったライブ演奏が収録されています。こういうライブ演奏のDVDって珍しいかと。僕の知ってる演奏家の方は出てなかったですが、のんびりお酒飲みながらDVDを見る(いや、聴く!)のも乙なものです。皆さま、是非、応援してあげて下さいませ。

 

 

5月14日には、愛知県を含む39県で非常事態宣言が解除されました。同21日には、関西三県(大阪、京都、兵庫)も解除され、残るは、北海道、首都圏(東京、神奈川、千葉、埼玉)となりました。

 

  解除後もなぜか家飲み五月かな   孔瑠々

 

川柳みたいかな?、反省。ソロリと日常への回復が進みそうではありますが・・・。五月末から六月初めの景色はどうなっているでしょうか。

 

 

 

5月のNHK俳句ですが、前回、記載した通り、コロナ禍で収録が出来なくなり過去の再放送が続いています。

5月第一週は、昨年5月5日の再放送。

5月第二週は、昨年6月2日の再放送。

5月第三週は、昨年7月7日の再放送。

全て、選者は宇多喜代子さん、司会は小林聡美さん。NHKが宇多さん好みなのか、他の週の選者の方の番組は再放送が出来ない取り決めになっているのか、全く訳が分かりませんが、このままでは季節がドンドンずれていくばかり。宇多さん、聡美さんのお話は面白いので僕は楽しく見ておりますが、折角の再放送ですから、もう少し工夫すればよいのにと大変に残念に思います。勉強を兼ねて宇田さん特選三句を中心に記載します。

 

 

2019年5月5日、兼題は「八十八夜」 

 

一席  八十八夜納屋の扉に農事歴

 

二席  銀座にも八十八夜の雨が降る

 

三席  八十八夜一木一草声を出す

 

投句とは別に宇多さんの好きな句の紹介がありました。

 

    逢いにゆく八十八夜の雨の坂   藤田湘子

 

八十八夜は立春から88日目、5月2日か3日ごろ。雨になることが多い日だそうです。春の季語です。

 

 

2019年6月2日、兼題は「豆飯」

 

一席  豆飯や家族の顔が丸になる

 

二席  夕風ややはらかく盛る豆ごはん

 

三席  まめ光りめしつぶ光る豆御飯

 

特選には選ばれませんでしたが、僕が良いなと思った句。孫を思い出しました。

 

    幼子のあのねそいでね豆ごはん

 

選者の宇多さんの句。

 

    手に馴れた箸よ茶碗よ豆ごはん  宇多喜代子

 

食べ物の句は楽しいですね。

 

 

 

2019年7月7日、兼題は「団扇(うちわ)」

 

第一席  足元へ胸へ顔へと水うちわ

 

第二席  おぐたび海豚(いるか)の跳ねる団扇かな

 

第三席  団扇より蕪村の一句香りたつ

 

やはり季語俳句はその季節に味わうのがよろしいようで。

この年度の宇多さんのテーマは「昭和のくらし」です。毎回、昭和の香りがする道具が登場します。宇多さんがご自宅から持参されているものが多いようです。「ちゃぶ台」が出てきたり、「おひつ」を紹介したり、はたまた、電気が無い時代、ブロック氷で冷やして使う「冷蔵庫」の使い方を説明したり、僕たち世代にはなんとも懐かしい景色。昭和も遠くなりつつあるのでしょうね。

 

 

 

鯱城学園は、5月11日付けのお知らせ葉書では、6月以降も登校禁止、再開の時期は未定となっています。それでも園芸科では、先生と農園近くの有志の方が春播きの種まきをやってくれていて、水遣りだけは順番に各班のなかで日程を決めてやることになりました。生育中の玉ねぎの収穫も6月上旬には行うことになりそうです。

 

 

 

おまけです。

偶にはいつもの平和公園ウオーキングコースから離れ、近隣の歴史散策コースを開拓しようとしています。城山八幡宮、旧末盛城跡に行きました。織田信行の居城です。たまたまですが、前回のNHK大河ドラマ麒麟がくる」で、信行(TVでは信勝)が登場していました。信長暗殺を試みて失敗、逆に信行が打ち取られてしまいました(この出来事の舞台は、末盛城ではなく、信長の那古野城でのことです)。この番組もコロナの影響で撮影が中断されており、とうとう6月14日からは放送中止となるそうです。戦国歴史モノは面白いですね。地元が登場するのも楽しいものです。久しぶりに毎回見ているのにホントに残念なこと。

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名古屋市千種区にある末盛城跡。看板は「末森」表示ですが、案内には「末盛」が使用されています。近隣の住所も「末盛」です。城跡は、明治になってから城山八幡宮となり、近隣の複数の神社が合祀されたそうです。右は御神木の「連理木(れんりぼく)」、一度分かれた幹が再び連なって成長しています。名古屋市内では最大のアベマキ。

 

 

隣にある謎の洋館。 

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末盛城跡、城山八幡宮の社の西側にある何やら由緒のありそうな立派な建物。帰ってから調べたら、関東大震災のあとの昭和3年(928年)に建てられた「昭和塾堂」とのことでした。末盛城の二の丸辺りの場所。青年教育の場として建設された由。満州事変の直前の時期ですが、軍国主義、軍事教育とは一線を画した青年教育のための施設。建物の形は上から見ても横から見ても「人」の文字の形になっており「人づくり」を象徴するものであったと。戦後は、一時、市庁舎、県庁者としても利用されていたそうです。現在は立ち入り禁止になっています。

 

 

『凌ぐ!』、2020年5月の日常

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留守宅の庭のスズラン。カミさんが撮って送ってくれました。平兵衛酢の木にも花が着き始め、エラブのユリもそろそろ咲き始めそうとか。花が咲くころには新幹線乗車の禁止令が解除されるかな。2020年5月9日、撮影。 

 

 

   五月晴れ読書の時間がやたら増え  孔瑠々

 

 

隠れ家生活を続けています。散歩・ウオーキングは意識してほぼ毎日、継続しています。食品・日用品以外の買い物は自粛、近くの大きな本屋さんは閉店状態、図書館も休館となっています。隠れ家の本棚にはまだ読んでいない本が積んだまま状態でしたから、その中から数冊取り出して読んでみました。

 

 

白洲次郎さん関連の本が二冊。「白洲次郎 占領を背負った男」北康利さん著、第14回「山本七平賞」受賞作。2005年8月第一刷、2006年3月第13刷。この本は、むかーし次郎さんのかばん持ち(秘書?)をやったことがあるという方から戴いたもの。もちろん、その方も大の次郎さんフアン、いやいやフアン以上の白洲次郎信奉者でした。余り熱い方から薦められるとつい引けてしまって却って読む気が削がれるものです。長い間本棚で寝たままになっていました。もう一冊は「プリンシプルのない日本」白洲次郎著、平成18年(2006年)6月発行、平成23年(2011年)7月 28刷。これは次郎さんご自身が1951年から数年間、主に「文藝春秋」に寄稿したモノを纏めたもの。白洲正子さんの本を読みまくっていた時に、”ついでに”買ったものと思いますが、そのまま積んだままになっていました(スミマセン、次郎さん)。

 

 

それからシンガポールの初代の首相、リー・クアンユーさんの本。「One Man's view of the World」。2013年発行。これは、リーさんが晩年になって、世界をどう見ているか、どう感じているかをインタビューも交えて一冊に纏めたもの。出張時にシンガポール空港の書店で見つけて買ったものだと思います。僕がマレーシア・シンガポールに駐在していた時には、すでに、首相の地位はゴー・チョクトンさんに譲っていましたが、上級相として内閣に留まっていて、会社で言えば創業者・会長のような印象がありました。この本の出版の前の時点では、既に内閣閣僚からも引退していますが、まだまだ、影響は大であったように思います。

 

次郎さんと言い、リーさんと言い、強烈な個性で国家の危機に立ち向かい尽力した方です。今の時期、そういう”強い方”のことを読んでみようという気持ちになったのかも知れません。

 

 

連休中、政府が緊急事態を5月末まで延長することが報道されました。”まあ、已む無しの決定やろなあ”と理解しつつも、さすがに、自分でも自粛疲れの気配が出てきていると感じます。ちょっとしたことにイライラすることが多くなっているかも知れません。歓談しながらの飲み会なんぞ、既に、随分と昔のコトの様になってきております(物忘れが良い性格も相まってです)。お酒は一人で飲んでも美味しいのですが、やはり仲間と一緒に楽しく会話・議論・言い合いをしながら飲むのが一番ですよね。もっとも、医療を初めてとしてコロナ対応のそれぞれの現場で頑張っている方々が多数いらっしゃる訳ですから「自粛疲れ」なんてのはバチ当たりな言葉かと反省しています。

 

 

こんなことを考えている時、5月6日にドイツ政府が経済規制の大幅な緩和策を発表したと報じられました。メルケル首相が「少しは大胆になれたが、引き続き注意が必要」と(日経、5月7日、夕刊)。ドイツのメルケル首相、手腕が絶賛されているように感じます。評価が高い理由は、国家の危機に際して政府の基本方針を分かりやすく説明して、国民の理解と支持を得ていること。そして、感染を抑える施策を含めコロナへの対応策が論理一貫して具体的であること。

素人の僕がTV・新聞記事等で知る限りでも、”事実を隠すことなく正直に伝えようとしている、国民と危機意識を共有して対処していこうとしている”ことが感じられます。

ドイツ政府の感染を抑える基本の考えは二つ。一つは、感染者を早期に見つけるために大量の検査を実施すること、そして二つ目は、人と人との接触を最小限に抑える行動制限。とりわけ、検査は無症状や軽症の感染者が気づかないうちに高齢者を感染させてしまう事態を避ける防波堤という位置づけである由。また、検査で感染が判明しても重症でなければ医療システムへの負担も抑えられるという確信に基づいた考え方。

ドイツの行動制限の特徴は、外出そのものではなく、接触を減らすことに重点を置いていると。外出そのものには比較的寛容(散歩、運動は自由に出来るとか)であるが、3人以上で立ち話することは厳禁。

また、感心するのは、規制を緩和するための要件を分かりやすく納得出来るように説明していることだと思います。既に4月15日の記者会見の時点で「再生産数(一人の感染者が新たに何人を感染させるかを示す数値)」を使って小規模の商店に限っての営業を認める判断をしたこと説明しています。

 

 

翻って日本国。「日本、検査体制なお課題」、「緊急事態の解除へ明確な基準を求める」等々の指摘がTV・新聞でも連日、続いています。はたまた、PCR検査を受ける目安改定とかで「37.5度以上の条件を削除」するとか、相変わらず、基本施策の軸がブレているのではと不安になります。イライラします、ストレスを感じます。落ち着いている僕の血圧も上がってしまうのではと心配になります(まだ、安定してくれています。ご安心くださいませ)。

 

数字で見る限り、日本の感染者数、死者数の数字は、欧米諸国と比較しても、桁違いに数段優れたコントロールされている状態だと思われるのに。ナントも残念な、情けないことかと感じてしまいます。

 

5月11日の日経社説では「科学的な根拠に基づく政策決定を」と書かれてしまいました。「政治と科学の連携が重要。政策決定プロセスの透明化も欠かせない。現状はいずれも不十分だ」「専門家会議は非公開で---分析結果や見解の公表内容をめぐり、首相官邸からは頻繁に注文が付くという」とまで。どうも基本のところがしっかりしていないから不安感が拭えない。イライラが減らない。ストレスを感じる。もう少し、しっかりしたリーダーシップが欲しいなあと思ってしまいます。

 

 

  

白洲次郎さんのことは以前にも、このブログで書きました。

kururupapa.hatenadiary.jp

 

kururupapa.hatenadiary.jp

 

次郎さんの生き様はTVドラマにもなったそうですから、ご存じの方も多いかと思いますが、ムチャ端折って説明しますと「家柄良し、大金持ちの息子」「英国ケンブリッジ大学留学」「語学力を含め留学で得た知力・経験を基に活躍」「吉田茂との出会い」「GHQマッカーサー時代のたくさんの逸話」「新憲法制定時の苦渋」「講和条約での活躍」「通産省の設立」そして「車とゴルフ」「奥さん・正子さんのこと」ということになるかと思います。

また、政・官・財界以外でも、小林秀雄川上徹太郎今日出海さん等々との幅広い交友がホントに面白い。「プリンシプルの無い日本」と本の題になっていますが「プリンシプル」という言葉に拘りを持っていたそうです。”原理原則。外すことが出来ない軸のようなもの”。正子さんの本の中にも「プリンシプルに忠実であった」「大ざっぱなくせに、外側の現象に惑わされず、ものの本質を見抜く才能に恵まれていた」との記載がありました。ご本人もこの本の中で川上、今さんとの対談で「どうも日本人というのは、物事の原則ってのをちっとも考えないんだ」「妥協は妥協でいいんだ。だけども、原則がハッキリしている所に妥協ということが出てくる。」と熱くなって語っている件が印象的です。

 

 

リーさんの本。日本についての件を読んで驚きました。現実主義・実務重視のリーさんは戦後日本の復興には一目もニ目も置いていたとのことですが、この本では「strolling into mediocrity」とバッサリ切り捨てられていました。日本=茹でガエル状態に警鐘をならしている。当時すでに日本の人口の減少、急速な老齢化に大変な危機感をお持ちで、日本のリーダーと思しき方々にこの問題にどう対処するつもりか、会う度に質問していた由です。彼らからまともな答えが返ってきたことは無いと、大変な失望感を露わにしています。シンガポール外国人労働者、移民を答えの一つにしているが、日本のリーダーが移民の是非を真剣に考えている様には見えない。このままでは日本はそこらへんの凡庸な国になっていくだろうと。大金持ちの日本人は海外に出ていくのでは、とまで警鐘されています。国民一人ひとりの勤勉さ、能力の高さを高く評価してくれていることが救いですかね。

 

日本の指導者に改めてダメ出しをされたようなイヤーな気分になってしまいました。自粛疲れの空気が更に重くなってしまったような。でも、辛口のアドバイスというのは貴重ですよね。ちなみに、リーさんも若いころ英国ケンブリッジ大学に留学しています。次郎さんの後輩になりますね。

 

 

シンガポール、初期のころはコロナ対応の優等生と評価されていました。ソーシャル・デイスタンスを見える化して接触を抑え感染拡大を防いだと。しかし、最近になり感染者が急増したそうです。政府に対し”対応が甘かった”と批判が増えている由です。感染急増の原因は外国人労働者。彼らの生活区域が感染源となり感染が拡大していると。皮肉なことですが難しい問題ですね。コロナがイロイロな問題、矛盾点を浮き彫りにしているかのような印象を受けます。

 

 

今日(5月12日)の朝刊では、「ドイツの再生産数がまた「1」を超えた」、「韓国で集団感染が発生した」、「中国・武漢では都市封鎖解除後初めての感染者が発生した」等、再度、感染拡大の懸念が報道されています。

 

日本では感染者数、死者数ともに収まりを示しつつある状態。5月末まで延長された緊急事態ですが、中旬には再度の見直しの動きが出てきています。制限を緩めれば、再度、感染者・死者数が増加することは間違いないと覚悟しておく必要があるのでしょうね。制限の緩和→強化→緩和、の繰り返しが続くのでしょうねえ。長い付き合いになりそうですが、凌いでいきたいと思います。

 

 

5月のNHK俳句、第一週も昨年の番組の再放送でした。コロナのため新規の収録とロケを中止している由です。再放送は引き続き、選者;宇多喜代子さん、司会;小林聡美さん。5月第二週(5月10日)も昨年の再放送でしたが、どういう訳か、昨年6月2日のモノでした。選者は同じく宇多さん、司会は小林さん。どうせ再放送するのなら、昨年の5月の他の選者さんのものにすれば、同じ週・日のものを見ることが出来て良さそうに思いますが、再放送にもイロイロな制限、制約があるのですかね。僕は、このお二人とも好きなので楽しんで見ております。放送は無いですが、テキストも”やたら増え”ている時間に楽しんで読んでおります。次回は、また、俳句の話を続けたいものです。

 

 

 

おまけです。

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巣籠り生活で料理を作る回数が増えています。腕もチョットは上達したかな。

写真・右、古い花山椒が残っていたので「ちりめん山椒」に挑戦。予想以上に上手く、美味しくできました。満足。アツアツの玄米ご飯に合います。朝食(和食バージョン)は、玄米ご飯と納豆、豆腐、めかぶ、わかめ、佃煮、そして、ちりめん山椒、更に、葉モノ野菜の和え物を組み合わせて飽きずに楽しんでいます。

写真・左、鶏モモ肉をはちみつ・しょうゆ等のタレに漬け込んでからオーブンに放り込みました(それだけ、手間が掛からない)。野菜たっぷり焼きそばと。昼食・夕食には、関西粉モン系の料理を頻繁に作ってます。2020年5月6日、8日料理と撮影。

  

俳句のお話、その4.「NHK俳句」

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朝、表題のブログを書き始めようと思っていたのですが、のんびりし過ぎてチョット遅くなってから朝刊を見たところ、ナント、黒田杏子先生が、僕の投句を採って載せてくれていました。ビックリ仰天、そして、感激!。小学生の時に写生大会で描いた絵が思いもかけず「佳作」で張り出された時のような気持ちを思い出しました。すっかり嬉しくなりメールやらラインやらで彼方此方に発信してしまいました。2020年5月2日、日経俳壇です。

 

   春深し一人籠もって飯を炊き   孔瑠々

 

4月10日過ぎごろに葉書に書いて発送した句でした。日経俳壇には確か3月上旬から投句を開始しましたから、6-7度目の応募。”ちゃんと見て採ってくれたんや、杏子先生、大好き、ありがとう”、もう諦めつつあっただけに嬉しい限りでした。

 

 

一旦、本題に戻ります。「俳句」のお話、その4.です。「NHK俳句」講座のまとめ=備忘録です。「秀句に学ぶ」の気持ちを大切にまとめたいと思ってます。お付き合い頂ければ嬉しいです。

TVで放映されている「NHK俳句」を面白く視聴しています。本も今年の一月号から毎月、本屋さんに行って買い求めています。本のタイトルはNHK”テキスト”「NHK俳句」となっています。確かにこれは俳句雑誌ではなく、テキスト=教科書という呼び方が当たっているように思います。

 

 

4月がこの番組の新年度のスタートになります。こういう講座番組は、概して、新しい年度がスタートする月の号は面白いもの。「きょうの料理」を思い出します。このブログでも何回も記載したことがありますが、僕の料理のテキストは、NHKきょうの料理」でした。2007年4月からの一年間のNHK「今日の料理」は、今でも全12冊、本棚に残してあります。特にこの時は「きょうの料理」50周年の年であったので、番組制作にも力が入っていたのかも知れません。カミさんの薦めで、初めての料理本としてこのテキストを買ったのですが、内容が充実しているなあと感心したことを覚えています。

 

kururupapa.hatenadiary.jp

 

いまでも、その月になると、本棚からその月の号を取り出してパラパラ見ることがあります。見るだけで実際に作ったりしていませんが。考えてみれば、もう十数年前の料理本。最近の流行りはもっとチャチャっと出来るものに変わったのかもしれません。ツラツラ考えると、僕は随分とNHK番組にお世話になっているのかも知れません。受信料はチャンと払っていますから、負い目は無いと思っていますが。逆に熱心な視聴者な訳だから喜んでもらえるかな、NHKさんに。

 

 

NHK俳句」も、新年度になると選者の先生が交代され新しいメンバーでの「講座」が始まっています。第一週の選者は、4月17日のブログ『凌ぐ!、2020年4月の景色』で既に記載しましたが小澤實さんです。「令和の新星」をテーマにした講座でした。そして、

第二週が、対馬康子さん。テーマは「こころを詠む」。

第三週は、西村和子さん、テーマは「ようこそ句会へ」。そして、

第四週が、櫂未知子さん、テーマは「俳句ゼロからの出発」。

実は、この第四週の櫂さんの放送を一番、楽しみにしておりました。昔、櫂さんの本を読んだことがありましたので、四人の先生のなかでは唯一知っている名前だったから。物忘れが良い僕にしては珍しく大変に良く覚えておりました。

 

kururupapa.hatenadiary.jp

 

2017年の『正月風景』を書いたブログなのですが、その中に「櫂美知子さんの『食の一句』に面白い句があります。」と書いて一句紹介しております。この本は多数の俳人の方々の「食」の句を一日一句づつ櫂さんが選んで紹介するという構成になっています。この本を読んだ当時は、俳句そのものよりも、「食の切り口からの俳句」ということに興味を持って買い求めたことを思い出します。本の帯には「切れ味の良い文体が俳句の味を引き立てます」と書いてありました。その最初の句、1月1日の句が、

 

   馴染むとは好きになること味噌雑煮

 

でした。ブログでもお雑煮の話を書いていたので面白いと思ったので掲載したもの。とにかくこの本、この句のことを覚えていて、テキストで第四週、新選者=櫂未知子さんを見た時には”おお、あの雑煮の句の本を書いた人や”と懐かしさすら覚えたほど。この雑煮の句を作ったのも櫂さんだと思い込んでいた節もあります。

 

今般、この本を見直して再発見!。この”雑煮”の句を読んだ方は、ナント第三週の選者の西村和子さんだったのでした。こういう偶然の巡り会わせに出会うのは好きな方なので大変に楽しく思いました。俳句の業界(とは言わないのでしょうが)も意外と狭い世界なのかしら、なんてやや失礼な印象を持ったりして。再発見がもう一つ(単に、間違いの発見ですが)、櫂さんのお名前を誤表記していました。美知子さんではなくて未知子さんでした。謹んで、お詫びと訂正をさせて頂きます。

 

 

この第四週の話のオチですが、結局、櫂さんは番組に登場されず。この第四週の番組は、他の講座がスタジオで収録しているのに対して、外に出て番組を作っている。俳句勉強中の芸能人・タレント(だと思うのですが?)の方3-4人が一チームとなり、二つのチーム対抗で、その時々の季語の世界を吟行して選者の先生が点数を付けるという、チョット、ゲーム形式のものなのです。ということで、ここでもコロナの影響。ロケに制限・制約が出てきているので新年度の番組は中止とせざるを得なかったようです。新番組の代わりに、4月26日の番組では、昨年度の第一週の録画を再放送されていました。再放送とは言え僕が見るのは初めて。櫂さんを見れなかったのは残念でしたが、再放送も大変に面白い内容で楽しく拝見することが出来ました。

 

 

 再放送された番組の選者は、宇多喜代子さん。講座のテーマは「昭和のくらしと俳句」。今年に入ってからの三回(今年の1-3月)は、テキストを読み、TVも見て存じておりましたが、やはり講座の第一回目というのは良いモノです。この先生、昭和10年のお生まれですが、とにかく歯切れが良い。俳句の世界では大御所的な存在かと。新年度のテキストにも「旬をおいしく」というコラムの連載が開始されています。4月号では「山菜・蕗の答」、蕗味噌の作り方を説明。俳句は載せられておらず、料理雑誌に載せても通用する面白い随筆?レシピ?です(嫌味ではありませんから、念のため)。司会の女性もしっかり者。他の週の番組を見ても、女性の選者、女性の司会者が多いこと。俳句の世界では、今や、女性陣が圧倒的に優勢な印象を持ちます。

 

 

この番組では、「昭和のくらし」=始末な暮らし、「始末」という言葉のニュアンスを切れ味鋭くお話されていました。そして、

 

   足袋つぐやノラともならず教師妻  杉田久女

 

の句を紹介。昭和のくらし=「つぎあて」という言葉からの紹介でしたが、ナントこの句も僕の記憶にある句の一つだったのです。小川軽舟さんの「俳句と暮らす」のことは『「俳句」のお話』の一回目(先月3月19日)に埋め込んだ通りですが、この本の中に「台所俳句」という俳句のジャンルの話が出てきます。虚子が「ホトトギス」に「台所雑詠」の欄を設け、女性からの投句を積極的に募集したのが女性進出の大きなキッカケとなった。当時は俳句は男性が作るもの、女性の俳人はまずいなかったそうです。そして、その先駆けの女性俳人の一人が杉田久女。この掲出句がその代表作の一つとして載せられていました。

 

 

小川軽舟さんの文章・句は大好きなので、最近もよくこの本をパラパラ見るのですが、またまた面白いことに久女の句の次の頁に宇多喜代子さんの話が出ていました。昭和になり民主主義の時代になると平凡な日常を詠う「台所俳句」は緩いモノと叱責されるようになったとか。時代は「社会性俳句」を求めたと。昭和30年代に句会に出始めた宇多さんも「台所俳句と謗られないような俳句を作らねば」と随分と気負ったこともあったそうです。いまTVで拝見する貫禄十分、歯切れ・テンポのよい宇多さんも若い時には随分と苦労されたようです。昭和の時代のご苦労が、平成、令和になって、女性俳人が圧倒的に優勢な俳句の時代を築くことに繋がったのかと一人納得しました。

 

 

この宇多さんの講座の時の兼題は「たんぽぽ」でした。選者=宇多さんが入選9句選んで紹介する。その中から司会の方が一句選んだあと、宇多さんが入選の中から、特選三句を選びます。視聴者も一緒になって”自分が選者ならどれを選ぶか、先生はどういう句を採るのか”面白く見ることが出来ます。特選三席を記載します。

 

一席 黄たんぽぽ月と地球は兄弟か

 

二席 たんぽぽやはいはいがもうよちよちに

 

三席 蒲公英の絮や眼下に太平洋

 

司会の方が選んだのは三席と同じ句、僕が三つ選んだ中では二席の句が同じでしたが、一席の句が意外でした。宇多さんの感性、失礼ながらお歳の割にはエライお若いかと。読み方によってはマンガ的な気配もあり、僕は面白みがあると思ったのですが、これを一席にするとは思いませんでした。僕が選んだあとの二つは、

 

  たんぽぽの隣に座る昼休み

 

  たんぽぽが囲む高校グラウンド

 

僕の発想が日常的に平凡というか、感性が緩いというか悩ましいところです。「秀句に学ぶ」というのが俳句の極意だそうですから焦らずにボチボチと楽しみたいと思っています。

 

 

軽舟さんの本の続きの話です。また、パラパラと頁をめくっていると、ナントナント、またまた大発見。第一週の選者の小澤實さんのことが記載されていました。軽舟さんは俳句雑誌「鷹」に加わり藤田湘子に師事、その後「鷹」編集長、更に湘子死去に伴い「鷹」主宰を引き継いだとのことですが、「鷹」に入会した時の若き編集長が小澤實さんだったそうです。兄弟子であったと。年齢も軽舟さんが五歳年下(のはず)。小澤さんの句をいくつか紹介されていました。

 

  酒飲んで椅子からころげ落ちて秋  實

 

  入る店決まらで楽し冬灯  實

 

小澤さんはイロイロな事情で「鷹」を離れることになったそうですが、お二人の仲の良い繋がりを垣間見ることが出来たようです。小澤さんの句、親しみが沸きます。面白い句ですよね。軽舟さんに言わせると「湘子もそうだけれど、酒飲みは飲むときは飲むことに専心しているので案外酒の句が少ない。小澤さんは酒飲みにして酒の俳句が多い」と。小澤さんの句に親しみを覚えるのは”酒飲み”の線が繋がっているからかと。これで、第一週の講座も益々、面白く拝見出来そうに思います。

 

 

 第二週、第三週もそれぞれ面白い内容でした。第二週の対馬康子さんのテーマは「こころを読む」ですが、第四週の櫂未知子さんの講座(これは前述の通り放送は無しです。テキストの講座から)ではこれとは真逆のようなことが記載されています。櫂さん曰く「初学のころには”心のこもった句を大切に”とか”季節の移り変わりを大切に”とか言われるが----そういった精神論めいたことよりも、まずは『音数を考えて欲しい』と言いたい。定型詩としての俳句を徹底することが先決かと存じます」と。

 

一方の対馬さんの教え方も「俳句五段飛ばし」とかで斬新な発想を広げる方法=頭の体操!を紹介されていました。対馬さんの今月の兼題は「蝶」。ご自分の句として、

 

  蝶結びほどけば幾千万の蝶  康子

 

年間のテーマは「こころを詠む」ですが、今月のサブテーマは「見えないものを見る」でした。金子兜太さんの句の紹介もありました。

 

  涙なし蝶かんかんと触れ合いて  金子兜太

 

別な本を見ていたら、対馬さんの代表句らしき句を見つけたので記載しておきます。

 

  国の名は大白鳥と答えけり  対馬康子

 

女性の発想の方が俳句という形での表現には適しているのかと思わせるような。子規さんや虚子さんが今の時代にいらっしゃれば、どんな反応をしめされることになるのかしら。ちなみに対馬康子さんは昭和28年生まれ、僕よりもチョット年少さんです。

 

 

長くなりましたが、もう一息。第三週の選者は西村和子さん。女性のお生まれを記載して申し訳ない気もしますが、テキストのプロフィールに皆さんの生まれ年は公表されていますので。西村さんは昭和23年生まれですから、僕よりもチョットお姉さん。姉御イメージですかね。小澤さんが昭和31年生まれですから、だいぶ後輩。まだまだ若く感じてしまいます。やはり、自分よりも年配の方を見ているほうが安心感があるように思ってしまいます。

司会は僕にはもうお馴染みの岸本葉子さん。女優の方をゲストに迎え、句会のイロハから、俳句の勉強の仕方、ノートの取り方、記録の残し方等々を分かりやすく説明されていました。

西村さんの句は、1月1日の句としてお雑煮の句を紹介しましたが、番組の兼題は「春燈」。ご自分の句として、

 

   子の寝息確かめ消しぬ春灯(はるともし) 和子

 

この番組でも同様に選者の和子さんが選んだ特選三句を記載しておきます。

 

第一席  星を見に出て家々の春燈(はるともし)

 

第二席  そのことに触れず語らず春燈下(しゅんとうか)

 

第三席  春燈や夜遊び謀る六地蔵

 

僕が一番面白かったのは第三席の句。コミカルで面白い、春燈の風情が出ていて素晴らしいと思いました。これ以外では

 

   春燈や帰るにはまだ早すぎて

 

会社で残業は終わったが、このまま真っすぐに帰る時間ではないぞよ、という気配がうまく出てるなあ、酒飲みにはこの気持ちはよく分かると。

 

 

日経俳壇に載せてもらったことを彼方此方に 連絡したら、たくさんの方から”お祝い!”の返信を頂きました。ドラゴン先生からは「黒田杏子選が値打ちがある、コメント貰っているのも凄い!」と珍しく素直に褒めてくれました。嬉しいなあ。

黒田杏子さん、昭和13年生まれとの事なので僕よりも一回りお年上。オカッパ頭とモンペ姿がトレードマークになっています。女性俳人のなかでは、宇多さんと並び称されていらっしゃる方だとか。重鎮、大御所(これは男性を指す言葉ですかね)ですね。代表句の一つです。

 

   白葱のひかりの棒をいま刻む  黒田杏子

 

 

一夜開けて、 やや落ち着きを取り戻しました。俳句はゴルフと一緒で、100人の俳人がいらっしゃれば、100人の先生がいるのかとふと思い至りました。5月号以降も、対馬さんと櫂さんの指導ぶりがどんな展開を見せるのか楽しみです。お酒大好き人間と分かった小澤さんの真面目な顔を見るのも楽しみですねえ。西村さんと宇多さんの姉御の元気な様子をみるのも。いまから一年間、楽しめそうです。・・・『続くかな?』。

黒田先生には、お礼も含め新しい句を三句書いて葉書を出しました。また、採って欲しいなあ、と欲が出ます(だいたい、欲が出た時はダメですね。これもゴルフと同じ)。

 

 

ついつい長くなりました。最後までお付き合いありがとうございました。皆さま、引き続き、くれぐれもご自愛下さいますよう。 

 

 

おまけです。

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次女の指導よろしきを得てタカト君が粉を捏ねて「うどん」作りで活躍しています。ラインでその様子を見れるのがホントに楽しみです。影響を受けて、僕も新作「ミートパイ」に挑戦(生地は市販のものですが)。”味が決まらなかった”と思いましたが、一晩経ったものを食べたら結構しっとり美味しかったです。いま見ると成型に工夫が必要だなあ。反省。2020年5月1日、料理と撮影。 

 

『凌ぐ!』、巣ごもりの日々

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エンドウ豆の莢に実が膨らみ始めてます。花が過ぎた後、ふと気が付きました。無事に最後まで育ってほしいものです。2020年4月21日、撮影。

 

kururupapa.hatenadiary.jp

 

 

巣ごもり生活を続けています。「コロナとの闘い」「コロナ戦争」「対コロナ籠城戦」等の言葉を目にする機会が多くなりました。ドイツのメルケル首相は「第二次大戦以来、最大の危機」と国民に語り掛けて強い対応措置をとっているそうです。僕は1950年生まれですが、確かに、生まれてこの方こんな事態は初めてです。前回、記載した通りですが、国家の危機には”政治の真価”を期待したいと思いつつも、もともと「自分の城は自分で守る」のが原理原則だと思っている方ですから、この「最大の危機」を何とか「凌い」で乗り切りたいと素直に思っています。一人巣ごもりの生活にもかなり慣れてきました。従来の予定は8割以上無くなってますから、丸一日、外部と接することがないまま過ごす日もあります。一人籠もって悶々となると、ツイツイ、悲観的、否定的な方向に考えがちになりますから、意識して明るい兆し、前向きなこと、元気が出ることを探しながら生活しています。

 

 

こういう新しい巣ごもり生活パターンに際しても、自分なりのルーティンが大切、というコメントを沢山目にします。ルーティンはペースをつかむのに大事。早く今の巣ごもり生活のペースをつかまねばと思います。かつて、同期会で仲間があいさつに使っていたフレーズを懐かしく思い出します。「年を取ると、”教育があること”、”教養があること”が大切になります」。聞いている方のほとんどは既によく知っていますから、この段階で拍手か、苦笑いか。稀には初めて聞いて大受けして喜んでいる方も。「今日、行くところがある。今日、用事がある」。鯱城学園の元気な年寄り三原則も「よく食べる、よく動く・運動する、よく喋る・笑う」です。一人でやるのは勿論、みんなで一緒にやるのがもっとも効果的!(鯱城学園は2月末以降、休校が続いています。講義を受けていたのがもう随分と昔のような気がします。寂しいですねえ。5月末までは休校が続くことが決定しています)。

 

緊急事態、”ステイホーム”は、まったくこれらの真逆ですから、今まで健康的な生活を心掛けてきていたお年寄りの方々が、その生活パターンが変わってしまって調子を崩さないか大変に心配です。自分でも早くこの生活のペースを心地よくつかまえることが出来るルーティンを作りたいと思います。

 

 

4月25日(土)のNHK特集で「緊急対談パンデミックと世界」と題してハラリさんとの対談が放映されていました。この緊急事態に際して、人類(の歴史)を深く掘り下げた考察でベストセラー作家になった歴史学者のハラリさんがどのような受け止め方をしているか、日本のフアンの方は大変に関心が高いようです。この番組に先立ち、3月31日(火)の日経にもハラリさんの寄稿が掲載されていました。僕も彼の大フアンの一人ですが、モチロン、素直に注目して拝聴しました。NHKと日経でのハラリさんの発言の骨子です。

 

 

NHKの番組の収録をしたのは、たまたまですが緊急事態宣言がなされた4月7日でした。道傳愛子さんの流暢な質問振りに応じて、いつも通り切れ味鋭いお話でした。「いま一番心配していることは、発展途上国。医療の不備、および、経済力が弱いことから、支援がなければ崩壊する可能性が高い。もう一つの心配は、今後、ウイルスの突然変異が起こる可能性=致死性が高まる恐れがあるかもしれないこと」と。1918年-1919年の「スペイン風邪」の時、二回の波が襲ったことを例に挙げて説明、「先進諸国はそれなりにこの事態を克服することは可能であろうが、崩壊の恐れのある発展途上国への支援を行うことが、自国の安全のためにも必要だと強く認識しなければならない。パンデミックの性質上、世界全体で協調して対応していかねばならない」ことを強調されていました。「グローバルな結束をすることが出来れば、コロナに勝利するだけでなく、21世紀に人類を襲うであろう様々な病気の大流行や危機に勝利することが出来る」と。逆に言えば、今の世界は、米国第一が象徴しているように各国バラバラな対応が目に付くということなのでしょう。

  

ハラリさんのもう一つの鋭い指摘は、「危機下では変化が加速する」と。「今、政府・政治家は、コロナ対策の必要性から”国の経済・教育システム、国際関係等々のルールを書き換えるチャンス”を握っている。非常時に書き換えられたルールは、平常時にも権力の都合の良いように維持されてしまう」「監視テクノロジーを駆使して感染拡大を食い止めようとする動きは、監視社会が構築される仕組みと重なってしまう。運用の仕方一つでは民主主義の危機、民主国家の崩壊につながる」と。

ハラリさんは「特定の個人に権力を集中させてはいけない。国家が国民を監視するのに対して、国民が国家を厳しく監視できる、チェック&バランスの双方向の仕組みが絶対に必要だ」と強調されていました。

 

 

ハラリさんの現状認識も「人類は今、世界的な危機に直面している。おそらく私たちの世代で最大の危機だ」とのことです。彼の頭の中には「人類はもちろんこの危機を克服する、出来る。問題はその克服のやり方いかんでは、将来、さらに恐ろしい悲劇が増すことになろう」という懸念があるのでしょう。歴史学者としてのハラリさんの見方からはモットモなことで、指摘していることも傾聴に値すると思うのですが、いかんせん、凡人の僕としては、「今そこにある危機」をどうやって克服すればよいのかが最大の関心事ですから、アタマでは理解できても、今の気持ちを安らげることには通じないところがありました。

 

 

番組の最後に道傳さんが「生命の恐怖と経済的な不安を抱く人々に対してのメッセージは」と聞かれたことに対して「自分の心をいたわること」「科学を信頼すること」と答えたのが印象的でした。やっと少しは安らぎを感じました。ハラリさんは今も一日2時間の瞑想を続けているそうです。また、トランプ大統領がWHOへの支援ストップを発表した後、私財百万ドルをWHOに寄付したそうです。なぜ祖国イスラエルに寄付しないのかとの批判も強かったそうですが「いまパンデミックのなかで同胞を救うためには国際的な協力・連帯以外に道はない」と。やはりエライ人ですね。

 

 

巣ごもりしているとTVニュースを見る時間、新聞を読む時間が多くなります。事態に何か進展がないか、やはり大変に気になっているからでしょう。新聞の頁数は随分と少なくなりました。日本・世界全体が縮んでいるようです。チラシ広告もすごく減りました。スーパー等は感染拡大を恐れ集客活動をしなくなっていると。TVではスポーツ実況番組がほぼ無くなりました。週末はプロゴルフ(特に女子ですが)を見ながら繕いでいたのが懐かしい限りです。”スポーツを見て楽しむというのが気持ちの安らぎにつながっていたんだ”ということを痛感しています。

 

コロナ関連の記事を読んでいるとやはりストレスが溜まります。政府のトップ、行政の対応ぶり、厳しい見方かと思いますが、三密を避けようとかステイホームとか外出自粛・営業自粛とかの呼びかけを一生懸命やっているのは必要なことだとよく理解は出来るのですが、とにかく、政府・行政のやっていることが、”遅い”、”緩い”ように感じられます。これがストレスを高める一因になっているかと思うほど。結局、苦労しているのは現場の方々(医療、看護、食品店・スーパー、物流関係の方々、くれぐれもお自愛下さいますように)。 そして、感染・生命の恐怖と経済的な不安を感じている人々に政府・行政の手がうまくとどく様になるのか。

 

 

新聞記事に「コロナ検査・機能不全、検査まで一週間vs海外・大量検査の対応強化」とか「非常時議会、欧州でvs日本、対応に遅れ」「緊急対策、実現に二か月vs米欧は既に複数回を実施」「経済再開、三つの条件vs日本は検査と医療の双方で遅れが目立つ」なんて記事を読むにつけてホントにイライラが増します。

 

 

日経の「コロナと世界」のコラムで菅義偉官房長官のインタビュー記事がありました。彼はTVニュースで見る限りですが、冷静な対応を昔から心掛けているようで決して嫌いなタイプではありません。面白いコメントが記載されていました。「国の基本は、自助、共助、公助だ。まず、自分でやってみる。地域で助け合う。それでどうしようもなくなったら国が必ず責任をもって対応してくれると国民から信頼される国をつくるのが大事だ」。全く、同感。いざというときには最後は国が守ってくれる!という安心感、信頼感を持てることが肝要かと。

 

 

 文藝春秋の5月号は「コロナ戦争」総力特集。「日本の英知で『疫病』に打ち克つ」と題して著名人のコメント・寄稿が掲載されています。元大阪府知事・弁護士の橋下徹さんが「安倍総理よ、強い決断を!」というタイトルでエール(多分?)を送っています。面白い件がありました。「最終的に『あいつが言ってるんだったら、今回はしゃあないな』というのが、政治家と有権者の理想のリスクコミュニケーションだと思います」。橋下さんは必ずしも僕の好みのタイプではないのですが、この前段では「(しんどいことを)国民に納得させる一番しんどい仕事を担うのが政治家です」といいコトを言われています。

 

僕がストレスを感じてしまう一番の原因は、TVで国民に語り掛けている方々(首相、知事の方々、大臣各位等々)を見ていて、”そうか、しゃあないなあ、今回はお前についていったるわ、任すから頑張ってくれよ”と感じさせる方がいないから!と妙に納得してしまいました。

 

アメリカではニューヨーク州のクオモ知事の人気が高くなっているそうです。誠実そうな人柄、粘り強く対応継続している姿勢。TVニュースで垣間見る印象ですから、どこまで当たっているかは不案内ですが。最近、クオモ知事は「BBB」=「Build it back better」(再建するなら、前よりももっと良いものを)という標語を使い始めたそうです。コロナ後は環境にも人々にも優しい生活を実現しようというモノ(日経、4/24記事)。こういうのイイですよね。

  

 

「俳句のお話の続き」を書くつもりだったのですが(NHK俳句、大変に興味深く視聴しております)、ツイツイ、愚痴っぽい話になってしまいました。まだ、若いのかなあ。修行が足りないのか、平常心が保てていないのかも知れません。俳句のお話はぜひ次回に記載したいと思ってます。

 

  いつもならゴルフ観戦春重く  孔瑠々

 

  新聞のページが減って朝寝かな   孔瑠々

 

  春の朝ラインの孫に励まされ   孔瑠々

 

 

おまけのお料理です。

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ジャガイモ(小)の甘辛煮。ニラレバ炒め。そして、新作!、アボガドと竹輪と明太子和えマヨサラ。「しにぁごはん」さんのブログで紹介されていたもの。お酒のつまみにグーです。簡単に出来ます。「しにぁごはん」さん、ありがとさんでした。

『凌ぐ!』、2020年4月の景色

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名古屋市東山動植物園、桜の回廊の「八重紅枝垂桜」。鯱城学園の園芸講座で教わったエドヒガン系の桜です。愛知県でも独自の緊急事態宣言が表明されて、東山動植物園も明日(4月10日)から約一か月、休園となります。サクラは今が絶好の見ごろなのに残念な限り。今日は予定を取りやめて隠れ家で籠っていましたが、ニュースで明日からの休園を知り、気合を入れ直して出かけました。2020年4月9日、撮影。以下の桜の写真は全て同じ日に撮影したものです。

 

 

4月7日に東京など7都道府県に緊急事態宣言が発令されました。愛知県はその対象地域に含まれていませんでしたが、10日に県独自の宣言が出されました。そして、4月16日、緊急事態宣言の対象は全国に広げられました。愛知県を含む13都道府県は「特定警戒」指定となっています。5月6日までの期間とされています。全国の知事さんが法的根拠に基づいて、外出自粛などを要請出来ることになるそうです。

 

翌4月17日の日経朝刊の社説では「ドタバタ劇を演じている場合ではない」と政府・与党に(日経としては珍しく)厳しく注文をつけています。コロナ対策をめぐって官邸と省庁の意思疎通の悪さ、国と都道府県との行き違いを指摘して「”政治の真価”を示すときだ」と主張しています。

 

 

海外でもコロナ対応で”政治の真価”が問われているようです。韓国では15日投開票の総選挙で与党が圧勝しましたが、徹底した防疫で感染拡大を抑え込んでいることが政権の評価が高まった大きな要因になっている由。この大統領は運のよい人だなあと思いました。

一方、WHOへの資金拠出の停止を表明したトランプ大統領には国際社会から批判が相次いでいます。一貫して中国の対応を擁護してきたWHOが、米国・台湾と中国の政争の場になっているようです。マイクロソフトの創業者、ビル・ゲイツさんもトランプ大統領の措置に対して「実に危険なこと」だと厳しく批判。ビル・ゲイツさんはご夫妻の財団で慈善事業に取り組んでいますが、コロナウイルスのワクチン開発に多額の資金拠出をされているそうです。

 

トランプ大統領の「アメリカ第一」は当初からイロイロな批判を浴びてきていますが、このWHOへの対応を見ていると、国家の危機に対応できる指導者とは思えないですね。それ以上に、イアン・ブレマー氏が指摘した「新型コロナとの闘いに各国が協調して臨むという姿勢が見えない(3/19、日経)」ことが改めて切実な問題と感じてしまいます。イアンさんに言わせると「新型コロナは、国際社会を主導する国が存在しない『Gゼロ』時代に入っての初めての地政学的な危機」とのこと。

 

 

「コロナ」との戦争→世界の危機、日本の危機→「緊急事態」の時には”政治の真価”を期待したいところですが、一方では「自分の城は自分で守る」ことを肝に銘じたいと思います。自分の健康、家族の安全、会社の存続、地域社会の落ち着き、等々。今の僕に出来ることはそれほど多くありませんが、少なくとも、自分の健康だけはしっかり維持したいもんだと思っています。

 

昨年の4月は、鯱城学園に入学してピカピカの一年生、同時に、親しい会社の顧問になり週に二回の勤務を再開して、新しい生活のパターンを作り始めた時期でした。あっという間の一年間、思った以上に楽しく充実していた一年間と満足していたのですが、まさか「疫病」で自分の日常生活が激変するとは全く想定しておりませんでした。鯱城学園は春休みのあとも4月中は休校になっていましたが、さらに延長され5月末までの休校が決定されています。残念ですが、当然の措置だと受け止めています。

 

通信機器の発達はホントに有難いもので、僕の家族はラインを共有して毎日の挨拶を交信していますが、メッセージの交信に加えて写真・動画を授受出来るのは嬉しい限り、有難い限りです。タカト君(次女の長男)が絵を描いているところ、ケーキを焼いているところ見たり、サクト君(次女の次男)の誕生日には、アラタ君(長女の長男)と小雪ちゃん(長男の長女)が”happy birthday to Sakuto-kun!”と歌っている動画を見ることが出来たり、これだけで元気いっぱいになります。病は気から、笑いを忘れず、前向きな気持ちを大切に。お陰様で僕もカミさんも子供達家族も全員元気です。

 

 

 三月末に留守宅に帰って以降、ずっーと隠れ家での単身生活を続けています。仲間と集まって飲み会をするのが大好きな僕ですが、今の環境では当分は難しいと覚悟を決めています。もっとも、お酒は大好きですので、夕食の時には規則正しく楽しんでおります(自分ではアル中では無いと確信していますが、アル中の人で自分がアル中だと認識している人はあまりいないとか。注意したいと思います)。

という訳で、最近は、もっぱら、読書、散歩、ピアノ、料理、そして、俳句を楽しんでいます。”結構、一人でも楽しめるモンがあるものや。自分の好きなことやって忙しく毎日を過ごすことが出来るというのはエエことや、有難いことや”と思っています。

 

 

緊急事態宣言は5月6日までの期間とされていますが、連休明けにはどんな景色が待ち構えているのやら。コロナとは長い闘いになるのかも知れません。多くの識者の方が指摘されているように、長期戦の覚悟をしておくことも必要かと思っています。コロナとの闘いに疲れて折れたりしないこと。上手くコロナとの闘いを「凌い」でいく。いま「凌ぐ」という言葉を気に入ってます。

たまたまですが、僕の出身大学の学友会(OB/OG会)の名称は「凌霜会」「凌霜クラブ」と言います。「凌霜」とは、霜を凌いで咲く菊の様な”不撓不屈(ふとうふくつ)の精神”のことだそうです。「逃げる」のではなく、『凌ぐ』という言葉が、長くなるかも知れないコロナとの闘いのキーワードかと感じており大切にしたいと思っております。

  

 

 

「俳句のお話」の続きになりますが、「NHK俳句」4月最初の放送を見ました。また”目から鱗”を感じました。4月から新年度に入り選者の先生が交代されたようです。第一週の先生は小澤實さん。昭和31年(1956年)生まれ。

放送講座のテーマは「令和の新星」。”令和の俳壇を彩る新星たちの俳句に学ぶ”をテーマにされています。番組ではゲストに若手の俳人、福田若之さんが登場。1991年生まれの方。この日の兼題は「ヒヤシンス」、いきなり福田さんの句が紹介されました。

 

   ヒヤシンスしあわせがどうしても要る  福田若之

 

この句は福田さんが東日本大震災の直後に発表した句だそうです。もう一句、紹介がありました。

 

   春はすぐそこだけどパスワードが違う  福田若之

 

小澤さんの解説では「口語ながら新たな切れを生み出している」「今を生きる”われ”と向き合っている、生活に根ざした句」と。対談では福田さんの伸び伸びとした話ぶりと小澤さんの先輩面しない真摯な話ぶりが大変に印象的でした。

選者の小澤さんが兼題「ヒヤシンス」の投句から選んだ句が印象的でした。10句選んで紹介された中から特選の三句を記載します。

 

一席   風信子探偵はソファーで眠る

 

二席   少年を操る少女ヒヤシンス

 

三席   かつ丼のふた取れば湯気ヒヤシンス

 

特選には選ばれなかったものの、

 

   校長と肘掛け椅子とヒヤシンス

 

   もうおしゃべりなんだからヒヤシンス

 

最後の句なんてビックリ仰天、面白いなあと感心しました。今回の投句がタマタマ僕が新鮮と感じる句が多かったのか、選者の小澤さんの選び方が懐が広いからなのか、僕には随分と俳句の景色が変わりました。

 

  

次回の応募要領「兼題は『夏』、4月20日まで締め切り、6月7日に放送、8月号に掲載」を聞いた時にモッタさんが話していたことを思い出しました。TV放送の難しいところだと思うのですが、兼題の季節とそれを読む(作る)時期が全くずれている。「夏」を4月20日までに詠んで投稿する。モッタさんは、こんなやり方に疑問を呈していました。「頭のなかだけで作る、これはクイズか頭の体操か。単なる文字遊びか」ということだと思います。今回のヒヤシンスは春の季語ですが、投句の締め切りは2月。これでは「客観写生」とか「対象を深く見る」なんてことは出来ないはずです。”虚子さんとか汀子さんはどう思うのかしら”と例によって理屈っぽく考えてしまうのですが、時代の流れと共に俳句の作り方も変化しているのかも知れません。今回の番組は大変に面白かったので、”まっ、エエか。頭の体操でエエやん。はたまた、訓練か修行かと割り切ってやってみるのもアリやわ”と前向きに受け止めております。全く別な話ですが、ツラツラと考えるにつけ、俳句に級・段の階位を設けていないのは大変に結構なことだなあ、と改めて思います。

 

 

東山動植物園の桜の回廊。イロイロな種類の桜が咲いていました。 

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左から、三ケ日桜、手弱女、太白。三ケ日桜は浜松市乎那の峰(おなのみね)が有名。手弱女は京都平野神社、手弱女(たおやめ)はしなやか、優雅の意味、益荒男と対を成す言葉(もう死語ですかね)。太白は、中国では宵の明星、金星のことらしいです。太白ゴマ油というと、煎らずに低温で搾ったゴマ油のことを言います。最高級の食用油です(元、油脂原料取り扱いの商社マンの一言)。

 

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左から、鷲の尾、紅豊、嵐山。紅豊はマツマエベニユタカとも言われ北海道松前町のサクラ。大輪の八重桜です。

 

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大島桜。桜の原種の一つです。ソメイヨシノの片方の親の品種(のはず)です。これは見事なサクラでした。

 

   サクラいまがキレイでも明日から休園  孔瑠々

 

   桜吹雪ゴリラがないてる日曜日  孔瑠々

 

   桜散りまだ続いてる休園日  孔瑠々

 

 

 おまけです。

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会食、飲み会の機会が激減しています。その分、隠れ家で料理する機会が増えています。ゆっくりと料理する時間があるのが”楽しい!”、と思えばストレスが溜まる訳が無い。久しぶりに野菜たっぷりラーメン。ニンニクとショウガを沢山入れました。美味しかった。「栄養取ってコロナを凌ぐ」ことが肝要と思うのですが、僕の場合は逆に食べ過ぎて太らないよう注意が必要です。

 

   春深し一人籠って飯を炊き  孔瑠々

 

   春ゆうべ新じゃが小の甘辛煮  孔瑠々

 

引き続き皆さまくれぐれもご自愛くださいませ。凌ぎ切って下さいます様に。

 

「俳句」のお話、その3.

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次女の長男(=僕の初孫)、タカト画伯の作品。お題は「しめじ」。何と生き生き、伸び伸びと描けていることか!。色、形、構成、全てが素晴らしい!。・・・爺バカです。2020年3月19日、撮影。
 

 

「俳句」のお話の続きです。 今回は、稲畑汀子さん著「俳句入門」。前回の兜太さんの「自分の・・」とは随分とスタンスが違うというか、この本は、文字通りの「入門書」です。お付き合い頂ければ嬉しいです。

「はじめに」にこの本の構成が説明されています。目次と合わせて併記すると分かりやすいかと思いますので記載しておきます。 

 

第一部;入門・投稿俳句のための12章---(俳句に対しての基本的な知識の理解)

第二部;実践・俳句の作り方---(徐々に実践的な句作に入っていく)

第三部;歳時記と季の言葉---(俳句にとって最も大切な季題を初心者のうちから正しく理解し、身に着けておくことは、その人の将来の上達のために、計り知れない糧となるはずである)

第四部;自然を詠う・花鳥諷詠の心---(「花鳥諷詠」の解説)

第五部;客観写生とは何か---(「客観写生」の解説。これら「花鳥諷詠」「客観写生」は高浜虚子の用語であるが決してかたよった主張ではなく、300年の俳句の歴史に共通して認められる性質として抽出されたものである)

第六部;虚子の俳句

第七部;芭蕉の俳句

第八部;心の風景を詠う・私の俳句---(筆者の俳句、エッセイ。季題と俳句の織り成す世界を楽しんで頂きたい)。

となっています。カッコ内が汀子さんのネライ・主旨です。

 

 

稲畑汀子さんは高浜虚子のお孫さん。祖父・高浜虚子、父・高浜年尾について俳句を学ばれ、1979年、お父様のご逝去により日本最大の俳句結社「ホトトギス」主宰を引き継がれた方。1931年のお生まれですから「ホトトギス」主宰は48歳の若さの時なんですね。1987年に日本伝統俳句協会を設立して会長に就任されたそうです。お家柄と経歴を拝見するだけで俳句の世界では畏れ多い存在の方!との印象を強く持ちます。

 

汀子さんは、この本の執筆時(1998年7月に第一版第一刷発行)には、「ホトトギス」の主宰として毎月3万句、朝日俳壇では毎週7-8千句に目を通しているとのことです。その選者の立場から投句に見られがちな一般的な傾向について感じるところを記載する、という意味での入門書になっています(第一部、入門・投稿俳句のための12章)。

 

 

前置きが長くなりましたが、第一部は俳句の基本、初心者がおかし易い誤りについて記載されていますので、ちょっと、長くなりますが整理しておきたいと思います。 

 

一章の冒頭から「五・七・五の十七音、季題というのが俳句の約束」と記載されています。「約束」という言葉使いですが、この「約束」は兜太さんのいう「規定=必要条件」という強い意味で使われていると理解しました。

更に、この章での指摘としては「季重なり」は誤り。理由が明解です。「季重なりの句はどうしても散漫になる」から。「一つ一つの季題を大切にし、研究することが--(中略)--必要なのではないだろうか」と。

 

二章、切れ字の基本は「や」「かな」「けり」。そして、切れ字も季重なりと同様に重ならないようにすべきと。「切れ字の意義は強調と省略である」(虚子の「俳句読本」から引用)とのことです。兜太さんは『「切字」は「断定と余韻を持った省略!」である』と説明していましたが、言葉を比べてみるだけでも”面白いもんやなあ”と思います。切れ字は合計18あるそうですが、汀子さんに言わせると「初心者は、この三つ、「や」「かな」「けり」を使いこなせれば充分」とのことでした。

 

三章、定型とは五・七・五の十七音。「この定型を破ればそれは俳句では無くなると私は思っている」と。この定型を守るために必要なことが「省略」。「意志的に省略すること。---余韻とは省略により生まれる省略された内容以上のものである」と。

 

四章、感情言葉「嬉しい、悲しい」などは避ける。「自分の感情を述べるよりも、その感情を誘った事物をそのまま叙する」との指摘は”なるほど”と思います(実際に句で表現するのは難しいんですけどねえ)。

 

五章、説明する句よりも感動の方を大切に。「説明や理屈の句が多いのもまた初心者の傾向」と!、まったくその通りだと思います。大反省。「説明しないで事実を述べる。そのことで省略が効き、かえって一句の背景がよく見えてくる」。おっしゃる通り!。人様の良い句を読むと指摘されている点が良く分かる気がします(頭で分かったように思えても実際にはなかなかそのように句にできないのですが)。

 

六章、推敲とは、表現を平明にすること。「執着していた言葉を思い切って捨ててみると案外、余韻の深い句になったことに気がつく」というのは鋭い指摘であるなあ、と感じます。

 

七章、類句にいい句はない。これも鋭い指摘かと思います。故意で作ることを言っている訳ではないのですが、人間、ついつい同じような情景、気持ちを安易に読んでしまうことがあることへの警鐘かと。「代表作となる俳句には、その人だけの受け取り方による表現があるはずだから」というのも正にその通りかと思います。

 

八章、客観写生とは対象を深く見ること。「ともすれば月並み、マンネリズムに陥り易い。それを防ぐ唯一の方法は絶えず対象を深く見ることより他にないであろう」というのもその通りだと思います。

 

  流れゆく大根の葉の早さかな  虚子

 

という虚子の句を例にとって説明がありました。一緒に吟行していた虚子の高弟は「この早さが見えなかった」と嘆いたそうです。この句は兜太さんも高く評価していた句でした。

 

九章、独りよがりに早く気づく。「推敲する時には一度作品から離れ、一読者として見直す」。推敲の大切さと併せて基本の大切さの指摘です。

十章、本物の感動を詠む。

十一章、選句は善意のたまもの。選者の立場として「選は悪意でなく善意で持って選ぶべきである(高浜年尾の言葉)」ことを常々心がけて選句しているとのことです。その心構えを投句者も理解すべし、との意味かな?。

 

十二章、俳句とは有季定型を正しくすること。「正しい俳句の条件とは有季定型を守ること」「有季定型こそが俳句であり、そうでないものはいかに優れた短詩であろうとも俳句ではない」。明確に記載されています。最後の章に改めて記載されているのがいかにも”強い主張”と受け止められて大変に印象的です。

 

 

第一部だけで、すでにお腹いっぱい状態。本をよく見ると「第一部から第三部が初心者のための講座で、第四部以降が中級者のための講座」との注釈がありました。僕は第一部だけでこの状態ですから、よちよち歩きの初心者そのものです。奥が深い、というよりも、先が長そう。

 

 

第三部には「季題のあるなし」という章があります。「俳句を作るということは季題と出会い、言葉と出会うことである」ことを分かりやすく説明されています。ある投稿句をめぐって、兜太さんと「楽しい議論」があったことも。「無季容認の金子さんが--中略--『矢張り季題が入った方が良い』というのでびっくりしながらおかしかった」とのことです。『季題のないのは俳句ではない」という虚子の言葉を何回も引用されていますが、このお二人のレベルになると、”言わんとすることは同じなんやろなあ”と思ってしまいます。

 

 

ホトトギス」は1997年12月号で、創刊百年の1200号に達したそうです。この歴史と伝統を「主宰」として、そして、実質的な創刊者のお孫さんとして背負ってるわけですから、これは僕ごときが想像もできないほどに大変なことなんだなあ、と感じます。汀子さん編の「ホトトギス新歳時記」を持っていますが、この編纂も大変な作業だと思います。俳人として主宰として選者として編者として活躍の広さ・深さには驚くばかり。

 

 

それにしても、最近、日本の季節のお天気が変化してきていることには、愕然とするときがあります。かつては「四季」をその通り感じることが出来ていたと思うのですが、昨今では、冬と夏の間にチョコット春と秋があるだけ、なんて思う時があるほど。俳句の季題は、そもそも難しい言葉・漢字が多いと思うのですが、それが更に、日常では目にしない、肌で感じることが出来ないことが多くなっているのでは、と心配になります。まだまだ、勉強不足の身ではありますが、いつまでも「季節」を新鮮に感じ続けることができればイイなあ、と祈らずにはいられませんね。

 

 

コロナがここまで大騒ぎになっていない時に、ドラゴン先生、モッタさんの三人でいつもの反省会をする機会がありました。「『俳句』のお話」をアップしたあとだったので、お二人にとっては格好のツッコミの対象に。僕が真面目に「俳句の本を読んだり、チョット勉強したつもりになると、却って、頭でっかちになって、そして、肩に力が入るようで最近、全く句が作れなくなってます」と弱音とグチをこぼしたところ、口は悪いが心は優しい(多分)お二人からは暖かい励ましの言葉(これも多分)がありました。

 

 

ドラゴン先生のお話では、先生の友達で俳句に凝っている方は「とにかく、毎日、五句書き残す。それをずーっと続けている」とか。俳句上級者のモッタさんは、もっと自然体で「無理して作句する必要はないと思います。何か句にしたいと思う・感じることがあればそれを読んで句にして残せば良いと思います。自分は50句作って一句だけ残すようにしています。あとで読み直すと、その時の気持ち・情景が目の当たりに蘇リます。俳句は素晴らしいと思っています。」とのことでした。 自然体の大切さ!。

 

  

とにかく余りに圧倒されると句を作ることが出来なくなる、変に作句のワザを覚えたつもりになると素直な言葉使いが出来なくなる。”アカン、アカン、楽しむために俳句をやろうと思っているのが逆にストレスになってしまうような。これは打破しなきゃあ、駄作でも何でも作ってブログに載せて読んでもらおう、それが嬉しさ、喜びに繋がるはずやあ。例によって大袈裟に自分に言い聞かせて、以下、三句です。

 

   しらさぎや飛ばずに春虫つつきおり   孔瑠々

 

   行き過ぎて香に呼ばれ沈丁花   孔瑠々

 

   スパっと春電線の無い表通り   孔瑠々 

 

コロナに負けず、俳句のプレッシャーにめげず、お弁当持って散策に行こう、てな気楽な調子で続けることができれば良いのですがねえ。 

  

 

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平和公園、散策。サクラが満開です。強い風に桜吹雪が舞っていました。例年に較べて花がモッてくれているような気がします。外出を控えようとの風潮のなかですが、それでも、結構な数のご家族連れが来ていて、皆さん、花見を楽しんでいました。安心しました。2020年4月4日、撮影。

おまけの二句です。

 

   晴れの日にブルーシート無き花見かな  孔瑠々

 

   サクラ舞う今年はことしだけのもの  孔瑠々

 

 

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ハイビスカスの花が咲きました。今年は蕾が5-6個ついています。次々に咲いてくれると嬉しいなあ。一度にこれだけ多くの蕾をつけてくれたのは初めてです。でも、花は一日、せいぜい二日ほどで終わるんですよねえ。ちと寂しい。2020年4月5日、撮影。

 

2020年4月7日、とうとう「緊急事態宣言」が発令されました。とにかく「医療崩壊」を防ごうということだと思いますが、医療関係の皆さまには更に一層のご自愛をお祈りしたいです。いま顧問をしている会社は、お米・小麦粉・砂糖等々を取り扱っている会社ですが、こういう時には会社としての使命感が問われます。トップの方がその気持ちをシッカリと持って経営しているのが頼もしい限りです。個人的には、自分のことは自分で守ること、家族、特に孫の安寧を祈ることくらいしか出来そうにありません。日常を大切に生活していきたいものです。皆さま、くれぐれもご自愛下さいます様に。